20:10月30日

 

 

 

『倉守校長先生、いや、最後。今この時だけは倉守さんとお呼びしましょうか。今、俺は先生ではない貴方に話しかけたいんですよ。

……倉守さん、そろそろ “大人”にも飽きてきたんじゃないですか?久々に高校生に戻って俺達と遊びましょうよ。絶対楽しいですから。

あぁ、そうだ!いい事を思いついた!キノクニファンディングの今後10年分の運営費用をクラウドファンディングで集めてみるってのはどうでしょう?
そしたら、是非、倉守さんも参加してほしいなぁ!この企画、誰もが企画者にも支援者になれる楽しい企画ですから!』

 

 

そう言って、宮古の数歩後ろで元気よく締めくくられた庄司の言葉を、宮古はまるで夢でもみているかのような心地で聞いていた。

 

あぁ、今、庄司はどんな顔をしているのだろうか。きっと、宮古が振り返ったら、互いに顔を見合わせて大いに笑い合える筈だ。
やってやったなと、ハイタッチしてもいい。普段、そんな事はまるでしない性分だが、庄司とであれば、宮古は自分がいつも自分らしくない事を簡単に逸脱してやれる事を知っていた。

 

‟庄司、今、お前はどんな顔をしてるんだ?”

 

そして、次の瞬間。
山戸 宮古は無理やり叩き起こされていた。

何に。

どこか怒りの表情を浮かべ、ごきげんな七色の髪に仕上がった弟に。

どうやら、宮古は本当に夢を見ていたらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

「宮古、これ、どうにかして」
「……どうした」
「どうしたもこうしたもない!昨日、お前らの仲間に黒染頼んだら……頼んだら……」

 

そう言って本気でその目に涙を浮かべる弟の姿に、宮古は瞬時に状況の大枠を理解した。これまで、自分でも美容室でも髪など染めた事のない弟に、あの愉快なバカ野郎達はちょっとした“イタズラ”を仕掛けたらしい。

逆にどう染めたらこんなにも鮮やかに七色の髪色が場所によって綺麗に出せるのか。
あぁ、そういえば仲間の一人である井尻は美容師になるのが夢だと言っていた。来年からは美容専門学校に行くのだと声高に宣言していたので、多分、井尻の仕業だろう。

 

「……上手く染めたな」
「お前、殺すぞ!」

 

思わず井尻のカラー技術に対して感嘆の声を漏らす宮古に、伊中は拳を握り瞳孔をこれでもかという程開いた。伊中もこの5日間で、あの口の悪い仲間達の影響を多大に受けてしまったらしい。

 

「昨日だろ、染めたの」
「そうだよ!」
「なら、まだ今日は止めとけ」
「なんで!?俺は今日今すぐにでも学校に行かなきゃなんないんだよ!坂田に昨日の事聞かなきゃだし、内容によっては来週からの準備とか諸々やりたい事があるんだ!さすがに、もうこれ以上は入れ替わっていられないんだよ!」
「……昔、連日カラーしたら、髪も傷んだし、半年くらい頭皮が炎症してヤバかった」

 

宮古の言葉に「は、半年も……」と一瞬にして怯んだ伊中に、宮古は先程まで寝ていた自室のベッドから重い腰を上げた。携帯には、坂田から何やらメッセージが来ている。

 

———
やる事があるから、今日も生徒会室に来い。もちろん橘も連れて。
———

 

宮古は「くあ」と小さく欠伸を漏らすと、クローゼットから制服を取り出した。もちろん、それは本来弟の物である筈の“紀伊国屋高校”の制服である。
ついでに、傍にかけてあった黒のワークキャップも手に取った。このワークキャップは宮古が気に入って私服の際、良く身に着けているものだ。
宮古はそれを「どうしよう……」と不安気な面持ちでこちらを見つめてくる伊中の頭にポスと被せてやる。

 

「今日は被っとけ」
「……ねぇ、宮古。どうしたらいいかな」
「明日、俺が行ってる美容室、連れてく」
「今日じゃダメ?」
「気休めだとしても、少し時間を空けろ」
「…………わかった」

 

宮古は最早着慣れた弟の制服に袖を通すと、片手に持ったままの携帯で庄司宛のメッセージを打ち込んだ。

 

———-
今日も、坂田が学校来いって
———-

 

そんな宮古に、伊中は一生懸命帽子を深く被りながら「ねぇ」と宮古に声をかける。

 

「宮古、昨日坂田と校長先生の所に行って例の件で直談判したんでしょ」
「あぁ」
「何があったのか教えてくれる?」
「…………」

 

伊中の当然とも言える問いに、宮古はピタリと固まった。何があったのか。昨日のあの一連の状況を説明しろと、伊中は言っているのだ。

 

ぐるぐる、ぐるぐる。
宮古はこういう問いが、自分の今の感情や気持ちを問われる事の次に苦手だった。というか、話すという事全般が苦手な自分に、あの怒涛の1日を語るなんて荷が重過ぎる。
庄司と共に居る時は宮古自身驚く程、言葉がスルスルと出てきていた為、少しは話すという事に対し苦手意識が無くなってきたと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

何をどこから話せばいいのか、一つも分からない。

 

「はいはい、ごめんごめん。宮古じゃ説明難しいの分かってたから、坂田に話を聞くために学校に行こうとしてたのに。気になりすぎて早まっちゃったわ」
「……そうだ、坂田に聞け」

 

宮古の潔い程の説明放棄具合に、伊中はいつもの事だと肩をすくめた。

 

「じゃ、俺は仕方ないけど宮古の制服着てくから、俺が先生達に連行されないように絶対に俺の傍を離れないでよね」
「わかった」

 

そう言って、二人して部屋を出る際、宮古はチラリと自身の携帯に目を落とした。

 

 

庄司からの返事は、まだ、来ない。

 

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