30:同日

 

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橘 庄司は“若さ”の津波に呑まれていた。

それはもう、物理的に。

 

「宮古―!久々じゃーん!」
「宮古!まじこの1週間何してたん!?」
「宮古!俺らでひきつぎしょ作ったんだぜー!見てくれよー!」
「宮古はなんでコスプレしてないんー?」

 

そう金平亭の入口で立ち尽くす庄司達の元へ、否、宮古の元へワラワラとそれはもうカラフルな若者達が近寄ってくる。その誰もがハロウィンを意識しているのか、身に着けている衣服は一人一人面白おかしい恰好をしている。
そんな彼らが無邪気な笑顔を寄せて向かっていく先は、庄司の隣に立つ宮古の元。そして当の宮古はと言うと、そんな彼らを前に深い溜息を吐くと「うるせ」と一言残し、店の奥へと向かって行った。

 

その手にはがっしりと庄司の手が握られており、庄司は「どうもー」とカラフルな彼らに頭を下げつつ、宮古へとついて行った。

 

「(ここ、こんなに客が居る事があるのか……?)」

 

庄司は背後から聞こえる「宮古だれそれー!」「オトナじゃん!」「手つないでんじゃん!」という声を遠くに聞きながら、この金平亭がこんなにも若者に満ちて賑やかである事に、ハッキリいって驚嘆していた。
しかも、こんなしみったれた喫茶店に似合わない若者達。どうやら、ここは彼らにとっては“いつもの場所”となっているようだが、この喫茶店で彼らは楽しめているのだろうか。

 

「金平亭に若者って似合わねぇな」
「……だから、入りたくなかったんだ」

 

そう、どこか後悔するような表情で吐き捨てる宮古は、そこだけはまるで決められた席のように空けてあるカウンター席に迷いなく向かう。カウンターの向こうには、いつものように、この喧騒の中でも全く意に介した様子なく本を読み続ける店主。
この周りへの無関心と集中は最早人間離れしていると言っても過言ではない。

 

「ねー!宮古―!」
「それ誰!」
「宮古―!宮古―!」
「あー!うっせ!お前ら殺すぞ!死ね!?」
「あはは」

 

どこまでも宮古に付き従ってくる宮古の友達と思わしき彼らに、庄司は笑うと繋がれたまま一向に離されないその手を無理やり離した。離れた瞬間、鬼のような形相で振り返ってくる宮古に、庄司は笑って肩を叩いてやった。

 

「久しぶりなんだろ?ちょっと話してこい」
「話すことなんてねぇよ」
「いやいや、見てみろ。彼らのキラキラした目を。宮古がなくても彼らがあるんだよ。俺はその辺に居るから、まずは、な?」

 

庄司が無理やり背中を押すように宮古をカラフルな彼らへと押しやると、宮古は渋々と言った様子で彼らの元へと向かった。
話を聞けば宮古も庄司同様1週間、双子の弟と入れ替わっていたらしいではないか。
だとすれば、きっと宮古もあぁは言っているものの1週間ぶりに話したい事があるだろう。

庄司はいつものカウンター席へと腰かけると、そのまま肘をついて店主へと視線をやった。

 

「さて、じいさん。コーヒー」
「…………」

 

そういつものように庄司は本を読み続ける店主に珈琲を頼む。しかしというか、やはりというか店主からの返事はない。

 

「いや、ほんと。無視はいかんだろ、無視は」
「また、うるさいのが増えた」
「客だろうが。客。いや、こんなに金平亭が景気良くなってるなんて思わなかったよ」
「迷惑な話だ」
「いや、普通に有難い話だろ」

 

先程から一向に本から顔を上げずに皮肉を返してくる店主に、庄司はこれはもう自分で淹れろという事だなと判断すると、座ったばかりの椅子から腰を上げた。
ついでにお腹も空いたし、何か作ろう。
そう、庄司カウンターの中へと向かった時だった。

 

「ねぇ、アンタが橘庄司?」
「は?」

 

思わず呼ばれた自身のフルネーム。庄司は声のする方へとクルリと振り返ると、そこには懐かしい姿がった。

 

「伊中?」
「そう、俺がホンモノの山戸伊中。兄が1週間お世話になりました」

 

そう、どこか庄司を警戒するように見てくる相手に、庄司は「あぁ、これが宮古の言っていた本当の“伊中”か」と合点が言った。さすが、双子というだけあって、宮古が黒髪にしていた頃の姿カタチをそのまま模している。
そして、そんな伊中の隣からヒョコと顔を出してくるのは、あの日、共に校長へのプレゼンに協力してくれた坂田だった。

 

「本当に実在したんだ。橘庄司」
「え?」

 

ボソリと呟かれた言葉に、庄司は首を傾げた。目の前の伊中は、確かに1週間共に過ごしていた筈の見た目の伊中の筈なのに、やはりそれは庄司が共に過ごした“伊中”では決してなかった。

 

「俺がどうかした?」
「いや、べっつに。ふーんって思っただけです」
「え、なになに、何が?」
「特に深い意味はないですから」

 

宮古が余りにも「俺は伊中じゃないんだ」と悲痛に口にしてくるから、そんなに似ているのかと思いきや、見た目以外は驚く程似てないではないか。一体、宮古は何を心配していたのだろう。
庄司が頭の片隅でそんな事を思っていると、伊中はどこか棘のある言葉を放つとフイと庄司から顔を背けた。一体自分は何かこの若者にしてしまっただろうか。

 

「伊中、どうしたんだよ」
「べっつに!」

 

隣から坂田も首をかしげている。そんな坂田に庄司は思わずこれまでの癖で「なぁ、坂田先輩」と思わず口にした。「坂田先輩」と、明らかに年上のスーツ姿の男に呼ばれた坂田は「どっちが先輩ですか?」と至極まっとうな切り返しをしてくる。しかも、しっかり敬語だ。

 

「えっと、そうだな。なら坂田」
「何ですか?橘先輩」
「……いや、なんかしっくりこないから橘でいいよ」
「さすがに10個以上の方を呼び捨ては無理です」
「いやいや、坂田。お前、社会に出たら年上の部下が出来る事もあれば、年下の上司に仕える時が来るかもしれないんだ!年齢なんか気にするな!慣れろ!てか、寂しいだろ!敬語なんて!」
「急に何の話だ!橘、お前大人だろうが!我慢しろ!」
「一緒にプレゼンした仲だろ!?今日の俺はサラリーマンのコスプレをした橘庄司だと思って!な!?」

 

いつの間にか敬語も呼び方も以前のように戻っている坂田に、庄司はカラカラと笑った。ここは若い熱が勢いよく渦巻いている。こんな中で自分一人だけ“大人”なんてやってるのは寂しいではないか。庄司は羽織っていたコートを脱ぐと、ぽいと空いてる席へと投げおいた。こんな事なら、母校の制服でも持ってきておけば良かった。

 

「橘庄司!」
「なに?山戸伊中!」

 

“あの日”のように坂田との会話を楽しんでいた庄司に、伊中はハッキリとその表情を不機嫌色に染め上げ二人の間に割って入ってきた。庄司を見つめる伊中の目は睨みつけるとまではいかないものの、敵意剥き出しという感じである。
どうやら、この山戸伊中という若者は庄司の事を余り好ましくは思っていないようだ。

 

「(あぁ。でも、やっぱり目は似てるな)」

 

やはり双子の兄弟というだけあって、こうやってジッと見つめられると宮古を思いだす。ただ、この目は決して宮古が庄司に向ける事のないであろう感情を含んでいるのは確かだ。

それがどういった意味合いを持つ感情なのか、庄司には理解できないでいる。

 

「橘庄司!俺はアンタを尊敬していたよ!いっつも助けてもらったからね!それは感謝してる!」
「なになに、急に何の話?俺、キミの事助けた?」
「こ、れ!」

 

そう言ってカウンターに伊中が叩きつけるように置いてきたモノに、庄司は短い悲鳴を上げた。

 

「っな!なななな!?」
「生徒会長裏引き継ぎ書!これのお陰で何回も助けてもらいました!アリガトウゴザイマス!!」

 

どこか棒読みで放たれる伊中からの感謝の言葉など、今の庄司には一切耳に入ってこなかった。その目が捉えて離さないモノ。それは自身が10年以上前に書いた【生徒会裏引継ぎ書】と言う名の、庄司の学生時代に記した若気の至り全開のノートだった。

 

「やめてーー!!お願いします!今すぐ燃やしてくれ!」
「っな、嫌だし!これは次の代の新生徒会長に引き継ぐ習わしなんです!ってか、橘庄司、これはアンタが決めたんだろうが!」

「こんな後世にまで本気で渡り継がれるなんて思ってなかったよーーーー!普通に次の後代位で終わると思うじゃんこんなのーー!?恥ずか死ぬ!」

 

そう言って伊中からそのノートを奪い取ろうとする庄司に、伊中はすぐさま引継ぎ書を自身の腕の中に仕舞い込むとフンと庄司から顔を逸らした。

 

「俺が尊敬してるのは、この中に居る橘庄司であって、今の橘庄司じゃないんだよ」
「……何なんだ」

 

庄司は余りの衝撃の事実に相当な精神的ダメージを受けながらカウンターに倒れ込んだ。そうやって倒れ込んだ拍子に横目にチラリと伊中を見上げてみる。もちろん、見つからないようにコッソリと。

 

「(なんなんだよ、一体)」

 

その目は何度見ても庄司の事を気に食わない様子であり、やはりどこか不機嫌だ。しかし、彼の腕の中にしっかりと抱きこまれたノートを見ると別に嫌いという訳ではないのだろう。

 

「(そう言えば、あのクラウドファンディングの企画書は、この伊中が作ったんだったな)」

 

ふと、庄司は思い出した。
あの、高校生とは思えない程に完成度の高かった企画書を。

 

「(あぁ。だから、か)」

 

庄司は突っ伏したままクツクツと小さく笑うと、あの企画書を読んだ時に感じた自身の感情をハッキリと思い出した。
同族嫌悪と自身を脅かしてくるのではという不安。

 

「(わかった)」

 

もし、この山戸伊中という若者が庄司と同い年で、同じ営業部に居たとしたらどうだろう。庄司は軽く想像して「いや」と首を振った。想像する事で、やっと伊中の気持ちを理解できたような気がした。

 

「山戸伊中」
「なんだよ」

 

庄司はカウンターから頭を上げると、この時だけは自分が今29歳のサラリーマンである事を心の底から忘れる事にした。そうでなければ、この後に言うセリフをまともな精神状態で吐けそうにないからだ。

 

「俺はお前より上だ!お前には負けない!」
「っは、はぁ!?な、なに言ってんの!?」
「結局、お前の通せなかったクラウドファンディングの件を直談判して形勢逆転したのは俺だからなぁ!あの程度の相手に苦戦しているようでは、まだまだだね」
「な、な、な!」

 

庄司の言葉に顔を真っ赤にして口をパクつかせる伊中に、庄司はスッと胸のすくような思いを感じた。大人気ないと言いたければ言えばいい。

そう、この気持ちに、年齢なんて関係ない。
同族嫌悪。まるで自分自身の立場を脅かされるのではという不安。気に食わないのに妙に相手の事が気になってしまう。
そして、そんな相手の存在が自身を一番成長させる。

 

前へ、前へ。
進む力をくれる相手、それが“ライバル”というものだ。

 

「俺がアンタに、橘庄司に負けてるものなんて年齢以外ないし!」
「そうだ!橘!お前が伊中に勝っているものなんて加齢以外あると思うな!」
「年齢とか加齢とか!人がちょっと気にしてる事をズバズバ言うな!」

 

伊中への宣戦布告だったにも関わらず、何故か坂田まで顔を真っ赤にして応戦してくる。庄司は若者達の何気に弱点を的確に攻めてくるカウンター攻撃に、さて次は何と言い返そうかと愉快な気分で思案した時だ。
背後から落ち着いた心地よい声で援護射撃が飛んできた。

 

「庄司の方が凄い」

 

それは、言葉少なで具体性等まるでない援護射撃ではあったが、彼らしくどこまでもまっすぐなその言葉は、庄司の心をみるみるうちに熱くしていった。

 

「庄司が一番だ」
「っう、うわぁ」

 

ついでに、流れるような動作で宮古は庄司の肩を抱いてくるのだから、もうたまらない。まるでそうするのが当たり前であるかのように成される行為は、庄司を内側からも外側からも熱くしてくる。

 

「伊中なんかより、庄司のが凄い。どのくらい凄いかというと1000倍くらい凄い」
「1000倍って!小学生か!ってか宮古!?お前何をいけしゃあしゃあと!だいたい今日はお前のせいで酷い目にあったんだからな!」
「あ?」
「お、ま、え、が!ファミレスの奴らをボコボコにしたせいで、俺が替わりに警察に捕まりそうになったの!」
「へー」
「へーじゃない!ぶっ飛ばすぞ!」
「やってみれば」
「っくそう!」

 

目の前で始まった兄弟喧嘩に庄司は宮古に肩を抱かれながら、体全体の熱を放出するように笑った。しかし、放出しても、放出しても、宮古から与えられる熱はとめどない。肩を抱く手から逃れようにも、その手はビクともせずしっかりと庄司を離そうとはしない。

 

あぁ、もう。面白くて、楽しくて、熱くて、気持ちよくて。
頭がおかしくなりそうだ。

 

「っははは、もう。兄弟喧嘩はやめとけ。わかった、わかった!今日は俺がここに居る全員に奢ろう!」

 

庄司は酒など一滴も飲んでいないのに、酩酊したように熱に浮かされはじめていた。ここに居る全員の食事代の肩代わりなど、明日になって明細を見た途端頭を抱えそうな未来は目に見えている。しかし、この時ばかりは封入封緘作業の後『飲みに行こう!全員分俺が持つ!』という日比谷の気持ちがよく分かる気がした。

大人もバカになりたい時だってある。

 

「皆!好きなだけ食って早く大きくなれ!」

 

庄司は隣で大きく目を見開いてこちらを見下ろしてくる宮古の姿にイタズラの成功したような子供のような表情を向けると、湧き上がる歓声に

 

橘 庄司は

 

大いに笑ったのであった。

 

 

 

 

日常まで、あと——-。

 

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