あやもも様&なち様より【2024/2/20】

まろやか毎日(略)

 

今回は、まずはあやもも様からのイラストからどうぞ!

その後に、なちさんの「ついのべ」が続きます!

 


 

《青イスと緑イスと、手前イス》

 

なんでこんな事になったんだろうなぁ……。

と、手前イスの背中が煤けていた。
まあ同じオフィスにいるのだし、仕事時間は一緒だ。
それは勿論、休憩時間も一緒という事で。

 

「手前イスは今日何食べるの?」
「俺はアジフライ定食にしようかな」
「アジフライかあ」

ホワイトボードに書かれたメニューを一生懸命眺めている自分の肩までくらいしかない緑イスのつむじを眺める。
人見知りで緊張しぃのこの緑イスが「食事のメニューを聞く」というのは実は大変にハードルが高い。
それを自然な感じに聞いてきてくれたのは心を許してくれたようでとても気分が良かった。

「アジフライは3角の何処からかじるか迷うよね」
「えっ、迷う?」

なんで?と思ったが緑イスの興味はすぐに別なものに絡め取られた。

「緑イス先輩。今日の日替わりはチキン南蛮ですよ、これがオススメです」

緑イスの横にたったのは手前イスと同じくらいの高身長の青イスだ。
この男、緑イス限定で呆れるほどにパーソナルスペースが狭い。
介助犬か?というレベルで緑イスに立つ。
いや、介助犬ならこんな風に自分に威嚇してきたりはしないだろう。

「うーんチキン南蛮……」
「日替わりはデザートに杏仁豆腐も付きますよ」
「杏仁豆腐の上に乗ってる赤いやつは好きだけど」
「では日替わりにしましょう」

何故そんなにも日替わりを推すのか。

「青イスくんは何にするの?」
「俺はカレーです」
「昨日も食べてなかった?」
「カレーだと片手で食べられますから」
「え?」

何かおかしな理由を今言ったような気がしたが。
青イスはしれっと自分の言葉を流す。

「いえ、なんでもありません。一人暮らしでカレーを作るのは中々にハードルが高いのでちょっとカレーに飢えているんです」

緑イスはこれまた素直に流された。
悪質なキャッチセールスに捕まって、やたら高い布団とか英語の教材セットなんかを買わされないか心配になる。

「そっかあ。うちのお母さんはカレー作るとすごい大鍋でいっぱい作るんだよ。どうしても3日目は飽きる……。あ、そうだ!青イスくん、今度カレーの日にうちに来なよ!お母さん喜ぶしカレー減らすの手伝って欲しい」
「それは是非っ!あの日記ブログで見たT島屋限定のクッキー詰め合わせを手土産にすればいいですかね!」

中年男性が運営している個人サイトの中のブログは手前イスも知っている。
アニメ関係が多いものの意外と多方面に渡る話題とクセになる読み味でいつの間にかハマってしまう中毒性があるのだ。

「あれすごい高かったじゃない」
「いえ!最古参にご挨拶に伺うにはあれくらい必要です」
「お母さん何の古参なの!?お母さん腐ってないよ!?いや、え?腐ってない……よね?」

少し前なら緑イスの母親はゾンビなのか?とツッコミを入れただろう。
しかし悲しいかな。
いや喜ぶべきか。
今ではその意味はよく分かってしまうのだ。

「貴腐人かどうかは存じませんが、同担の俺の師です」
「ええええ……お母さんの推しって知りたいような知りたくないような……あ、こないだ韓流ドラマめっちゃ観てたな……」

考え込む緑イスの頭越しにちらっと青イスは手前イスを見るとふふん、と鼻で笑った。

は?今俺マウント取られた!?

介助犬ならこんな煽りは絶対しない。

この青イスは緑イスの母と面識があるという事を手前イスにめっちゃアピってきた!!

手前イスの地獄はここからだった。

ランチメニューの前で話した流れで食事の席も一緒になった。
それはまあいい。

手前イスとしても1人でいると女子にやたら話しかけられるのでゆっくり食事もできないから。
手前イスの性格上女子社員を無下に扱ったりはできないので、昼休み中気を遣って過ごすことになる。その上ちょっといい感じになったと自慢げに周りに話したりする女子がいたりするから恐ろしい。

その点、緑イスは気心の知れた相手だし。

ヤツさえ隣にいなければ。

うちの社食って狭くないよね?と聞きたいレベルでぴたりと並んで座っている。
なんなら腕が触れ合っている。
そして、青イスがカレーを選んだ訳も思い知らされる。

青イスのスプーンを持っていない方の手が、緑イスの太腿に置かれているのだ。
緑イスは手前イスから見えているとは気付いていないのだろう。
置かれた瞬間、ぴくりと肩が跳ねたがそれきりだった。

なんだその慣れた感は!!

 

手前イスにそれを指摘する勇気は無かった。
青イスがまたドヤ顔を向けてくるのがイラつく。

そんな微妙に不健全な食事をしながら緑イスは何故か毎朝母親に飲まされているという健康飲料の話をしていた。

「あれって女性ホルモンがどうのこうのって話だよね?ネットでちょっと見たけど、男の俺が育乳する必要はないと思うんだ」
「「ぶふぉっ!!」」

青イスと手前イスは同時に吹いた。
そして同時に緑イスの胸の辺りに視線がいく。

「そ、育ってるんですか!?」

青イスの質問は食い気味だ。

「青イスくん、俺に女性ホルモンはないんだよ」

 

あるんだよ緑イス……。男性にもあるんだ。強く出ないだけで。

それも指摘は出来ない。
緑イスが自分の育乳事情に悩むようになっては可哀想な事だし。
そもそもなんかすっごい気恥しいから!!

手前イスの情緒は崩壊寸前だった。
青イスはといえばとっくに崩壊しているようで、緑イスの耳に何か吹き込んでいる。

「……っ!!!」

ぶわっと緑イスの頬が真っ赤になり、青イスの肩をポコポコと叩いた。
ポコポコ!20代も半ばの青年の使っていい擬音では無いのに、緑イスのそれはポコポコ以外なかった。

手前イスは、アジフライ定食のせいでは無い胸焼けに午後中苦しんだとか。

 

《続》

 

《青イス、ドヤ顔、第2弾》

 

手前イスの地獄はまだ終わらなかった。

 

2人(2脚?)に比べたら緑イスはかなり小柄だ。
恐らく男子の平均には少し足りない程度。
お安くてボリュームがあって美味しいと評判の社食の定食を一生懸命に食べている。
食べるのはあまり早くない。

だけどもゆっくり食事を楽しんでいるようにも見えない。
なんとなく気忙しくて、まさに小動物が餌を食むようにみえてしまうのだ。
手前イスがその様が可愛いと思うようになったのはつい最近だ。

 

最初は自他ともに認める面倒みたがりの自分の性格のせいでどこか危なっかしい緑イスから目が離せなかった。
彼は真面目ではあるが、なんというか要領が悪い。
いつも自信なさげで、オドオドしていて、それでいて突然意識が謎の方向に向く。
要点をまとめられない話し方も、さまよう視線も、小さな声も、人をイラつかせ、また本人を萎縮させる。

悪循環だ。
気の短いと定評の、ある他部署の課長には関係ないのに随分怒鳴られていた。
完全なパワハラなのでそれとなく上に報告してやめさせたが。
何かにつけてフォローはしていたが、正直いつ仕事を辞めてしまうかハラハラしていたものだ。
それが最近はたまに顔をしっかりとあげて目を見てくれるようになった。

にこ、と首を傾げるようにして小さく笑うのだ。

手伝ってくれてありがとう。このコーヒー、好きだったよね?

恋人に尽くしすぎる性質の手前イスは、自分の善意がいつの間にか当然のように相手に要求されるようになるという悩みを抱えていた。

いつも、限度を越えた相手のワガママに辟易して別れる事になる。

そんな中、緑イスの控えめな謝意は砂粒の中の宝石のように煌めいた。
謝意だけでなく、そのたまに合うようになった目も、恥ずかしげにくしゅっとなる口元も、喉仏はちゃんとあるのにどこか細い首も、自信なさげに丸まる背中も、光を放つかの様だった。

彼が好きだと知ったBLなる異文化を履修するのも、自分はそれを否定しないというアピールだ。
手前イスは、あっという間に誤魔化せなくなったその気持ちに、信じられない思いでラベリングした。
ファイルの中身は日々増えていくのだから厄介なことこの上ない。

「緑イス先輩、チキン南蛮美味しいですか?」

そういえば、この青イスも入社当初は随分緑イスに対して辛辣だったらしい。
それがある日を境に、介助犬よろしく緑イスに懐くようになったのだとか。

いったい、彼らの間には何があったのか。

 

「うん、おいひい。この甘酸っぱいタレ好きかも」

唇についた粘度のある甘酢タレを拭う舌にゾワっとした。
勿論、不快とは真逆の感覚で。

「チキン南蛮はタルタルじゃなくてこっちの甘酢タレがメインらしいですよ」
「へえ、青イスくんは物知りだねぇ」

緑イスは感心しながらスライスされた鶏胸肉の唐揚げにたっぷりとタルタルソースをまぶして口に放り込む。
自分の口の容量がわからないのか、唇の開く限度がわからないのか、口に収まりきらなかったタルタルソースが唇を汚し、皿にこぼれ落ちて行った。

「んん”っ!!あ、青イスふん、てぃっふ……っ!!」

いつもなら緑イスの呼びかけにはタイムラグなしで応える青イスが呆然いや、恍惚と緑イスを凝視している。
手前イスも同じだった。

なん、なんか、エロ……っ!?

 

膨らんだ頬、苦しげに寄った眉、ティッシュを求めて差し出しされた手、白濁、いやタルタルソースに濡れた唇。

あ、青イス、お前まさかこれを狙って……っ!!?

青イスが執拗に日替わり定食を推したのはこれを見たいが為だったのか!

 

「青いふふん?」

そしてけしかけた本人も想像以上のダメージいや、ご褒美を賜ったらしい。

「あっ、すみません!」

慌ててティッシュを出そうとして、前に座る手前イスと目が合った。

すると、青イスは平日のランチタイムに決してしてはいけない獰猛な笑みを浮かべ……。

 

「んむぅっ!?」

緑イスの口元を親指の腹で拭い取り、その指を自分の口に運んだのである。

「すみません、緑イス先輩。ティッシュ持ってなかったです」
「だ、だからってお前!!」

口に鶏胸肉が入ったまま目を見開いている緑イスの代わりに手前イスが口を開いたが、

「俺のハンカチ使ってください」

青イスはポケットから取り出したハンカチで当然のように緑イスの口元を丁寧に拭い、汚れた面を内側に畳んでまたポケットに戻す。

「水もどうぞ」
「んん、ありがとう……」

そして、甲斐甲斐しい彼氏ムーブをかましながら、青イスはまた腹立つドヤ顔を手前イスに向けたのだった。

その日の午後、手前イスは緑イスの痴態(※個人の見解です!)が頭の中をぐるぐると回っていた。

 

タルタルソースのことだけでは無い。
デザートの杏仁豆腐を食べるのに緑イスはてっぺんにのっていたクコの実だけをスプーンですくって口に入れたのだ。

「なんか、柔らかいのに、ぷりっとしてて、ちょっとザラっとしてて、ほんのり甘くって、これ好き」

口の中でころころと転がして楽しんでいるのが唇と頬の動きでわかる。
青イスは両手のひらで顔を覆って呻いていた。

「流石は神……っ!俺の安易な妄想など……軽く超えて供給してくださる……っ!!」

青イスの言葉は相変わらず意味不明だったが、その気持ちはなんとなく理解できた。

なんなんだ、このいい歳した男がやたらエロい感じ出してくるのなんなんだ!!
そして青イスのドヤ顔ほんっきで腹立つな!!

 

終業後も色々な興奮が全身を駆け巡り、手前イスはなかなか寝付けなかったという。

そして青イスの夜は説明するまでもないだろう。

 

《終》

 

《おまけ》

2ページ目単体にタグをつけるとしたら。

お前、あのハンカチはどうした?
カンのいいガキは嫌いだよ。

です。