32:同日

 

 

 

【エピローグ】
11月1日 山戸 宮古

 

 

 

「なぁ、宮古。多分、今から伊中ここに来るだろうな?」
「庄司が余計な事送るからだ」

 

伊中の楽しそうな声に、宮古は不機嫌そうな声を上げた。せっかく庄司と二人で遊んで居たのに、庄司が余計な事を伊中に送るものだから。
先程、一応釘を刺すように「来るな」と伊中へのメッセージを送っておいたが、無駄だろう。むしろ送った後に思ったが、逆効果だったかもしれない。

 

「さて、宮古。このクラブハウスサンド食べたら出るぞ」
「え?」
「いや、だってせっかく二人で遊んでるのに、邪魔が入ったらいやだろ?」

 

そう、昨日のイタズラに成功したような子供のような顔で笑う庄司に、宮古は先ほどまでのモヤついた気持ちが一気に消えて無くなるのを感じた。
そうか、庄司も伊中達と一緒よりも二人が良いと思ってくれているのか。
そうか、

 

「……そうか、そうか」
「ん?なんだよ、宮古」

 

宮古は湧き上がってくる気持ちを噛み締めるように呟くと、そんな宮古に庄司は残りの一になったクラブハウスサンドを口に入れた。
こういう最後の1つを意識せず食べる事が出来るのは、やはり庄司も一人っ子だからだろうか。それとも、相手が自分だからか。

 

「(庄司は一人っ子、会社は赤坂駅のすぐ近く……で、誕生日は12月6日)」

 

宮古は昨日知った庄司の情報を頭の中で整理するように思い浮かべると、理由については、まぁ、これから知っていけばいい事かと思考を放棄した。
出来れば答えは後者が良いとは思うが。

 

「何でもない。これ食ったらどこ行く?」
「そうだなぁ」

 

庄司はカウンターに肘をついて「どうするかなぁ」と考えている庄司を気付かれぬように横目で眺めた。仕事帰りにそのまま待ち合わせた為、今日も庄司はスーツ姿だ。初めてが紀伊国屋の制服だったせいで、未だに多少の違和感は拭えないが、これはこれで似合っている。

 

「(早く、大人になりてぇな)」

 

スーツが大人なんて、まるで子供のような考えを持っている自分にウンザリするが、やはりスーツを着られると隣に立つ自分の子供さが引き立つようで余り嬉しくはない。
昨日、庄司は言った。

 

『皆!好きなだけ食って早く大きくなれ!』

 

沢山食べて早く大人になろう。それこそ、庄司の隣に立って、子供に見えないくらいには。
宮古がそう、静かにそんな決意を固めた時だった。

 

「そうだ!色々食いもん買って俺ん家行かない?」
「……いいのか?」
「いい、いい!一人暮らしだし!クラブハウスサンドだけじゃ足りないだろ!夜飯も作ってやるよ!」

庄司からの思いも寄らぬ提案に、宮古はその日一番の感情の発露を行った。

「………っ」

 

つまり、ものすごく笑った。
こんな時、宮古はやはり改めて思うのだった。

 

「行く!早く行こうぜ」
「待て待て!上着着るから!」

自分はこんなにも笑えるのか、と。
思ったよりも、自分が普通に笑えて、普通に話せて、普通な当たり前が出来る事を、宮古は庄司の隣でなら実感できる。

 

「早く!伊中達が来るぞ!」
「そんなに早くは来ないだろ」
「走ってくるかもしれないだろ!」
「はいはい」

 

そう苦笑しながらカウンターに少し多めに金を置いていく庄司に宮古は「まったく」と息を吐いた。

 

「アイツらの事なんてどうでもいいんだろうが」
「お腹空かせてたら可哀そうだろ」
「……すかせとけばいいんだ」

 

こういう大人な姿を見せられると途端に自身の“子供”の部分を見せつけられているようで、モヤモヤする。庄司が店主に「伊中達が来たらなんか食わせてやってな」と声をかけている間も、宮古は思う。

早く大人になりたい、と。

子供のままだと、ふとした瞬間に庄司を遠くに感じる時がある。10歳以上の年の差を見せつけられてしまう瞬間こそ、あの、会いたくても会えなかった1日と非常に酷似していて、どうしようもない気持ちに襲われる。

 

ただ、

 

「なぁ、宮古!俺ん家来たらお前に読んで欲しい漫画があるんだ!」
「ん?」
「お前とおんなじ髪の毛の真っ赤な主人公の、バスケ漫画なんだけど、それがスッゲェ面白いんだよ!俺はめちゃ主人公推し!」

 

そう言って宮古の隣でフワフワと笑う庄司の笑顔も、きっと自分にしか見せない“子供”の顔なんだと、確かに思う。
早く大人になりたい。けれど、まだ、子供で居たいとも思う。

 

「宮古みたいで、スッゲェかっこいい主人公なんだよ!」

 

子供みたいに笑う庄司が、好きだから。
いつまでも、そうやって笑っていて欲しいと思うから。

 

「なら、早く行こうぜ」
「おう!」

 

宮古は、大人とも子供つかぬ気持ちの狭間を楽しむように庄司の手を取った。
この狭間はきっと一瞬で終わってしまう、人生でとても貴重で素晴らしい瞬間だろうから。

二人は笑って共に駆け出した。

 

 

 

 

【風を切って歩け】了

 

 

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