「……素晴らしいお話でした!」
「ふふっ、ご清聴ありがとうございました、というべきかな?」
今現在、俺は仕事帰りの酒場でたまたま隣になった、前世は王宮お抱えの画家だったという40代半ばのダンディな男の話を聞いている最中だった。
俺は今にもスタンディングオーべーションをせん勢いで、実際には小さな拍手を送る。
いや、実にこの男の前世の話は面白かった。
1時間ずっと酒のツマミに聞いていたが、あまりの波乱万丈と面白さに「それで?それでどうなったんですか?」と固唾を呑んで聞き入ってしまった。
そんな俺に男は酒も入り気分が良くなったのか、様々な話をしてくれた。
戦時下で、自国劣勢の中。
最期の最期まで、恩ある王の絵画を残り少ない彩具と、己の血をもって描き上げたというエピソードには、俺も思わず泣いた。
画家と王の絆。
素晴らしい話だった。そう、涙を流す俺に、画家の男も思い出し泣きをしていた。
しかも、現世ではその王と再会して、今や親友で、共に暮らしているという。バッドエンドからのハッピーエンドで読後感の良い本を読み終わった気分だ。
「こんなに気持ちよく前世の話が出来たのは久しぶりだ。君は人の話を聞くのがとても上手い」
「そんな。貴方の話が上手で、面白いから……あっ、すみません。面白いだなんて、不謹慎な事を言ってしまって」
「いいんだよ。こういう場だ。君のように楽しく、興味深く聞いてくれる人間に話を聞いてもらえて、とても嬉しいんだよ。久々にあの日々を身近に感じる事ができた」
画家の男はすっきりした表情でそう言うと、手元にあった朱色の酒に口をつけた。俺も同じタイミングでグラスに手をかけた。
この店の酒はいつ呑んでも上手い。
『キミと話せて良かった』
そう、俺に前世の話をした人間は、皆一様にそういう。
そりゃあそうだ。俺には前世の記憶はない。というか、多分“前世”がないではないだろうか。
そんな俺にとっては、他人の“前世”の話は基本的に興味深くて仕方がない。前世は現在の人生と地続きだ。
どの話も新鮮で、興味深くて、リアリティがあって、一人の人生分の重厚感がある。
どんな読み物も一人の人間の人生譚の前には、ただの紙切れと化すのだ。
そういえば、昔聞いた誰かの前世の話に“事実は小説よりも奇なり”という言葉が出てきた。
まさにその通りであると、俺も思う。
だから俺は毎晩、仕事終わりに様々な酒場に足を運び、他人の前世の話を聞きまわる。
前世を持たない俺だからこそできる最高の趣味だ。