10:同日

 


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庄司と伊中がひとしきり遊んで「また明日」と背を向け合っている頃。

金平亭には今日も今日とて多くの不良達がやって来た。その輪の中心には、やはり髪の毛を真っ赤に染め上げた少年。
山戸 宮古に化けた弟の伊中が居た。

 

「こんばんはー。今日もおじゃまします」

そう言って頭を下げる伊中に、周りの色とりどりの頭の若者たちが大声で笑い声をあげた。

「やばい!ほんと宮古の姿でソレやられると、マジで無理!慣れない」
「キモ過ぎる!」

 

入れ替わって3日が経つというのに、この新鮮な笑いは未だ継続中だ。その様子に、伊中は同じギャグで笑い続けられる小学校低学年のようだなと、シレッと思った。

それを失礼な事だとは、伊中は全く思わない。ハッキリ言ってこの兄の友人達の精神年齢は、ほぼ小学校低学年と同じである。しかし、それこそが伊中が彼らを好ましく思う一番の理由でもあったが。

 

集団で入ってきた伊中達を、店主はやはり本から顔を上げずに出迎える。
そして、出迎えに際して一言だけ言った。

 

「今日、お前の兄が来たぞ」
「へ?」

 

店主の言葉に、伊中と周りの不良達は一斉に店主の方へと駆け出した。店主の居るカウンターの前の席には、数冊の雑誌がそのままに置かれている。どうやら、珍しくこの店に、自分たち以外の客が来たようだ。

 

「兄って、宮古のことですか?」
「他にお前に兄は居るのか」
「いや、それもそうなんですけど」

 

頑なに本から顔を上げる事なく紡がれる皮肉を含んだ言葉に、伊中はカウンターへ置かれた雑誌に目を落とした。それは、たまに兄の部屋で見る雑誌と同じものであった。

 

「宮古、どうでした?」

 

伊中がそろそろと尋ねる。周りの不良達の「宮古!?」「なんだって!?」「アイツ何やってんの!?」という騒がしい声が店中に響く。なんだかんだ言っても、皆、宮古の事を気にしているのだ。

 

「楽しそうに、笑っていたよ」
「へ?」

 

思わず伊中は素っ頓狂な声を上げた。昨日「兄は笑う」と周りの不良達に言ったものの、それは心の中での話だ。宮古は、そんなに表立って笑うような人間ではない。それを、この店主はなんと言った。

「楽しそうに、笑っていた」とハッキリ言った。

 

あの、通常無表情に近い宮古が笑っていたなんて、なかなか想像できない。ただ、この店主がわざわざ口を開いて、そんな嘘を吐くとも思えない。
それに、電話口で楽し気に『もうしばらく、入れ替わるか』と言った宮古が居たのは紛れもない事実だ。

 

「あんなに喋ってるアイツは、初めて見たよ」
「うっそ!?」

 

追撃ダメージが重い。
店主の言葉に、伊中も、不良達も互いに顔を見合わせるしかなかった。しかし、次の瞬間には「うおおお!」という男子高校生達の低い歓声が店内中に響き渡る。

 

店中大騒ぎの中、誰もが自身の持つ携帯機器で自分たちのリーダーへメッセージを送りつける。ただ、それらに返事が返ってくる確率は限りなく0だ。もともと、そう言った連絡に返信をするような男ではないのだ。

唯一、その中で返信をしてくれそうな人物と言えば、弟である伊中にだけだ。

 

「伊中!リーダーに連絡しろ!問い詰めろ!」
「わかった、わかったから!」

 

伊中自身も気にならないと言えば圧倒的に嘘になってしまうため、周りに囃し立てられるままに、宮古へ連絡を入れた。
携帯の呼び出し音が無機質に響く。

 

「伊中!スピーカー!」
「ちょっ!分かったから!押すな押すな!」

 

伊中がスピーカーのボタンを押すと、店中に携帯の鳴る音が聞こえ始めた。それが聞こえた瞬間、周りの不良達が嘘のように大人しくなった。皆、携帯の方に耳を傾け、これまでにない程の静寂が店内を包み込む。

 

『どうした』

 

数回の呼び出し音の後、すぐにいつもの宮古の声が電話口から聞こえた。しかし、伊中はその声だけで、宮古が今どれほど機嫌が良いかを肌で感じる事ができた。

 

「いや、もう明日木曜日になるけど、宮古どうしてるかなって思ってさ」
『……水曜。そうか、もう今日は水曜か』
「早いよねー。もう入れ替わって3日経つんだよ。ねぇ、宮古。今日は何してたの?」
『何って』

 

あそんでた。
宮古の短い言葉に、伊中はパンと何か訳のわからない軽い破裂音が自身の中で響き渡るを聞いた。あそんでいたらしい。“あの”宮古が。

「誰と?」

 

その問は脳内に浮かんだ瞬間、もう口を吐いて出ていた。“あの”宮古と楽しく遊んだという人物が、正直、伊中には一切思い浮かばなかった。先ほどから、宮古の言葉はいつものように聞こえて、いつものようではない。声が弾んでいる。多分、これほどに分かりやすければ、きっと周りの仲間達ですら気付いているだろう。

 

「ねぇ、誰と遊んでたの?」

 

宮古からの答えを待ちきれず、伊中は畳みかけるように再度尋ねた。それと同時に、電話口からピロンという軽い電子音が響くのを、伊中は聞いた。どうやら、それは宮古の携帯にメッセージが入った事を知らせる音らしかった。

ただ同時に、伊中は自身の耳を疑う事になる。

 

『ぶふっ』
「え?!何、どしたの?宮古!?」

 

電話口から明らかに宮古が笑いで噴き出す声を聞いてしまったのである。
まさか、何度も言うようであるが、あの、宮古が、である。

 

『いや、なんでもっ、ない』
「いやいやいや、何があったし!?何でもあるし!」
『や、悪い……また後で、かけなおす』

 

宮古は息絶え絶えといった様子で、そう言い残すと通話は無情にも一方的に切られてしまった。

後に残ったのは、何も分からないまま最強に“らしくない”兄の姿を目にした弟と、その仲間達であった。一拍の後、またしても湧き上がる低い歓声。
主に「なんだあれ!?」「マジで宮古!?」という、伊中の内心と全くリンクする内容をそれぞれが口にしている。

伊中は切れた携帯を手に、未だに本から一切顔を上げない店主に向かって尋ねた。

 

「宮古が今日一緒に居た人ってだれですか?」
「…………」
「あの、聞いてます?」
「…………お前の先輩だよ」
「え?」

 

店主の答えは、伊中を更に混乱させるだけで、何の答えもくれはしなかった。いくら紀伊国屋高校で希代の秀才と謳われる伊中であっても、これだけの材料では答えの導き出しようもない。しかもその後、店主は何を聞いても何も答えてくれなくなってしまった。

 

「もう……なんなんだよ宮古のやつ」

 

伊中は手の中でメッセージの到着に震える携帯をチラリとみると、大声で騒ぎ散らす兄の仲間達の中へと割って入った。

 

 

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もう少しだけ、このままでいいか?
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「(良いに決まってる。お前が楽しいなら、もちろんだ)」

 

伊中は、笑っていたという兄を想い、心の中で思い切り応えてやった。

 

 

 

 

 

10月27日
ハロウィンまであと4日

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