13:同日

 

 

 

 

 

 

最初にその場所を訪れた時、庄司は懐かしさの余り卒倒しそうだった。

 

【生徒会室】

 

変わらぬその場所は、庄司が学生だった時よりも少しだけくたびれてしまっていたが、おおよそは何も変わってはいなかった。あまり広くないそこは、壁の両脇に生徒会にまつわる数多くの資料が並べられていた。奥には一台だけパソコンも置いてある。
真ん中には8人程が向かい合って座れる長机と、パイプ椅子。

 

どれもこれも、庄司が居た十数年前と何も変わっていない。

昼食を3人で摂る為に入った時は、伊中と坂田の手前、庄司とて表面上は冷静に過ごしていた。ただ、坂田が伊中と放課後に生徒会の業務について話すのを聞いて、考えるよりもまず体が動いてしまっていた。

 

「俺も一緒に手伝いたい!」

 

最初は生徒会メンバーですらない部外者に業務の一端を担わせる事へ渋い顔をしていた坂田だったが、伊中が大いに助け舟を出してくれた。

 

「別にいいだろ。庄司だってこの学校の生徒なんだし」

 

その助け舟に、庄司は自身の後ろめたさが更に大きくなるのを感じた。庄司はこの学校の生徒ではない。ただ、元生徒ではある。どうにかそうやって、自分を正当化させ、渋る坂田に畳みかけた。

 

「俺、多分すっごい役に立ちますよ!」

 

『こんな雑なプレゼンあってたまるか』と、久々にサラリーマンの庄司が心の中でツッコんできたが、学制服を着た庄司はそんな苦言に耳を貸す事はない。
高校生の庄司は、やる気と熱意でどうにか坂田に意見をぶちこむのみである。

 

「荷物運びでも、なんでもやりますから!生徒会メンバー全員分位のスペック持ってます!俺!」

 

叫んだ瞬間、坂田が「言ったな?」と力強い視線で庄司を射抜いた。坂田の視線に、庄司も一瞬怯んだがここで引き下がる訳にはいかない。なにせ、庄司はここに来て初めて母校で本当に“高校生”をやれるチャンスが巡ってきたのである。庄司の休みも折り返し地点にきた。やれる事、やりたい事は全部やらなければ。きっと残るのは後悔だけだ。

 

「もちろんです!」

 

庄司は坂田に思い切り応えてやった。ここに来てやっと、坂田も折れたように「わかったよ」と頷いた。

 

「橘。先ほどの言葉、真に受けさせてもらうぞ。放課後、時間になったら此処に来るように」

 

真に受けさせてもらうぞ。という中々聞かない返事の仕方に、庄司は坂田という男の独特さを垣間見たようだった。申し訳ないが、思わず笑った。

 

「了解しました!」

 

庄司のカラッとした二つ返事に、坂田はどこか胡散臭そうな表情を浮かべたが、そこから坂田が何か言う事はなかった。
昼食の後、一旦午後の授業へと戻る二人にならい、庄司も2年の教室へと向かった。

否、向かったフリをした。

 

もちろん、庄司には受けるべき授業もなければ、所属するクラスもない。庄司は二人が見えなくなるまでその背中を見送ると、すぐさま動き出した。
何の為に動きだしたのか。それは、今しがた出た懐かしの生徒会室へと再び戻る為に、だ。

 

ただ、生徒会室の入口は先ほど、坂田がカギを締めてしまい正面から中に入る事は叶わない。

しかし、そんな事で諦める庄司ではなかった。
庄司は他の生徒や教師陣に見つからぬよう、素早くグラウンドに駆け出した。その途中で、授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響く。その音すら懐かしくて泣けてきそうなのだが、そんなチャイムの音如きで懐かしさに浸っている場合ではなかった。

 

生徒会室は部室棟という、そもそも教室のある棟とは離れているため、日中は殆ど人が居ない。その中でも生徒会室は最も東側にある角部屋の為、授業さえ始まってしまえば誰も邪魔者は来ないのだ。

 

「(よし、これでいい)」

 

庄司はグラウンドに面した窓の一つに手をかけると、その扉がカラと小さな音を立てて開くのを確認した。この扉は、先ほど昼食を食べている際に庄司がこっそりと鍵を開けていたものだ。庄司はその窓の淵に手をかけると、勢いよく生徒会室にその身を潜りこませる事に成功した。

そう、こうして過去、幾度も庄司は授業をサボるのに生徒会室を利用したものだった。

 

生徒会室、そして授業のサボり。
それら全てが、あの過去の日の庄司そのものだ。庄司は踊るように軽い足取りで生徒会室を隅々まで物色した。この棚にはこれまで発足した部活動とその記録のファイルがある、あの棚には生徒会の活動記録。そして、この奥には歴代生徒会の名簿とアルバムがある。

 

庄司は名簿とアルバムのある棚を開けると1冊1冊懐かしむように、アルバムの背をなぞっていった。そして、ある1冊に辿り着いたところで、その指はピタリと止まった。流れるような動作で、その1冊を人差し指と親指で取り出すと、庄司は近くにあったパイプ椅子に軽く腰かけた。

 

パラパラと、ページをめくる音だけが部屋へと響く。遠くからはどこかのクラスの授業をする声が聞こえる。グラウンドからは生徒達が何かの試合をしているのか、声援や歓声も響き渡っている。

 

ここは、本当にその全てが“学校”であった。

 

「ほんとうに、なつかしいな……」

 

庄司が静かに見つめるその先には、至極真面目な顔で写真に写る、庄司自身が居た。

 

【紀伊国屋高等学校 第25代生徒会会長】
橘 庄司

 

庄司は確かに十数年前、この学校の生徒だった。
生徒会長だった。

 

 

ここは、庄司の母校だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

宮古は坂田と共に、生徒会室へ向かうべく歩いていた。

 

「お兄さん。俺はお前を他の生徒の手前“伊中”とお前を呼び続けるが、本当の名前は何というんだ」
「……宮古」

 

宮古の答えに、坂田は小さく「伊中と宮古か……」と呟くと、ピタリと足を止め宮古の方へと向き直った。

 

「宮古、俺がお前を宮古と呼ぶのはこれが最後だ」
「あぁ」
「俺は学食でお前の正体をバラすぞと脅したものの、俺にはそんなつもりは毛頭ないから安心しろ」
「……助かる」

 

突然、坂田から真剣な顔で放たれた、思ってもみない言葉。
その言葉に、宮古はホッと胸を撫でおろした。もし、あの言葉で今後も随時、宮古自身の行動に制限をかけられてはたまらないからだ。特に、これからは庄司も共に動く事になる。余り、滅多な事を言われてしまっては、近いうちに坂田の眼鏡と弟の名誉を粉砕する事がほぼ確定するところだった。

 

「勘違いするなよ。これはお前の為なんかじゃない」
「……伊中か?」

 

宮古の言葉に、坂田は本当の伊中を思い出しているのだろうか。またしても、あのうっとりとした恍惚の表情を浮かべた。
あぁ、本当にこの男は弟に妄信しているのだな、と宮古は改めて思うと、少しだけ伊中に同情した。

 

「俺としては、伊中が本当に何事もなかったかのように生徒会に最後戻って来てもらうのが、一番の望みだ。この受験を前にした大事な時期に、こんなバカな事が明るみになって、伊中の将来に傷をつけたくない」
「……お前、なんでそこまで伊中にこだわるんだ」

 

思わず口をついて出てしまっていた。たかだか、同じ生徒会で同級生なだけの伊中に、どうしてこうも拘れるのか。
宮古にはよく理解できなかった。宮古にも、もちろん仲間は居るが、こんな相手の将来を見据えて本気で心を砕くような相手は、あの頭の沸いた愉快なメンバーには一人もいない。

すると、それまでどこか真剣な表情を浮かべていた坂田が思わず吹き出していた。

 

「伊中とまるきり同じ顔で、そんな事を言われるなんてな」

 

そう言って愉快そうに笑う坂田は、フイと宮古から体を背けるとそのまま宮古の前を悠々と歩いていった。宮古もその後を追うように歩く。

 

「お兄さんは分からなくていい。俺には伊中と一緒に過ごした3年間があるんだ。その3年間を知らなければ、その答えはきっと理解できないだろうからな」
「…………」
「理解するのは、俺だけで充分だ」

 

そう宮古の隣で、どこか嬉しそうに口元に小さな笑みを浮かべる坂田に、宮古は先ほど伊中に対して抱いた“同情心”を潔く撤回してやる事にした。伊中にとっても、きっとこの坂田という男は、それなりに大事だった筈だと、ここにきて少し理解できたからだ。

この二人の関係は、妄信と言う一方的なものではなく、伊中からの何か大きな感情を含む双方向的なものに違いない。相思相愛と言うには語弊があるかもしれないが、きっとそれに近いものだ。

 

「(きっと、理解できないだろう……か)」

 

宮古は先ほどの坂田の言葉を反芻してみた。なんとも、小気味良く目の前でシャッターを締められたものだ。しかし、何故か腹は立たない。
それどころか、先ほどの坂田の言葉は気持ちよく、ストンと宮古の心の中に落ちていくものだった。

 

それもそうだろう。伊中の3年間は伊中だけのもので、いくら双子で家族だからとはいえ、その時間を推し量る事は宮古には出来ない。

言葉を尽くし相手に伝える事が気持ちの良い時もあれば、自分の深い部分にだけ留めておく事が気持ちの良い時もある。
大事に、大事に自分の中にだけあればいいものも確かに存在するのだ。

 

宮古と庄司の、これまでの僅かだが、確かに過ごしてきた時間のように。

 

「坂田、お前は良い事を言うな」
「はぁぁぁぁ、頼むから。伊中と同じ顔で、あんまりアホみたいな事を言うな」
「ずっと思っていたが、お前。いい加減その眼鏡叩き割るぞ」
「本性を現したな、この不良」

 

そんな軽口を叩き合いながら、二人はまたあの昼のように肩をぶつけながら、そして、少しだけ笑いながら走っていた。それを見た周りの生徒達は「また、あいつら“いつもの”やってるぞ」と笑いを含んだ視線を向ける。

 

「おい、伊中!お前の正体がバレると面倒だから、今日は他の生徒会メンバーは全員帰した!」
「だからなんだ!」
「死ぬほど働けよ!」

 

奇しくも、入れ替わった筈の宮古も、普段の伊中と同じように坂田と競い合いながら生徒会室まで走っていたのだった。

 

 

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