ラストにあやもも様からのイラスト有◎
まずはなち様からの「ついのべ」をどうぞ!
《好きしか入ってないスイーツ》
魔王城では今日も育児サークルの会合が行われていた。
因みに、子供たちは魔王城で一番気遣い屋さんと呼ばれるケルベロスがみている。
「え?チョコ」
「そう、チョコ」
ヒスイが言うには、ここ数年平民の間にも高級品ではあるがチョコレートが出回るようになり、大切な人への贈り物とするのが流行っているらしい。
「それも、数日後の恋人の聖人の日に贈るのが良いと言われててな」
魔王城に引きこもってる犬は世の中の事にかなり疎い。
外の情報をもたらしてくれるのはヒスイとヘマだ。パリピ悪魔たちは未だに怖くて、気安く話すことは出来ない。
「……バレンタインじゃん……」
クリスマスと並んで、犬には縁のないイベントだった。
いや、クリスマスは家族でケーキを食べたしバレンタインは母親がチョコをくれたので全く無関係ではないかもしれない。
「それを知ったうちのコイシが、セガレくんにチョコをあげるんだーって張り切っちまってな」
ヒスイとヘマに愛情たっぷりに育てられたコイシはそれをそのまま吸収しながらスクスクと育っていた。
彼はいつもニコニコと楽しそうで、最近、少し人見知りが出てきたセガレにも臆すること無く話しかけ遊びに誘う。
「それで、コイシからチョコ渡されても拒否しないでやって欲しい。できれば、セガレからもコイシにやって欲しいんだよ」
聞けばコイシはお小遣いをためて自分が食べたいのの我慢してチョコを用意したらしい。
「ご子息様も、拒否はないと思いますけど……」
完全に幼稚園児の初めてのバレンタインを見守るお母さん2人である。
クズ勇者と呼ばれていたヒスイのコイシへの愛情と気遣いはいつも眩しいくらいだ。
「ご子息様に聞いてみます」
「悪ぃな」
「いえ、うちは世間のイベントに疎いので……すみません」
この犬、自分と魔王と息子を引っ括めて「うち」って言ってる自分に気付いてねーんだよな、とヒスイは少し笑った。
その夜、セガレの寝室で犬はバレンタイン(暫定)の説明をした。セガレは目をキラキラさせて聞いている。
「で、ですね、ご子息様は」
「おれも、チョコあげたい!」
「えっ」
「いぬとーしょだいさまとーあとコイシに!」
なんと、聞く前に望んだ言葉が帰ってきた。
「ご子息様はコイシくんが好きですか?」
「うん、すきー」
犬には素直に言えるが、コイシ本人の前ではいつもモジモジしてしまってセガレはろくに話も出来ない。コイシはそれを気にしたふうもなく遊びに誘っているが。
話は早くて助かった。
しかし犬が魔王城から出てチョコを買いに行くのは少し不可能な事に思えた。
もうすぐ本番のこの時期なんて、お店は人でいっぱいに決まってる!初代様の欲しいものならともかく、チョコをその中で俺一人で買い物なんて……!無理だ!!
「ど、どうしよう」
初代様にセガレとコイシのチョコを用意したい、と相談すれば済むだけの話なのだが、犬はそれを考えつきもしなかった。
バレンタインには当日まであげる相手には内緒。という前世のうっすらした記憶がこびり付いていたからだ。
そう、犬はごく自然に、チョコは犬から初代様にあげるものだと思っているのであった。
「そういえば」
食料庫になんの飾り気もないチョコがあった気がする。チョコは溶かして別な形にできるという遠い記憶がある。
ヘマに読んでみて!と渡されたキラキラした恋物語がいっぱい詰まった本に(ヘマが街でもらうのは女性週刊誌だけでなくBL本や少女向け恋愛雑誌もある)、手作りチョコを贈るという話もあった気がする。
「手作りか……うう、陰キャがいきなり手作りとかして世の中のバレンタインに袋叩きにされそう」
訳の分からない事を呻きながら、翌日ヘマに本を借りセガレと2人こっそり厨房に入った。
因みに、コイシはパリピ悪魔と遊んでいる。セガレが今日はやる事があると聞いて少し寂しそうだったが、駄々はこねたりはしなかった。
良い子だ。
「少女漫画もバレンタイン時期にはその話が増えるんだなあ」
パラパラと目的のページを探す。
恋人の聖人の日には大好きなあの人に手作りチョコを!
という特集はすぐ見つかった。まあまあなボリュームを割いている。
「うん、これなら俺たちでも出来そうですよご子息様」
元々初代様の食事係を
務められる程度には調理スキルのあった犬は、すぐに作り方を理解した。
「じゃあ、やってみましょう」
「あいあーい!!」
手近な布で髪をまとめてエプロンをつけた犬とセガレはぐっと気合いを入れた。
「昨日から犬がソワソワしてる」
そうヒスイに言いながら初代様もまた落ち着かない様子だった。そうヒスイに言いながら初代様もまた落ち着かない様子だった。
焦る魔王オモロ、と思ったがヒスイは口に出さずニヤニヤしている。
「お前なんか知ってんじゃ無ぇのか」
「うん、知ってる」
「はぁ?」
「テメェの知らねぇ犬を俺は知ってる」
「なんだとっ!」
カッとなってヒスイの胸ぐらを掴みあげたがヒスイのニヤニヤは止まらない。寧ろさらに面白そうだ。
「イシくん、あんまし人をからかっちゃダメだよ」
ヘマは相変わらずのんびりとした口調だ。
この2人のちょっと危険なじゃれ合いを微笑ましく見てるのは無名の大賢者と称されるヘマくらいだろう。
「犬のお母さんはね、イッセーイチダイのイベントの準備をしているんだよ!」
「イッセーイチダイ?」
「うんうん。魔王様も準備しといた方がイイよ」
それから、世俗には疎い魔王様にチョコを贈る恋人の聖人の日の説明をした。
「なんだ、犬はセガレに付き合ってやってるだけじゃねえか」
犬が度々口にする「インキャ」なる種族は恋人だとか愛してるだとかいう言葉を聞くとバインドがかかる特性がある。
「ふふーん。そうだな!そうかもな!!」
またしてもヒスイは魔王を煽った。散々傍でみていたから知っている。
犬はそういう言動を意識するとバインドがかかるが、意識しなければ自然と出てしまって
いるのだから。
「クソ弱勇者がっ」
初代様は意外でもなんでもなくヒスイの煽りに弱い。いや、魔王となってからだいぶ経つしその前は人類最強の勇者様。煽られるのに慣れていないのである。
舌打ちしながらも好奇心には勝てず、魔力を込め犬のいる場所を遠見した。
「ご子息様、ここにチョコをいれてくださいね」
「あいあーい」
ほら、やっぱり。
犬はセガレのためにやってんだ、と初代様は安心しようとした。
しかし。
「初代様はこのナッツはあまり好きじゃないので入れません」
ん?
「初代様は柑橘はお好きなので、オレンジ系のドライフルーツをチョコに浸します」
んん?
「お酒は使わない方が良いかな。初代様あんまり飲まないから」
んんん?
「初代様がチョコ好きかどうか知らなかったな……こんなもん食えるかって、昔みたいに言われちゃうかも?」
少し困ったようなそれでも懐かしそうな顔をした犬を今にも抱き締めに行きたい衝動に襲われた。
なんなら転移の魔力を発動させようとした。
「ヘマ!転移止めろっ」
「うんっ!!」
最強賢者と元勇者の手でマジックキャンセルされ、転移を妨害される。
「お前らっ離せ……っ!」
「5分前に聖人の日の話したよなぁ!?」
「イベント!イベントは大事だよぅっ!」
「うぐぐっ!!」
二言目には、「初代様、初代様」と付ける犬の姿を見て冷静でいられるはずが無い。
ツレになってだいぶ経つのに、犬は未だに初代様への遠慮があるのだから。
何かの拍子に好きですとかするっと言っては魔王の心臓を止めにかかるツレだが、そばにいない時に、あんなに、あんなに愛おしげに呼ぶなんて!!
「クソ、あのダメ犬っ!あんなの……っ、俺の前で言えよな……っ!!」
そう毒づく魔王の耳が真っ赤だった事を、大賢者と元勇者はちゃんと見ていた。
因みに、初代様が(なんでもないフリをしつつ)待ちに待って迎えた恋人の聖人の日、
犬(とセガレ)は何かを背中に隠したまま何か言いかけては息を飲んで止める、という焦らし行為を朝から半日以上繰り返し、待ちすぎてキレた初代様(とコイシ)にそれを強奪される、という事件があったのは言うまでもない。
《終》