29:同日

 

 

 

 

 

 

「俺、見てましたよ」

 

 

 

山戸 宮古は声を聞いた。

誰の。

それは、聞き慣れた声で、ただずっと聞きたいと、会いたいと思っていた相手の声だった。

 

 

 

 

 

ハンカチが踏まれた。

 

「どけ」
「急に!なんなんだ!君は!」

 

宮古は興味がなかった。
いつの間にか自分を取り囲むように出来ている人の群れにも、目の前でやかましく喚き散らす中年のサラリーマンにも、果てはどこからか沸いて出てきたか分からない警官にも。

ただ一つ、その声が聞こえる前の宮古にとって重要だったのは中年サラリーマンの足の下で踏まれてしまった、買ったばかりのハンカチだけだった。

 

「だから、どけっつってんだろ!」

 

それは、宮古が庄司に出会った初日。
買って返すと約束したきり、すっかりと忘れていた庄司に渡す為のハンカチであった。
どうせなら、庄司に会う前に買っておこうと美容室で髪を染めた後すぐに、宮古は商店街の衣料品店へと向かった。

人生でハンカチなど購入した事が無かった為、一体どこに売ってあるかもわからないまま立ち寄ったソコは、紳士服等を取り扱う店のようだった。出迎えた店員は明らかに場違いな宮古の登場に最初こそギョッとした表情を見せたが、宮古が「ハンカチを」と呟くと、みるみるうちに目を大きく見開き、その後すぐに店内を案内してくれた。

 

「こちらです」と案内された棚の前で、宮古は思わず目を剥いた。
ハンカチ1枚とってもこんなに種類があるものかと、宮古は初めて知ったと共に、意外と値段のするソレに体を固まらせる事になった。しかし、最初こそギョッとした店員であったが、宮古の様子に内心微笑ましさを感じると、すぐに手頃な値段の隣の棚へと案内してやった。

手頃なモノにしても、種類はやはり豊富で宮古はしばらくハンカチを見つめていた。
そうやって、宮古がやっとの思いで購入したハンカチは無地の、青い、どちらかというと紺に近い色のハンカチであった。「この色が似合うだろう」「いや、こっちの色も捨てがたいのでは」なんて、普段の宮古なら考えもしないような思考回路で選んだハンカチは、店員に丁寧に包装してもらった。

 

「プレゼント用ですか?」
「……プレゼント?」
「自分用?」
「いや、人にやるヤツです」
「それならプレゼント用ですね」

 

プレゼント。
誰かへのプレゼントなんてそう言えば初めてではなかろうか。宮古は少しだけ浮かれたような気持ちでハンカチを手にしていたのだが、そこからが悲劇の始まりであった。
余りの人込みと、若干時間をかけて選び過ぎてしまったハンカチのせいで、どうにも18時までに金平亭に到着できそうもない。

 

宮古は庄司へ遅れそうだと連絡をせねば、とポケットから携帯を取り出そうとした時。
買ったばかりのハンカチが手からすり抜けてしまった。

「あ」と思った時にはもう遅く、地面に落ちたそのハンカチは次の瞬間勢いよく中年サラリーマンに踏まれていた。

 

それが冒頭。
ハンカチが踏まれた、である。

そこからはもう状況は目まぐるしい変化を見せた。
しかし、何故か踏まれたハンカチの状況だけは一切変わらない。

「どけ」と相手の肩を押して、一時はハンカチから足が離れたかと思いきや、大騒ぎして食ってかかってくる中年サラリーマンは改めて落ちたハンカチを踏み散らかす。
最早わざとかと思える程、無慈悲に踏まれた購入したばかりのハンカチの包装は、きっとこの中年の足型がくっきりとついている事だろう。

 

宮古は目の前で口々に好き勝手言う大人達や、周りの野次馬達にうんざりした。宮古は、ただ相手にハンカチを踏むなと言いたいだけだったのに。

 

『プレゼント用ですか?』

 

せっかく庄司渡す為に買ったハンカチだったのに。
プレゼントだったのに。

宮古が徐々に握りしめられる己の拳に熱を帯び始めさせた時。
あの声が聞こえた。

 

「俺、見てましたよ」

 

宮古は拳を一気に解くと、いつの間にか自身の隣に立っていた茶色のコートに身を包むスーツ姿の男に目をやった。コートのせいか、スラリとした体躯の印象を持たせるその男は、どこか厳しい目をして中年サラリーマンと警官の両方を見ている。
しかし、その瞬間、宮古はハッキリと理解した。

 

「(……庄司?)」

 

そう、それは昨日から会いたいと願って止まなかった相手。

 

橘 庄司、その人だった。

 

一体、今はどんな状況なのだろう。
宮古は自身がこの騒動の渦中、しかも中心に居るにも関わらず、ただ茫然と、見慣れぬ恰好の庄司から目が離せないでいた。

 

「彼は悪くない。俺は見てましたよ。こちらの男性が、さきほどまでいらっしゃった女性に不貞行為を働いているのを」
「なっ!何を言い出すんだ!急に出てきたと思ったら勝手な事を!名誉棄損だ!」
「そうですね。この状況で見た、見てないの話になっては話の埒が明かない。ただ、私は警官まで巻き込んで、話をここまで大事にした貴方に対して、この若者の一証言者として名乗り出ただけです」
「なっ、なに……」
「私はただの通りすがりです。ただし、私の見ていた証言を第3者からの証言という一つの判断材料にしてもらいたいんですよ。いいですか?あなたが彼に肩を押されたのも、確かに私は見ています。それもきちんと証言しましょう。しかし、その前にも色々と見ていたものがありましたので、同じく証言させて頂いてもよろしいでしょうか」

 

ツラツラと庄司の口から述べられる言葉は、宮古にとってまるで意味がわからなかった。
まぁ、言ってよいのであれば何故目の前の中年がこんなに怒っているかも、何故ここに警官が居るのかも分からない。状況に関する事は、宮古は驚くほど興味がなかった故、何一つついて行けない。

ただ、そんなまるでわからない現状など、宮古にとっては最早どうでもよかった。

 

「(庄司だ)」

 

これは庄司だ。声もその様相も。どれを取っても橘庄司だ。
しかし、共に語り合い笑って駆け抜けた日々の庄司の声や口調より、やはりどこか大人びている。しかし、大人びてはいるものの、この凛とした話口調は、あの日、紀伊国屋の校長の前で生き生きと踊るようにプレゼンをした庄司と、まったく同じだった。

 

庄司の声は宮古を他の雑音から遠ざける。彼の声だけに集中させてしまう、不思議な力を持っていた。

「あなたは、先ほどまでそこに立っていた女性の体に触れていた。それをこの若者が止めただけのこと。あなたは彼に肩を押されたと騒いでいましたが、そのきっかけについて貴方は全く語りませんよね。彼だって急にあなたに手を出したのでない。その女性を守ろうとしたんだ。そうだね?」

 

「そうだね?」なんて急に庄司の視線と言葉が宮古へと向けられる。言葉の意味はやはり分からない。女性を守ろうとしたとかなんとか言っているが何の事だろうか。
ただ、どうにも共に並んで遊んだあの日の庄司とは異なり、どこか守るような優しい目でこちらを見てくる為、宮古は思わずたじろいでしまった。

なんだろう、これは。
何故だか、心臓がこれでもかという程鳴り響いている。

 

「あ…えと」
「大丈夫?」

 

大人が子供に言い聞かせるようなその言い方は、宮古にとっては胸を高鳴らせると同時に、どこか釈然としない気持ちも生んだ。
あぁ、庄司のくせに、何を、大人ぶっているんだ。また、あの日みたいに、弱い癖に、こうして助けに来て。

 

「(てか、気付けよ)」

 

しかも、何より一番許せないのは、こうしてしっかりと真正面から向き合っているというのに、全くもって宮古の正体に気付いていない事だ。
坂田は一発で伊中に気付いたというのに。なぜ、どうして庄司は気付いてくれないんだ。
そんな子供染みた苛立ちが宮古を覆い尽くす。

宮古は現状などまるで把握できないまま、ただその衝動に突き動かされるように口を開いた。

 

「庄司」
「は?」
「なんで気付かない」
「え?」
「俺だ」

 

宮古の呼びかけに、先ほどまで揺らぐ事なく見据えられていた視線が大きく揺れた。揺れた瞳はそのまま大きく見開かれ、ジッと宮古をその黒目に映した。

 

「まさか、い、い、いな」

 

震える口調で庄司が宮古のものではない名を呼ぼうとした時。

 

「なんだ!お前ら知り合いなんじゃないか!とんだ茶番だ!こいつらは二人して私を貶めようとしたんだ!」

 

うるさい声が割って入ってくる。
あぁ、うるさい。宮古は先ほどまでまるで気にならなかった中年サラリーマンの存在を心の底から邪魔だと感じた。そして、その流れで未だに宮古が選びに選び抜いて買ったハンカチが踏まれたままになっているのが目に入った。
宮古は一旦庄司から離れると、警官の隣で騒ぎ散らしている中年男性の前に立つ。

 

「なっ!なんだね!また暴力か!?」
「きみ、やめなさい」

 

まだ何もしてないだろう。宮古はとっさに中年男性の前に手を出して宮古に警戒の色を示してくる警官に、小さく息を吐いた。確かに何かするつもりだから、その行動は正しいのだが。

 

「っよ」

 

次の瞬間、宮古は中年男性の足を自身の足でいなすようにさらった。そのせいで、それまで立っていた相手が勢いよく尻から地面に落ちた。見事な尻もちである。

おかげで、先ほどまで踏まれていたハンカチが自由の身となった。尻から倒れ落ちた男は声にならない悲鳴を上げ呻いている。
そんな男の前で宮古は踏まれていたハンカチを拾い上げると、片手で軽く汚れを払った。どうしたって、男の靴の跡が消えないのは腹が立つが仕方がない。汚れたのは包装紙なので我慢するしかないだろう。

 

「ちょっ……」

 

あまりの宮古のとっさの行動のせいで、警官も野次馬も反応する事が出来ず誰もが茫然と宮古の行動を見守っていた。ただ、その中に在り庄司だけは違った。
イチ早く宮古の手を掴むと一言「走れ!」と叫び駆け出していた。宮古は一瞬何事かと思ったが、庄司が走れというならば走るしかない。

 

人込みを掻き分けて進む後ろでは「待ちなさい!」とか「暴力だ!」と叫ぶ声が聞こえる。

 

「一体何なんだ……あいつら」
「それ本気で言ってる!?」
「本気だが」
「あーもう!捕まったら終わりだからな!ここは死ぬ気で逃げるぞ!」

 

そう信じられないという表情で振り返ってくる庄司に、宮古は一瞬「ふむ」と考えると走るスピードを一気に速めた。いつの間にか庄司に引っ張られていた筈の宮古が先を走り、先ほどまで掻き分けていた筈の人間の波が、宮古が前に立った途端モーセの海割りのように引いていく。

 

「庄司!」
「っはぁ!っはぁ!何!?」
「アイツらにバルス撃っとくか?」
「ぶはっ!!もうっ、走ってる時に止めてくれ!呼吸できねーから!っはあはは」

 

そう、走りながら腹を抱えて笑う庄司の姿に宮古は懐かしくも体から一気に力が抜ける感覚を感じた。庄司と共に居る時はよく感じていたその感覚を、たった1日会わなかっただけでこうも懐かしく、離しがたく感じるとは。

 

「庄司」
「っはぁ、っはは!何?」

 

宮古はやっと戻って来てくれたその手の温もりに、どうしょうもない感覚に襲われた。たった1日。だけど、あの1日は、もう二度と体験したくない1日だった。

ここには庄司が居る。今、しっかりとこうして手を繋いでいる。

 

「庄司」

 

もう、庄司が誰だって構わない。学生服とかスーツとか。そんな事は些細な事だ。庄司が庄司であるならば、傍に居てくれるならば。

 

「なぁ、庄司」

 

宮古は何度となく庄司の名を呼んだ。
手を繋ぎ、走り続ける庄司の息は弾み切って返事をする声は笑いと呼吸で乱れ切っている。

 

「っはあはは、もうっ、なんだよ!伊中っ!」
「俺の秘密教えとく」
「っはぁっ。っは、えっ!?なに、急になに?」
「俺の名前、伊中じゃないんだ」
「っはぁ!?っはぁ、ちょっ。もう待って、そういう大事そうな話……止まってからして」
「俺の名前は山戸宮古で」
「待って、待てって!もう!」
「ほんとは紀伊国屋高校の生徒でもない」
「あーーー!もうっ!待て!」

 

庄司は宮古の言葉を遮るように、走る足を止めた。それに引っ張られるように、先を走っていた宮古の足も止まる。いつの間にか二人は商店街を抜け、人気の少ない裏道まで来ていたようだった。

 

「っはぁ、っはぁ、っはぁ。きっつ」
「伊中は俺の弟で、俺はこの1週間、弟に姿を借りてお前と過ごしてた」
「ちょっと、だから……っはぁっは」

 

宮古は後で手を繋いだまま、呼吸を整える庄司を振り返る事なく言葉を続けた。

 

「俺は蔦屋学園に通ってる。前に、お前が褒めてた、あのクラウドなんとかってやつも、弟の伊中が考えた」
「…………」
「俺は伊中じゃない」

 

声が震える。こんなの初めてだった。あんなにも会いたいと願っていた筈なのに、今は庄司の顔がまともに見れない。今の自分の顔を庄司に見られるのが嫌だったし、何なら今、庄司がどんな顔をしているのか見るのが一番怖かった。
そんな宮古の気持ちを感じたのか、やっと呼吸が整ったのか、しっかりと繋がれていた二人の手が、庄司によって更に強く握り締められた。

 

「宮古」
「っ」

 

名前が呼ばれる。
“伊中”ではない。“宮古”という自身の本当の名前を。庄司の声がはっきりと呼ぶ。他の雑音なんて消し去って、その声だけが宮古の耳に心地よく響き渡った。

 

「宮古が秘密を教えてくれたら、俺も俺の秘密を話さなきゃな」
「…………」
「だから、宮古。こっち向けよ」
「……いやだ」
「なら、俺の秘密は教えてやれないな」
「いやだ!」

 

宮古は思わず振り返っていた。振り返った先には、宮古の必死な表情に「ぶはっ」と吹き出す庄司が居た。「まったく、子供かよ」と笑う庄司は、やはりどこまで行ってもあのフワフワした掴み所のない庄司そのものだ。着ているものがスーツというだけで、それは何も変わらない。

 

「やっとこっち見たな」
「……庄司」
「あぁ、俺は……そう、お前のこうやってまっすぐ目を見て話を聞いてくれる所が好きなんだよ」
「……俺は伊中じゃない」
「俺の話聞いてた?俺は、お、ま、え、の事を話してるんだよ」

 

庄司は少しだけ不機嫌そうに眉を顰めたかと思うと「ふう」と、心を落ち着けるように息を深く吐いた。

 

「俺の名前は橘 庄司。17歳なんてのは嘘。全部、嘘。恥ずかしながら、ギリギリ首の皮1枚でつながった20代。12月で30歳の良い年したオッサンです」
「っは!??」

 

庄司の言葉に思わず宮古は声を上げてしまった。
30歳。庄司は確かにそう言った。あの卒業アルバムから、確かに年上だとは予想していたが、庄司の口から揺ぎ無い数字として改めて言われると、やはりその驚きはひとしおだった。そして、何より高校生の頃の写真と殆ど変わらないその姿は逆に30歳というのが年齢詐欺なのではと宮古は本気で思った。

 

「あはは、そう……なるよな」
「え?」

 

しかし、その驚嘆の叫びに庄司は一瞬だけ傷付いたような顔をすると、誤魔化すように乾いた笑みを浮かべた。視線も宮古から自然と逸らされる。そんな庄司の表情に宮古は自身の驚嘆が庄司に違った方向性で伝わってしまった事を理解した。
あぁ、なんで、どうして目を逸らすんだ。どうして、そんな顔をするんだ。

 

「っち、違う」
「違わない……そうだな。俺が紀伊国屋高校の生徒だったのは10年以上前で、その時は生徒会長をしてた。けど、今は保険会社の営業やってる、なんていうかな……冴えない大人」
「違う。違うんだ」
「ごめんな。俺、ちょっと自分でも分かんないんだけど、疲れちゃってさ。ちょっと遊んでやろうとか思っちゃって。それで、高校の時の制服着て学校行ったりしてさ。だから……ごめん。良い大人がキモい事して、ごめん。これが俺の、そう秘密、かな」

 

ごめん、ごめん。
そう、何度も途切れ途切れに口にされる謝罪に宮古は繋がれたままになっていた手をこれでもかという程強く握り締めてやった。腹が立ったのだ。庄司は一体誰に何を謝っているのか、まるで分からない。大人だから何だというのだ。何がキモいというのだろうか。

何故、庄司はこうも自分を卑下するのだろうか。

 

「違うって言ってんだろ!聞け!庄司!」
「何も違わねぇんだよ!もう、ごめん!俺はお前みたいな良いヤツを、子供を、騙して何食わぬ顔で隣で笑ってたんだよ!許してなんて言えない事を俺はお前にしたんだ!」

 

庄司の懺悔と謝罪は宮古が何度違うと言っても止まらない。
それもそうだ。庄司は一向に宮古の方を見ようとしない。先ほどはこっちを向けだの、まっすぐ目を見て話すお前が好きだのと好き勝手言っておいて、自分の番になると途端にコレだ。目を見て話してくれなければ、只でさえ言葉を上手く操れる訳ではない宮古の言葉など、絶対に伝わりようがないではないか。

 

「っクソが!」

 

宮古はその苛立ちが頂点にまで達するのを感じると、庄司と繋がっていた手を勢いよく離した。そして、その両手でしっかりと庄司の肩をこれでもかという力で掴んでやった。その突然の行動に庄司の目がとっさに宮古の方へと向けられる。
あぁ、やっと戻って来た。宮古はそのまま絶対に離すまいとその目をしっかりと自身の視線で絡め取ってやった。もう、逸らさせない。

 

「うっせぇな!なんで急にお前は大人ぶって俺を子供扱いするんだ!?あ゛ぁ!?俺も本当はこんな頭で、勉強なんかまるきりできなくて、話しも上手くできない、すぐ暴力振るうクソだよ!?俺は良いヤツでもなんでもねぇし!お前なんて全然30歳に見えねぇし!それこそ嘘かよ!」
「……う、うわ」

 

こんなに至近距離で他人を感じた事はない。その距離感に庄司は思わずたじろいだが、そんなのは宮古だって同じ事だ。宮古だってこんな至近距離に他人を置いた事はない。
庄司だからだ。庄司だからこそ、こんなにも自分は必死になれるのだ。

 

「俺は伊中やお前みたいに上手く話せないんだ!だからどう伝えたら上手く伝わるか分かんねぇ!だから、俺はお前が言ったように言うぞ!お前は最高だ!俺はお前と出会ってから楽しい事しかなかった!」
「…………あ」
「お前の価値は若さにある訳じゃない!お前自身にあるんだ!不安なら俺がお前の証明になってやる!俺は口が上手くないから、誰にでもは説明できねーけど、俺は……俺だけはお前がどれだけ最高なヤツか知ってる!俺のお前と過ごした時間は、それくらい俺にとっても大事なモノなんだよ!」
「……宮古」
「お前はキモくない!俺に許して欲しいんならもうそんな事言うな!じゃねぇと俺はお前を許せないだろうが!」

 

最後はもう子供の喚きに近かった。確かにこれでは庄司に“子供”扱いされても仕方がないかもしれない。けれど、宮古はしっかり庄司の目を見て言えた。これで伝わらないなら、もう宮古には伝える言葉を持たない。

笑え、笑ってくれ。いつものようにカラッとした、軽い笑いを浮かべて欲しい。

 

しかし、その宮古の願いも空しく庄司は笑ってはくれなかった。それどころか、口を無一文字に結ぶと、何かを耐えるようにその唇を震わせた。その目は何か厚い水分の幕で被われているようだった。

 

「庄司……泣く、のか?」
「…………」
「……悲しい?」
「…………バカ。こんな状況で、悲しい訳あるか」

 

宮古の余りにも的外れな問いに、庄司は笑った。それは宮古の望んだカラッとした笑い方では決してなかった。

 

「……嬉しいんだよ」

 

無一文字に結ばれていた口元が、微かに上がる程度のささやかな微笑みであったが、その拍子に彼の目からは一粒だけ小さな涙が零れた。
それは庄司にとっても予想外だったのか、慌ててそれを拭おうと手を目元に持っていく。

それを見た宮古はハタと思い至ったように「待て」と庄司の動作を止めると、ポケットからあの踏まれて汚れた包装紙に包まれたハンカチを取り出した。
あぁ、こんなに汚れてしまった包装紙なら、もういらないだろう。

 

乱暴にハンカチの包装を引きちぎると庄司の目元に取り出したハンカチを乱暴に当てた。

 

「な、なに?コレ」
「ハンカチ。初めて会った日に買って返すって言った」
「あ、あ、これ。わざわざ買ってきたのか?だから、あの時、お前、あの痴漢男を……」

 

庄司は徐々に消え入るような声でブツブツと呟くと、急に「っふふは」と笑いだした。ソレは本当に、いつもの軽い庄司の笑い方だった。

 

「宮古!お前、面白過ぎるっ!っははは!もう、サイコー」
「……そうか?」
「うん、うん!もう、ほんと……何なんだよ!もう!このハンカチ貰っていいのか?」
「お前の為に買ったんだよ」
「っははは、あり、がとう……」

 

宮古は庄司にその紺のハンカチを手渡すと、庄司はそのまま勢いよくハンカチをその目へと押し当てた。最早、笑いすぎて泣いているのか、彼の言うように嬉しくて泣いているのか宮古には分からない。
分からないからひとまず、心の赴くまま、庄司の頭を片手で抱きかかえてやった。宮古の肩にハンカチ越しにも関わらず熱い何かが染み込んでいく。

 

ただ、「ありがとう、ありがとう」消え入るような声で呟かれる庄司の言葉に、宮古は目を閉じて聞き入った。
あぁ、庄司の声は本当に心地よい。

 

宮古は、やっと望んでいた橘庄司の“本当”を、その手に掴めた気がした。

 

 

 

 

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