プロローグ:冒頭に先の展開見せといて、時系列遡るパターンのヤツ

 

「できた……!」

 

 大学一年生の宮沢 直樹(みやざわ なおき)は、パソコンの前で小さく声を上げた。

 彼はたった今。渾身の物語の一頁を小説投稿サイトに投稿した。

 

「これは、すっごい神展開になってしまった……かも!」

 

 その顔は興奮に染まり、頬も赤く上気している。

 熱の冷めやらぬまま、ふと顔を上げた彼は、壁の時計を見て一瞬動きを止めた。針はすでに、深夜の二時を過ぎている。

 

「やば、明日も一限からテストなのに」

 

 彼は慌ててベッドにもぐり込むと、興奮で冴える目を無理やり閉じた。

 

「……余生先生からの感想、楽しみだなぁ」

 

 直樹は最後にそう呟くと、思いのほかすぐに眠りについた。

 その直後、彼のスマホに一件の通知が届く——

 

≪コメントが1件届いています!≫

 

◇◆◇

 

 

「はい、時間になりました。筆記用具を置いてください」

 

 機械的な試験監督の声が教室中に響き、それまで静まり返っていた空気からフッと緊張が抜けていく。

 

「っふぅ。やっと終わった」

 

 今日で、直樹の大学に入って初めての前期試験が終わった。今日から、彼の夏休みが始まる。勢いよくリュックを背負うと、他の生徒達の波に乗って教室を後にした。

 

「んーーっ、久々のバイトだなぁ」

 

 彼のバイト先は、大学から徒歩三分の場所にある老舗の喫茶店である。

 

「まさか、一週間も休まされるとは思わなかった」

 

 直樹は〝あの日〟のことを思い出しながら、ぽてぽてと喫茶店までの道を歩く。

 が、ふと何かを思い出したように、ピタリと足を止めた。

 

「そうだ、余生先生の更新……!」

 

 呟いたと同時に、直樹はポケットからスマホを取り出す。そして、画面に映し出された文字に目を輝かせた。

 

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1位:『矢くらい経費でオトせ!~転生した那須与一は勇者パーティを抜け、ソロでまったり狩人生活!~』

作者:余生

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「うーー!昨日、すっごいイイとこで終わってたもんなぁっ!」

 

 直樹は躊躇うことなく一位の作品をタップすると、物語の最新ページに飛んだ。そして、炎天下のなかジッと画面の中の世界に没入していく。

 手に汗握る、なんてよく言うが、そんなレベルではない。身体ごと作者の手に握られてるような心地よい圧迫感、もとい緊迫感。

 

「さ、最高過ぎる……!さすがは余生先生」

 

 あまりにも最高過ぎて、意識が飛ぶかと思った。

 

「……あ。そういえば、俺の作品は何位だろ」

 

 我に返った直樹は、ふと湧いた疑問に従い、ランキングをスクロールした。

 しかし、下れれども下れども直樹の作品は出てこな——。

 

「あ、あった」

 

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465位:『無限廻廊の勇者』

作者:ノキ

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「うーん、また下がってるなぁ」

 

 日に日に下がるランキング。それに呼応するように、作品のブックマーク数も目に見えて減っていた。

 だが、昨日とは桁違いに増えている項目が一つだけある、それは——。

 

≪コメントが24件届いています!≫

 

「うわぁ……」

 

 読者からのコメントの数だ。

 しかし、分かっている。コメント欄に踊る文字の多くが、作品に対する称賛の言葉ではないことくらい。

 直樹は「……よし」と小さく息を吐くと、コメント欄を開いた。

 

≪なにこの胸糞展開。ここまで我慢して読んで、マジで時間無駄にした≫

≪最初は面白かったのに、救い無さすぎて辛い≫

≪主人公への好感度が読むたびに下がって、今はゼロ。こんな胸糞主人公見た事ない≫

 

「ちょっ、そこまで言う!?」

 

 コメントを読んでいた直樹は、思わず声を上げた。

 「なんで分かんないかなぁ」と口をとがらせながら、更にスルスルとコメントを目で追っている時だ。

 

「あっ」

 

 その中にひとつだけ、他とは異なる異彩を放つ長文コメントがあった。そして、それこそが直樹が昨日の夜から待ちわびていた相手からの褒めコメ——。

 

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上のコメント書いたヤツ、全員〇ね!!!!

 

この世にはびこる不条理と無常観を、Web小説の文脈に合わせて読みやすく表現してくださったノキ先生に、賛辞こそあれ、なぜ罵声が飛ぶのか理解不能。

現実の鬱屈をWeb小説にぶつけて体感オナニーしてるだけの、文字の読める蝿風情がブンブン騒ぎやがって。叩き落とすぞ。

 

……ああ、そっか。

感想欄をノイズで埋め尽くすこの現象こそ、現代が抱える一番の〝不条理〟ってワケか笑笑笑笑!

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 そこには、いつもの〝彼〟からの作品への擁護コメントが、画面いっぱいに躍っていた。いや「擁護」なんて言葉では生ぬるい。

 

「皮肉が乱射されてるぅぅっ!」

 

 そこにあったのは批判コメントを片っ端から撃ち落とす、ノンブレスの皮肉全開・長文コメントだった。

 しかし、〝彼〟のコメントはそれだけでは終わらない。最後の皮肉めいた(笑)のあとには、語彙の崩壊とテンションの暴走が駆け抜けていた。

 

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以下、ノキ先生への感想。他の蝿共は読むな。

 

はーーーー!

しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき!!!

ノキ先生マジ神ィ!!

 

すごい……すごすぎて……語彙が……しゅきしか……(語彙死亡)

はい、泣きました。

 

え、これでランキング一位じゃないのか意味わからん、世界バグってる。

情緒グチャグチャにされて幸せ……しゅき。

この作品に出会ってから心臓が一生うるさい。しゅきのせい。

 

ノキ先生、好きです!結婚して!

あ、無理?じゃあせめて同じ空気吸わせて!

 

投稿者:ログイン外ユーザー

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 あまりにもクセの強い言葉の津波に、直樹は無意識のうちにゴクリと唾を飲み下した。ついでに、背中を伝う汗がじわりとTシャツを濡らす。

 

「あ、相変わらず凄いな……」

 

 批判コメントには知識人ばりの語彙力を搭載しながら、いざ褒める場面になると一気に語彙が「しゅき」に終始する。

 その感情の乱高下ぶりは、もはやこのコメント主の様式美と言えた。

 

「ふふ。でも、うん。面白いって思ってもらえたなら……良かった」

 

 どうやら、この〝彼〟には今回もしっかりと直樹の物語が届いていたらしい。直樹は小さく口元に笑みを浮かべると、スマホをポケットにしまい、歩き出した。

 

 バイト先の喫茶店は、もう目と鼻の先だ。

 渋い色の看板と、ガラス越しに見える薄暗い店内。一週間ぶりのバイト先は何ひとつ変わらず、そこにあった。

 

「こんにちはー」

 

 店に入った瞬間、タバコとコーヒーの混ざった昭和レトロな香りが鼻をくすぐる。同時に、優しい声が直樹の耳に届いた。

 

「あ、直樹君。体は大丈夫?」

 

 白いシャツに黒いベストを着て穏やかに声をかける年配の男性は、この店のマスターだ。

 

「はい、もう全然平気です。こないだはご迷惑をおかけしました。今日からまたよろしくお願いします!」

「ん?ちょっと待ちなさい、直樹君。顔が凄く赤い。先に飲み物を飲んで」

「あ、えっと。これは」

 

 「違うんです」と言いかけた直樹をよそに、マスターは容赦なく冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注ぎ始める。

 

「はい、どうぞ」

 

 何を言っても過保護な姿勢を崩さないマスターに、直樹は苦笑しながら「ありがとうございます」と麦茶を受け取った。

 

 あぁ、この感覚も久々だ。

 壁の周囲を大量の本で埋め尽くされた店内は、レトロな見た目通り客層も見事におじさんばかり。

 しかし、その一角にひとりだけ、場違いなほど若い男子高校生が座っているのが見えた。

 

「……ぁ」

 

 手元のノートパソコンに向かい、凄まじい勢いでキーボードを叩く音だけが、静かな店内に響き渡っている。

 

 一週間ぶりの〝彼〟。

 直樹はその姿を捉えた瞬間、本能的に声を上げていた。

 

「よっ、余生先生っ!」

 

 直樹の大声に、それまで一心不乱にキーボードを叩いていた彼の手がピタリと止まる。

 

「あっ、あの、余生先生!お久しぶりです!」

「……」

 

 視線はまだ、パソコンの画面から動かない。返事もない。

 だが直樹は、そんな様子などお構いなしに、腹の底で渦巻いていた熱をぶつけるように勢いよく口を開いた。

 

「今日の更新分も、すっごく面白かったです!与一の矢が、経費で落とせないっていう設定が、まさかあんな伏線になってるなんて思わなくて。っていうか、なんかこう、物語の〝経済〟が、魂に直撃してくるっていうか……。ともかく、全部すごかったです!」

 

 「はぁ、はぁ」と肩で息をしながら、なんとか最後まで言葉を伝えきったその瞬間。

 彼はチラリと直樹を一瞥し、ぴしゃりと冷たい声で言い放つ。

 

「ちょっと黙って」

「え?」

「今、忙しいから」

 

 そう言い捨てると同時に、視線は再びパソコンへと戻った。直後、うっすらと目を細めて、そして——。

 

「……クソが。毎度毎度、文字の読める蝿風情がブンブン騒ぎやがって。こいつら全員叩き落としてやる」

「っ!」

 

 つい最近、どこかで聞いたような皮肉めいたフレーズが、直樹の中で反芻される。

 

「あ、あの……余生、先生?」

「聞こえなかった?今、クソほどイライラしてるから話しかけんなって言ってんの」

「……は、はい」

 

 いつになく苛立ちを隠そうとしない彼に、直樹は慌てて距離をとった。

 そして、激しいキーボードの打鍵音を背に、ポケットからスマホを取り出して画面を覗き込む。そこには、さきほど覚えた既視感の正体が、はっきりと映し出されていた。

 

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現実の鬱屈をWeb小説にぶつけて体感オナニーしてるだけの、文字の読める蝿風情がブンブン騒ぎやがって。叩き落とすぞ。

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「余生先生……まだ怒ってるんだ」

 

 無意識に漏れたその声が、すべての答えだった。

 ちらりと振り返ると、彼はすでに目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いている。直後、直樹のスマホが「ピコン」と軽い音を立て、一つの通知を知らせた。

 

≪コメントが1件届いています!≫

 

「あ……!」

 

 直樹が慌ててコメントをタップすると、届いたばかりの新着コメントが画面に映し出された。

 

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昨日の感想だけじゃ足りなかったので、追い感想失礼します!!

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 その一文に続くのは、一瞬で「彼」からのモノだと分かる癖の強い賛辞と、他のコメントを叩き落とす皮肉の数々。

 

「あーーーー、クソクソクソクソ」

「こら、コウ。あんまり汚い言葉を使わない」

「……だって」

 

 そう、マスターに言葉遣いを窘められる「彼」こそが、直樹が心の底から尊敬する、現在、小説投稿サイト【ツク・ヨム】でランキング一位を独占する男、そして。

 

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しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき!!!

ノキ先生マジ神ィ!!

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 この、俺——宮沢直樹の小説に、唯一しゅきしゅきコメントをくれた〝余生〟本人だった。