28:同日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山戸 伊中は心の中で中指を立てていた。

誰に。

兄の、宮古にである。

 

「キミ、ちょっといいかな?」

 

そう声を掛けて来たのは国民の治安を守るべく日夜働いている、尊敬に値する大人。
警察官。
このハロウィンできっと休日返上で出勤に当たっている人も居るのであろう。ありがたい事である。

しかし、伊中は善良な一市民だ。この制服を着た大人達から守られるべき人間であって、どう足掻いても取り締まられる方の人間ではない。
それなのに、何故だろう。何故この目の前の警官は、伊中を明らかにしょっぴく相手として厳しい目を向けてきている。

 

答えは、まぁ、明白である。

 

「キミ、あの時の子だろう。キミが殴った子達、財布から全部お金を取られて殴られたって言ってるんだよ。ちょっと詳しい話を聞かせてもらえないかな」

 

兄の宮古がやらかしたのだ。
だから、そこそこにしておけと言ったのだ。だから喧嘩をするなと言ったのだ。だから、だから、だから。

 

「(宮古のやつ、絶対ゆるさん)」

 

ここで、伊中は静かに心の中で中指を立てるに至ったのだ。

 

「え、何の事ですか?俺ちょっと分からないです」
「いや、とりあえず一緒に来て」

 

頑張ってシレッとした顔でしらばっくれてみるが、いつの間にか伊中の腕はその若い警官にガシリと掴まれてしまっている。これは困った。このままでは受験前に、いらぬ前科が付きかねない。

しかも、警官に腕を掴まれ伊中が抵抗を始めたあたりから、周りから人の群れが引いているような気がする。いやいや、皆さん気にせず傍を通ってくださってかまわないんですよ。その伊中の心の声は当たり前だが誰にも届いていなかった。

 

「ちょっと待ってください。伊中が何をしたって言うんですか?」

 

そこへ、それまで黙って様子を見守っていた坂田が焦ったような表情で割り込んできた。坂田は何が何だかわからないといった様子で警官の腕を伊中から離させる。

 

「キミは?」
「俺は彼の友達です。今日1日ずっと一緒に居ましたけど、彼が何かしましたか?」

 

圧倒的に優等生を模したような坂田に、まっすぐとそう言われ一瞬警官の方がたじろいだ。仕事柄こうも相手にまっすぐ目を逸らさず見られるという経験が少ないせいか、坂田が多少の優位に立っている様子である。それもそうだ、何も後ろ暗いものがない者は、決して警官に対しても怯える必要などないのだ。

 

「今日彼に暴力を振るわれたという学生達を、今保護しているんだ」
「伊中がそんな事する筈ないでしょう!人違いも程ほどにしてください!」
「いや、とは言っても……」

 

思いの外、しっかりと坂田の反撃にたじろぐ警官に伊中は心の中でガッツポーズをした。しかも、伊中へのあらぬ嫌疑に対し、坂田自体が大層ご立腹のようだ。こんなに怒っている坂田というのもまた珍しい。このまま坂田に任せておけば、いらぬ騒ぎを起こさぬまま、しっかりとこの場を鎮めてくれるに違いない。あぁ、持つべきものは坂田である。

そう、伊中が胸を撫でおろした時だった。

 

「そんなに言うんだったら、その被害者の学生をここに連れてきてください!絶対に伊中じゃないと証言する筈です!こんな風に疑いをかけられて、こちらとしてもこのまま黙ってはおけません!人違いだった場合、謝罪を要求します!」
「おいっ!?」

 

その瞬間、伊中は坂田へ思い切り大声を上げた。

何を余計な事を言っているんだ。喧嘩したのは十中八九黒髪の時の宮古である。
そして、更に言うならば被害者の学生達と言うのは、昼間にファミレスに来ていた、あのうるさい若者達に違いない。何故なら、「席をとっておけ」と言って出て行った彼らが、その後あの店に戻ってくる事は無かったのだから。

 

そんな状況で、今や黒髪に戻ってしまった自分を被害者の前に突き出そうものなら、きっちりと自身が犯人扱いを受けてしまうのは火を見るよりも明らかだ。

伊中は目をギラつかせたまま「なんだ」と振り返ってきた坂田としっかりと目を合わせると、声には出さぬまま口パクで「み、や、こ」と必死に伝えた。そして、坂田もその名前に即座に状況を把握したのか、途端に目を大きく見開き、それまでの怒りを一気に鎮めていった。後に残るのは警官との間の妙な沈黙。
状況把握が早いのは助かるが、この場合、遅すぎるくらいだ。

 

「…………と、思いましたが。俺達はちょっと先を急いでいますので、ここで失礼します」

 

先ほどまでの烈火の如き勢いをまるで無くし、しかもそれまで逸らされずに相手を見据えていた坂田の視線が一気に霧散する。そんな坂田の明らかな変貌ぶりに、逆に警官が勢いを取り戻してしまった。明らかにおかしい、と。

 

「キミの言う通りだ。被害に遭った学生達は怪我も大した事なかったから、まだ署に居るんだよ。だから、よければ君たちが来てくれないか?人違いなら、俺が誠心誠意謝ろう」

 

そう言って、伊中の腕に改めて警官が手を伸ばされた時だった。

 

「あー!宮古!?……伊中!?」
「どっちどっち!?」
「宮古だったら久しぶりー!伊中だったらちょっと久しぶりー!」

 

ワラワラとやってきたのは、それぞれ雑なハロウィン衣装に身を包む十人十色の髪色達。きっと、その辺の店でテキトーに買いそろえたであろう、ペラペラした生地のドラキュラや、魔法使いの衣装は、それはもう髪色と相成って滑稽であった。ただ、この日に関しては彼ら以外の全ての若者が似たような恰好をしている為、浮いているという事は全くなかった。

そう、明らかに浮いているとすれば、それは警察に捕まりそうになっている伊中と坂田に他ならない。

 

「…………みんな」

 

この瞬間、伊中はアホの笑顔でやってくる彼らを全員許す事にした。絶交も取り消そう。
だから、いいだろう。ここは彼らを利用させてもらう事にする。

 

「みんな!助けて!」
「あ!伊中だ!」
「伊中だ!」
「レインボー終わっとる!」
「なんか、助けてって言ってるけど!」

 

集団でニコニコしながらやってくる彼らが、その実、“敵”を目の前にするとその目の色が一気に変わる事を知っている。伊達にこの1週間、幾度となく喧嘩に巻き込まれてきた訳ではない。

 

「この警察官のコスプレをした大人が、俺達にいやらしい事をしようと無理やりホテルに連れ込もうとするんだ!助けて!」
「っな!?」

「っは!?」

 

同時に驚愕の色を浮かべたのは警官と坂田の両方だ。しかし、その伊中の思いも寄らぬ大声のせいで、周りに居た関係のない者達も一気に伊中達へとその視線を向けてきた。

一見すると身の正された真面目そうな若い男の子2人。そしてその相手に立ちはだかるのは、その格好をコスプレと称された体躯の良い大人。

「やばくない?」「男の子を」「あの警官コスプレなの?」と口々に人々が警官に対し、引いた目を見せる。「いや、ちがう!」と大声で叫ぶ警官には非常に申し訳ないが、こういうものは言った者勝ちなのだ。伊中は心の中で小さく相手に謝罪すると、そっと坂田の腕を掴んだ。

 

「俺が走ったらついてきて」

 

ソッと伊中の囁きに、坂田は一瞬目を大きく見開いたが、すぐに小さく頷いた。状況把握と行動に移す躊躇いの無さについて、この坂田の右に出る者は居ないだろう。まぁ、その言葉を放つ相手が伊中であれば、の話だが。

伊中は「ダイジョブかよー!」と集団で近寄ってきたカラフルな仲間達の背にサッと隠れた。そんな伊中の様子に、若者達は一気にドン引きした目で警官を見つめる。こんな頭のおかしそうな不良達に、更におかしな視線を向けられるとはどれほど不名誉な事であろうか。

 

「何なん?お前」
「大人の癖に子供に手出すとヤバすぎっしょ!」
「おまわりさんの格好して若いオトコノコとシたいとか、やばいAV見すぎじゃん!」
「てか、コスプレの服それどこで買ったん!?まじで本物みたいなんですけど!」
「コスプレじゃない!私は本物の警察官だ!君たち!どきなさい!」
「そんな事言って!まだ伊中のケツを追いかける気か!」
「ち、が、う!」

 

どんどん話が大きくなる。
大きくなるにつれ、関係ない者達まで騒ぎ出してきた。そろそろ頃合いだろう。
ざわめく周囲の中、伊中は坂田にだけ聞こえるような声で「走るぞ」と耳打ちをすると同時に勢いよく駆け出した。
駆け出した伊中達に気付いた警官は「おい!」と大声を上げるが、それは間に立ちはだかったカラフルな頭の若者達に勢いよく止められてしまった。

 

「このヘンタイ野郎が!」
「ヘンタイ!ヘンタイ!」
「その制服いくら!?ネット!?ほしー!」
「だ、か、ら!本物だっつってんだろうが!?」

 

そんな背後の様子を、伊中はチラリと横目に見つつ坂田と共に人込みをすり抜けていった。
さすが休日のハロウィンだ。人が余りにも多く、思ったように走れない。走れないが、おかげで簡単にあの警官から逃れる事に成功した。もう、向こうから追いつかれる事は、自分達があそこへと戻らない限りはないだろう。

 

ハロウィン万歳、お祭り騒ぎ最高。

しかし、隣を見ればこれでもかという程必死な顔をして走り続ける坂田。
そんな坂田に伊中は思わず吹き出すと、歩を緩めず人込みの中を抜けていった。どうせ、後であのバカでカラフルな彼らにお礼とレインボーヘアに関する恨み言の一つや二つを吐きだしたい気分であったし、ひとまずこのまま金平亭にでも向かおうではないか。

 

「坂田!ちょうどこの先に良い隠れ家があるんだ!」
「どこだ!?」
「良い所だよ!このまま俺について来い!」

 

坂田にも、あの店と、あのバカ達を紹介したい。
そして、伊中のこの過ごした1週間についても、珈琲でも飲みながら話してやろう。

 

「あははっ!」

 

伊中は風を切って前へ進みながら、これで本当に兄の仮装は終わったと、心の底から思ったのであった。

 

 

 

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