1:前世

 

「で?君の前世は何なんだい?」

 

 

 

 この言葉を、俺は一体今まで何度耳にしてきただろう。

 

 冒頭の言葉に対し違和感をもつ人間に、俺は生まれてこのかた出会ったことがない。

彼らの言うところの“前世”を含め。

 

 

 

—–前世?頭おかしいんじゃねえの?そんなの、覚えてるワケないだろ!?

 

 

 

 

【前世のない俺の、一度きりの人生】

 

 

 

 

 俺はこの人生を歩み始めて25年になる。

 名前はアウト。もちろん、現世の名前である。

 

 “この人生”とか“現世の名前”とか、自分を語るのにそう言った但し書きが必要になこの世界に、どうして誰も疑問を持たないのだろう。この世界は、とてもおかしい。

 

 だから、“前世”について問われると、俺はいつも心の底で静かに悪態をついてしまう。

 

 “そんな昔の事、覚えてる訳がない”と。

 

 この世界の殆どの人間は“前世”の記憶を持って生まれてくる。その為、まるで前職の事を話すかのように、初対面同士の話のきっかけが“前世”だったりする。

 

 “前世”というのは勿論、今生きてる人生の前の人生という事だ。

 死ぬ前の人生の事を記憶して生まれてくる。この世界のこの常識が、俺にとっては心底受け入れ難く、異常性を感じて仕方がない。

 

 

 それもこれも俺には“前世”の記憶がないからだ。

 

 

 しかし、俺はそんな自分自身をおかしいとか、異常だとか思ったことはない。

 というか、この世界の方がおかしいと思う。何がどうすれば、生まれる前の記憶なんてものを覚えていられるのか、俺にはさっぱり分からないからだ。

 

 けれど、俺がそれを口にすることはない。世界の“当たり前”に反する事、それはとても危険で過酷だからだ。

 

 それを俺が学んだのは、まだ俺が5歳の頃。戦争中の“ニホン”というところで軍人をしていたという前世の記憶を持つ子供に出会った事がきっかけだった。

 

 出会い、そしてボコボコにされた。

 

 きっかけは簡単だ。

 ソイツの前世の話を聞いた俺が、無下に相手の前世を否定したからだ。

 だって信じられるか?玉砕覚悟で戦闘機に乗って敵地に突っ込んで死んだなんて。

 何事だと、今でも思う。

 しかも、それを自慢気に話すものだから更に信じられなかった。

 故に、まだ子供だった俺はそれはもう派手に相手の話を否定してやったのだ。

 

——そんなの、ぜったい!ウソだ!このウソつき!

 

 しかし、その時俺は思い知った。

 前世というのはその人物の今の人生と地続きなのだ。死んでしまったとは言え、他人の人生を否定し、馬鹿にすることは、この世界の良識や道徳に反する。

 

 おかげで5歳の俺は、3歳の赤子も同然の奴にボコボコにされる羽目になったのだ。

 まぁ、しかもその3歳の赤子というのは、俺の現世の弟なのだから更に目も当てられない。

 

 俺は死ぬほど泣いた。

 3歳の弟に殴られた体がとても痛かったからだ。

 

 そして、更に悲しいことにその出来事は、俺の後の人生にも大きな影響力を持つ事になってしまった。

 その後、弟は俺を兄として扱う事はなく、まるで自分が兄であるかのように振る舞うようになったのだ。

 腕っ節も強ければ、知識も記憶も前世分、俺よりもリーチがあるのだ。当たり前と言えば当たり前だろう。

 

 前世の記憶を持つのが当たり前のこの世界では、子供であっても感覚や品性、そして全てが前世から引き継がれる為、子供の姿をしていても、大抵が皆大人だ。

 前世の人生によっては、生れながらにして有能で、勝ち組の道を歩む事になる。

 

 かくゆう俺の弟も、今や皇室の近衛隊に所属し騎士道のエリートコースを歩み始めている。

 

 そんな世界で、俺は前世の記憶など欠片もないところから人生が始まった。

 こんなにも、不条理で不公平で不平不満のオンパレードに満ちた人生を余儀なくされるなんて。

 腹の立つ事この上ない。

 

 このように、だ。

 

 皆には前世があり、自分には前世がないという状況を上手く理解できていなかった幼い頃の俺は、それはもう生きていくのに相当苦労した。

 

 周りの話は難しいものばかりだし、前世話で盛り上がる会話にもついて行けない。

 前世から引き継がれた知識や技能や特技もない俺は、本当に“ただの”子供だった。

 弟からは心底馬鹿にされ、拳における独裁政権並の圧政を強いられてきた。

 

 この非常に生き難い世界で、どうにか生きていく為、幼い俺も必死に考えた。

 

 あぁ、考えたさ!

 

 考えた結果、自分で自分の前世を作る事にした。

 本当に、どこへ行っても聞かれる為、ないと不便なのだ。