第2話:待ち合わせ場所に良い笑顔のイケメンがやって来た

前牟田 開(まえむた ひらき)
あの日、公園で会ったイケメンの名前はそんな名前だった。
カラオケで5時間歌いまくった帰り、開とメアドを交換し合う際、知ったのだ。
それまで、俺達はあんなに二人で盛り上がっていたにも関わらず、互いに名無しの権兵衛状態だったわけである。

ほんとに、おかしなものだ。

まぁ、それはそれとして。
開と俺は意外と話も趣味も合い、大学は違ったが同じ大学3年生と言う事で大いに仲良くなっていた。
気付けば、俺は開と毎日のようにメールし、学校の休みの日や、週末は必ずと言っていいほど開と遊んでいた。

あの日以来、開が恋人の事で泣いたり、愚痴をこぼしてくることはなかった。
だから俺はてっきり恋人とは上手くいってるんだと思っていたが。

どうやらそれは大きな間違いだったようだ。

「俺、さっきアイツと別れてきた」
「………は」

今、俺の目の前には、両手に大きな荷物を抱え、脇には大きなキャリーケースを携えた開が、どこかいつもより3割増しの爽やかな笑顔を浮かべながら立っていた。
そして、付け加えるなら、今俺と開が居る場所は昼間の結構人で賑わうファミリーレストランだったりする。

そんな真昼間のファミレスに、そんな大荷物を抱えてやってきたイケメン開は、今やこのファミレス中の視線を一心にその身に集めているのだが、当の本人は全くその事に気付いてない。
まぁ、開はもともと顔は爆裂良い為、こう言う周りからの視線というものには慣れているのだろう。
実際、コイツと街を歩いていると女の子の視線は全部コイツに集まるため、俺は時々無性に「この男はホモだから見ても無意味だよー!」と女の子達に向かって叫びたくなるのだ。

いや、今はそんな事を思い出している場合ではない。
今、コイツは何て言った?
「別れた」と言わなかったか?

「え、ちょっ、別れた……?え、誰と?」

俺があまりの驚き具合に無様にどもって開に尋ねると、開は荷物を席の奥に詰め、俺の前の席に勢いよく座りこんでいた。
そして、いつものように、テーブルの脇に置いてあるメニューをひょいと手にとってメニューをテーブルの真ん中に広げる。

「誰って……そりゃあ、あの淫乱な浮気者とだよ」
「淫っ……あ、あー……そう。別れたのか……」
「何だよ、お前も最初に話した時、新しい恋に生きろとか言ってたじゃねーか。俺は新しい恋に生きる事にしたんだよ……っつーか筆、お前昼食った?」
「いやいや、俺はお前があの日以来全然その話ししてこねぇから、上手く行ってんのかと思ってたんだよ………いや、まだ食ってない。お前来たら注文しようと思ってたから」
「上手くいくわけねーだろうが。アイツはあの後も男連れ込んでヤりまくってたよ。お陰でこっちは最近うるさくて寝不足だったわ………何食うか決めたか?」
「寝不足って……そりゃあ大変だったな。おつかれ。そうか……、なんつーの。別れたにしてはお前、意外と平気そう……いや、楽しそうだな。…………俺今かなり腹減ってるからチキン南蛮膳とクラシックチョコレートケーキとスープバー頼むわ。開、決めたか?」
「あぁ、別れて今はむしろスッキリしてるよ。もうアイツに未練はねぇ。筆の言う通り、俺はアイツに気持ちの重心置き過ぎてたのかもな。………腹減ってんのに待たせて悪かったな。あ、俺は空揚げ定食で」
「……了解。とりあえず、注文するか」

俺と開は互いにメニューを見ていた顔を上げると、注文をするため店員の呼びだしボタンを押した。
なんつーんだろ。こう言う会話の合間のテンポが開と俺は凄く合うのだ。

今だって会話の同時進行にテンポをズラすことなく開は乗ってきてくれた。
こう言うちょっとしたテンポの合致する相手と言うのはめったに居るものじゃないので、俺は開と居るのは凄く楽で好きだ。

俺がそんな事を考えていると、注文を受ける店員がすぐさま駆けつけてきた。
店員は開の隣にある大量の大荷物と、俺の分まで一気に注文をしてくれる開の顔の良さに一瞬呆気にとられていた。

まぁ、注文を取りに来たのは男の店員だったので、女みたいに頬を染めるなんて事はなかったが。
女だったら確実に赤面してただろうな。
特に、今日の開は表情の全てがいつもに増して明るいから尚の事だ。

「筆、言い忘れてたけど、今日は俺のおごりだから」
「は、何でだよ?」

店員に注文を告げたあと、開は当たり前のように俺にそんな事を言ってきた。
俺は別れたての傷心している奴に奢ってもらう程、外道ではない。
むしろ、食べて忘れようぜ的ノリで俺が奢ってやってもいいところだ。

「なんだよ、どうした開。空元気、じゃなさそうだけど……お前、ほんと今日はどうした?熱でもあるのか?」

俺は若干、この開の明るさが心配になり、思わず開の額に手を押しつけた。
別れたショックで熱が出てる……なんて事はないようだが。

「っはは!別に、どうもしない。ただ、俺はさっきも言ったように別れられてすっきりしてんだ。こんな風に気楽に別れられるようになったのも、お前のお陰だから……そのお礼だ」
「開……」

俺は本当に嬉しそうな笑顔で俺に向かって微笑んでくる開に、なにか居たたまれない気持ちになって、額に当てていた手を離した。
しかし、俺が開から手を離した瞬間、俺の手は、今度は開によってしっかりと握りしめられていた。

「本当に……、あの時。筆に会ってなかったら俺はこうはなってなかった。本当に……感謝してる」
「おい、そんな改まるなよ。つーか、なんだ……本当に別れてよかったのかよ?俺のせいで、別れるのが早まったんだったら……俺、そんなの嫌だぞ」

俺が若干気まずげにそう言うと、開の俺の手を掴む力が一層強まった。

「筆のおかげ、なんだ。筆のせい、じゃない。俺は、もうアイツの事は好きじゃないから、お前が責任を感じるところじゃないんだよ」
「………そっか。なら、よかった。でも、あんなに一人で公園で泣くくらい好きだったのに、よくそこまで踏ん切りがついたなぁ?」

俺のせいじゃない。
その開の言葉に俺は少しだけ気持ちが楽になるのを感じた。
しかし、そんな気持ちをよそに、俺は一つだけ気になる事があった。

何故だろう。
開がさっきから全然手を離してくれない。
しかも、俺の手を掴む開の手は、先程より力が増している気がする。

開は俺の気持ちに気が付いているのか、笑いながら俺の手に自分の指を絡めてきた。

あれ。
なんだ、これは。
恋人繋ぎ……みたいな感じになってますが?

「あぁ、踏ん切りは大分前からついてたんだ。俺は新しい恋に生きる事にしたからな。ただ、ちょっと荷物をまとめるのに手間取っててさ」
「………開」

俺は先程から確かめるように、俺の手を手の中で絡める開に瞬間的に悟った。
そして、普通はこんな無粋な事は言ってはいけないのだろうが、俺は互いの熱で熱くなる己の手を感じながら、言い放った。

「開。俺に、惚れた?」

俺の唐突な言葉に、開は一瞬目を見開いて俺を見ていたが、すぐにおかしそうに笑い始めた。その間、やはり俺の手は開の手の中だ。

「うん、惚れたよ。筆のそう言うところに、俺は惚れた」
「………そっかー。そっか、そっか」

そんなところって、どんなところだよ。
内心そう突っ込んでみたものの、こんな風に潔く、男前に俺に告白してきた開に、俺は手を握られたまま、背中を背もたれへと預け、天井を仰ぎ見た。
俺は開を見ていなかったが、開はその間もずっと俺の事を見ている。

そう、感じる。
開の俺を見つめる最近の視線は、いつもどこか熱っぽかったから。
見てなくてもすぐわかる。

俺はあの日、開に浮気する彼氏が辛いのなら、俺にその好意を向ければいいと、確かにそう言った。
そして、確かにあれは冗談で言ったつもりではなかったが、本当になるとは思ってもみなかった。
しかし、あの時の言葉は、確かにウソではなかったのだ。

「開………」
「ん?」
「俺……今まで21年間、誰とも付き合った事ねーんだわ」
「へぇ」
「告白した事も、告白された事もない。もちろん、キスもした事もなけりゃ、未だに童貞だ」
「うん」
「俺、恋愛って奴をした事がない」

俺は、背もたれに、俺の全体重をかけながら、天井を見つめながら、ポツポツとそんな事を語っていた。
開は、ジッと俺の事を見てる。
分かりやすい奴で、俺が童貞だっつった時の視線は、一際熱かった。

やっぱ、見てなくてもわかる。
感じるわ。

「だから、あん時は俺を好きになれっつたけど、俺自体が“好き”っつーのをイマイチ理解できてない。だから、お前に対する気持ちが友情止まりのものなのか、恋愛感情も含んでいるものなのか、俺にはわからん」
「………ん」
「本当に……全然、わかんないんだよ………。だからさ」

俺は天井を見ていた視線を、目の前に居る開へと移すと、しっかりと開を見た。

「……行くとこないなら、俺のアパート来いよ」
「うん」

俺の言葉に頷いた開の顔は、満面の笑み……と言う程でもなく、いつもの俺に向けてくる小さな笑顔だった。
だが、それでも開は俺の手を離さなかったから、今は、これでいいのかもしれない。

友達、恋人、先輩、後輩、

人は人と人との関係に名前をつけたがる。
そうしなければ、酷く不確かな、頼りないもののような気がして、人は不安になるのだ。
だけど、俺は名前をつける程、恋愛についてよく知らない。
だから、俺はまだ開との関係に名前をつけずにおく。

今、俺と開の関係は、大河筆と前牟田開という二人の人間そのものだ。
とりあえず、そう言う事にしておく。

「とりあえずさ、開」
「なんだ?筆」
「メニュー来たし、手離さないか?」
「やだ」

 

その後、開は俺のアパートに共に住む事になるのだが……
まさか、あんなにセックスが気持ち良いものなんて思いもしなかったよなぁ。

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