第1話:起きたら隣でイケメンが泣いていた

現在、この俺、名を大河 筆(おおかわ ひつ)は非常にビックリしている。
そりゃあもう、ビックリしている。
なんか、公園のベンチで男が号泣してます。
しかも、そのベンチ、俺の座っているベンチの右隣のベンチなので非常に気になります。

「……っく、う、っひ、くうう」
「……………」

一体どうしてこんな摩訶不思議な状況に陥ってしまったのだろうか。
俺は出来る限りの寝たふりを駆使しながら、必死に頭を動かした。

そう、確か今朝ゼミの教授からレポート出せって俺の携帯に電話が来のだ。そのレポートの期限はとうに過ぎており、しかも出してないのが俺だけらしく。

俺は仕方なく、マジで仕方なく電車乗って大学行こうとしてたら、なんだか急に学校行くのがダルくなって、あまりのダルさにこの公園でボーッとしていたのだ。

そしたら俺はいつの間にか寝て。
起きたら隣のベンチで男が号泣してた。
という事の顛末なのだが、思い出したところで現状の不可解さを解く鍵なんて一つもなかったな。
思い出して損した。

「っく、う、えぇ、んっう」
「……………………」

と、俺が寝たふりをしながら回想に耽っている間も、俺の隣の号泣男は泣き続けている。
どうしよう。気まず過ぎる。
多分、向こうは俺が寝てると思ってるのだろう。
けど、実際俺はガッツリ起きてるわけで。

今、俺が何気なく起きて立ちあがったら、あの号泣男のヤツは相当気まずい思いをするだろう。
いや、つーか、まず俺が気まずいし。

えぇぇぇ、どうしよう。
早く泣きやんでどっか行けよ。

「うっ、ふぇ、う、ぇぇ」
「………………」

あー、はいはい。泣きやむ気配ゼロだね、彼!
あぁ、もう寝たふりすんの疲れた。
ずっと同じ体勢で寝てたから首、マジで痛てぇんだけど。

今あの人一生懸命泣いてるし、もしかして俺が動いても気づかいないんじゃないだろうか。
つーか、今一時の気まずさじゃどうにもできない程俺の首が痛くなってきた。

もうダメ。
我慢できない。

「っひぅ、えぇぇう、んぇぇ」
「……………」

俺は何気なく、まず首を動かした。そして、目を開けた。
よし、立ち上がったけど全くこちらに気づく気配はない。よっしゃ、さっさと家に帰ろう。
レポートは気になるが、それは明日大学に行った時に教授に言い訳しよう。
なんか傷心中みたいだし、そっとしておこう!

そう思って俺はその場から立ち去るため、素早く公園を出た。
その時、俺は何故だか公園を出る瞬間後ろを振り返ってしまった。そして、チラっと見えた号泣男は顔はよく見ないが必死で顔を手で覆いながら、小さく嗚咽を漏らしまくっていた。

一体何があったのだろうか。
俺はそう思わずにはいられなかった。
ぱっと見た服の感じからして、あの男は俺と同じくらいの年のように思える。
図体もけっこうデカイし、あぁやって泣きじゃくってる姿はどうにも似合わない。
そんな事を考えている間も、男は肩を震わせ、声を殺し、俯き、手で顔を覆いながら涙を流している。

まぁ、俺には全く関係ない事なのだが。
俺は肩にかけていたカバンをかけなおすと、公園を後にすべく足を動かした。

「…………」

けど、何故だろうか。もの凄く、後味が悪い。
なんで俺は振り返ったりなんかしたのだろうか。
なんで男の声を、あの、耐えるような声を聞いてしまったのだろうか。

俺の隣のベンチで号泣していた見ず知らずの図体のでかい若い男。
チラリと見えた、あの泣きじゃくる姿がどうしても俺の頭から離れない。

「あーもう、仕方ねーな」

俺はぽつりとそう呟くと、今歩いてきた道を引き返した。

まぁ、暇だし。
いいか。

◆◇◆◇

「っひっく、うぇぇ、ん」
「ねぇ!」
「っ!?」
「ほい!」

俺は未だに必死に俯きながら泣きまくる男の前に立つと、男に向かってペットボトルのお茶を突き出した。そんな突然の俺の登場に相手はとっさにビクリと肩を震わせると、恐る恐る顔を上げた。

俺は優しい事に、泣いていた男の為に自販機でお茶まで買って漂う気まずさをものともせずこの公園に戻って来たのだ。なんという優しさだろうか。自分で言うのもなんだが菩薩のようだ。
まぁ、それも一重に暇な状況がそうさせた。

「………え、は?」
「ほら!お茶、あげる」

真っ赤な目で俺を見上げてくる男は、どうも俺の予想に反してかなりイケメンな奴だった。
泣いているせいで目は見事に充血し、若干鼻水も垂れているが、そんな醜態すらも全くマイナスに感じさせない程、男は整った顔立ちをしていた。

「…………」

つーか、顔がイイのはわかったらかさっさとお茶を受け取って欲しい。
なんか、腕が疲れてきた。

「ほーら!早く!お前に買ってきたお茶だぞ。早く受け取れ!」
「え、あ、あぁ」

そう言って戸惑いながらもやっと俺の差し出したお茶を受け取った男は、やはり戸惑いながら俺の顔を見てきた。
俺はそんな男の視線を若干感じながら、勢いよく男の隣に座りこんだ。

まぁ、なんか暇だし、この男が何で泣いてんのか聞いてみよう。
教えてくれなかったら、帰って寝ようじゃないか。

「俺さ、さっきこの隣のベンチで寝てたんだよね」
「え、あ、うん」
「でさー、ずーっとアンタの泣き声が聞こえてきてたわけ」
「……う、すみません」

俺の言葉に、男は自分が泣いていた事を見られていたという事を自覚し、一気に顔を赤くする。
うん、男前はどんな顔もキマってよろしいね。
羨ましいよ、俺は。

「別に責めてるわけじゃなくてね。ただ、何であんたが泣いてんのか、暇なのも合い成ってスゲェ気になってんの」
「……………」
「多分、あの泣き方からしてスゲェ他人には言いにくい内容なのかもしれないけどさ。俺もあんたも初対面で、今現在赤の他人に近い関係なわけじゃん。だからさ、むしろ言いにくい話なら俺みたいなのに話す方が抵抗ないしすっきりするんじゃない」
「……………」
「俺も、ちょっと今日は暇を持て余しててね。丁度なんか人の話を聞くにはもってこいのヤツだと思うわけ。だから、アンタさえよければ話聞くよー」
「………………」

と、まぁ。
俺が一方的に話したところで、隣の男は俯いたまま全く言葉を発しなくなった。
いや、それどころか俺の方をチラリとも見ようとしない。
んー、これは余程言いたくない事なんだろうなぁ。
ま、こんなおっきな男が泣きわめくくらいだし。

別に死ぬほど知りたいってわけでもない。
言いたくないならそれはそれでいいから………帰るか。

「ま。とりあえず言いたくないならいいや。じゃ、頑張れよ」

俺は一応隣の男に挨拶をすると、さっさと家に帰るべくベンチから立ち上がった。
その時だった。

「話……聞いてくれんの?」
「お」
「……全部、聞いてくれんの?」

そう言って今まで俯いていた顔を上げ俺の腕を掴むそいつの顔は、さっきまでとは違い、しっかりとした表情をしていた。
これが、こいつのスタンダードフェイスか。
ヤバいね。
これは雑誌から飛び出してきた人に違いないよ。

「話、聞くよ。どうせ暇だし。俺ら、赤の他人だし。じゃんじゃん話してもお互い何の影響もない」
「そうだな……」

俺の言葉にフッと表情を緩めた男に、俺も何故かつられて笑うと、また男の隣のベンチに腰を下ろした。

さて、どんな話が飛び出すのか。
他人の不幸話で時間を潰すなんて……大学の授業よりは楽しいに違いないね。
俺は隣に座る精悍な男の表情に期待を膨らませると、話しだした奴の声に耳を傾けた。

————-
———-
——-
20分後

「へぇ、じゃあお前はホモで、付き合ってた男に浮気されまくって泣いてたわけ?」
「………お前、要約し過ぎだろ」

俺は隣で結構衝撃的なお話をしまくっていた男に目をやると、男はガクリと肩を落とした。
どうやらこの男は付き合っていた奴に盛大に浮気をされまくっていたらしい。

しかも相手は男だと言うので驚きだ。
更に驚きなのは、その浮気していた男の浮気相手(しかも何人も今まで居たらしい)も全て男だと言うのだ。

これは、これは……。
まさに大学の授業より数段面白い話を聞けた。
つーか、ホモってそんなにそこら辺に当たり前のように居るもんなの。
かなりのマイナー趣向だと思ってたわ、俺。

「要約し過ぎつっても、結局はそう言う事だろ」
「……まぁ、そうだけど」
「な。そうだろ」
「っ、けどな!?アイツは……アイツは俺の居る前で堂々と……男を連れ込んでヤりまくってたんだぞ!?俺は、見て見ぬふりして……アイツが思いなおってくれんのをずっと待ってたんだ……けど、もう……今日のは我慢ならねぇよ……」
「お前とそいつのヤった直後のベッドで、その恋人はすぐに他の男連れ込んでヤってたってやつ?」
「そうだよっ!?あいつは俺の事なんかどうでもいいんだっ!男なら……誰でもいいんだっ!」

そう言うや否や、また涙目になり始めた男に俺はどうしたものかと思考を巡らせたが、全く良いフォローが見つからなかった。
なので、とりあえず男の肩をポンポンと叩いておく。

「まぁ、そろそろお前も他の恋を見つけた方がいいんじゃね?」
「………そう、簡単に言うなっ……」

男は辛そうに表情を歪めると、乱暴に目を擦る。
まぁ、確かにどんなに浮気されても傍を離れないくらい好きな相手みたいだしな。
そう簡単に諦め切れるわけないよな。

まぁ、話だけ聞いた他人の俺からするとアホだなぁとしか思わないが。
つか、せっかくこんな良い顔持ってんのに本当に勿体ないな、コイツ。

「んー、そうだなぁ……。お前が恋人の事ふっ切って元気になる方法はないもんかねぇ……」
「………別に、今会ったばっかのお前に何も期待しちゃいねぇよ……」
「まぁ、そう言わず。俺も暇だしちょっとは知恵を出させてよ」

そう言って何かないかと考え始めた俺の隣で、男は既に最初の頃より幾分明るい表情をしていた。
まぁ、話すだけでもこんだけ表情が明るくなるんだから、あと何かひと押ししたらコイツも元気になれんじゃね?

「んー、人間が落ち込んでる時……失恋した時に元気になる方法は………」
「勝手に失恋とか言ってんじゃねぇ」

隣で何気に良い突っ込みをしてくるイケメンを無視し、俺は頭を捻った。
普通は他に楽しい事とか夢中な事を見つけるとソッチに熱が向くからなぁ。
そういうモンを他に作ればいいわけで……失恋の場合……他に好きな奴を……

あ、そうだ。

「お前、俺の事好きになればいいじゃね?」
「はぁ!?」

一気に間抜けな表情になる男に俺はこれは良いアイディアと拳を握った。

「ほら、俺って丁度男じゃん?お前男好きなんだろ?俺の事好きになれば恋人の事で悩まなくて済むじゃん!マジ、ナイスじゃんか、俺!」
「お前……自分が何言ってんのかわかってんのか!?」
「ほら、お前も恋人一人に生活と気持ちの重心を掛け過ぎてるから、こんな風に恋人の事でゴタゴタしただけで、この世の終わりみたいに悩まなくちゃなんねーんだよ。キミはちょっと他の事とか人間に、その重心を分散させるべきだ!」
「お、おい!」
「浮気されたくらいじゃ、この世はおわんねぇっての!お前の状況なんか要約するとホモで、恋人のホモに浮気されまくった。それだけの事だよ!」
「っ!?」

男は俺の言葉に驚いたような表情を浮かべると、目を大きく見開いたまま、俺の事を見ていた。
その表情は、さっきよりも更に……うんとふっきれたような顔つきになっている。
ほら、みろ。
状況なんて考え方次第でどうにでもなるんだよ。

「ほら、つーわけで。暇だしどっか遊び行こう!」
「うえ!?はっ!え!?」
「ほら、まずは……カラオケ言ってガッツリ歌うか!」

気分転換だ!
俺はそう叫ぶと男の腕を引っ張ってベンチから立ち上がった。
まぁ、こんなシケた公園で話聞くのに俺が飽きただけなんだけどな。

丁度いい。
俺は学校に行くのがダルイと思ってたし、コイツはこんなシケた場所でウジウジしてるから泣きたくなるわけだし。
コイツが俺の事好きになって、死ぬほど遊んでれば、恋人の事なんかおのずとどうでもよくなるだろ。

俺は目をシロクロさせるイケメンを引っ張って公園から駈け出すと、その後平日のフリータイムを駆使し互いに全力で歌いまくった。
その時、まだ俺とコイツは互いに年も名前も知らない、意味のわからない関係だったが。
泣きまくっていたコイツが、今は俺の隣で大笑いしてるから、それはそれでどうでもいいだろ。

多分、明日になればこいつもまた現実と向き合って泣きたくなるかもしれない。
俺も、今日提出の筈だったレポートの未提出で単位を貰えないかもしれない。

けど、まぁ。
今が楽しいから、

いいか。

その後、意気投合した俺らはメアドを交換し、俺は毎日のようにアイツは笑顔を見るようになるのだが……。
まさか本気で惚れられるとは思ってもみなかったよなぁ。

タイトルとURLをコピーしました