第3話:俺の手を引いた平凡な男こそが俺の幸せだった

俺、前牟田 開は現在、大好きで大好きで仕方ない恋人、大河 筆に引っ張られて、あるカラオケボックスの一室の前に来ている。
あれ、何で俺今カラオケに来てんだっけ。
俺がぼんやりと頭の片隅でそんな事を考えていると、筆はいつの間にかカラオケボックスの扉を開いていた。
中には既に5人の人間が居たようで、俺と筆の登場に彼らの視線が一気に俺達に向けられてきた。
うん、全員男だ。

「おっせーぞ!ひっつー!」
「お前が呼んだんだろーが!」
「あー、ごめん、ごめん!」
「ひっつー、そっちの人だれだー?」

ひっつー。
筆だから、ひっつーか。
あぁ、なんか可愛いニックネームだな。
中に居た男達、多分俺達と同じ大学生だろうと思われる奴らの言葉に俺は未だぼんやりとそんな事を思った。
しかし、そのぼんやりとした思考も次の瞬間放たれた筆の言葉によって衝撃を受ける事になる。

「コイツは俺の恋人―。開っつーの。付き合ってるから、これから開も一緒に遊ぶ」
「………は?」

筆の思いもよらぬ恋人発言に、今まで軽い雰囲気だったカラオケボックスの一室の空気が見事固まった。
そして、上記に示された間抜けな声は彼らからではなく、俺の口から漏れたものだ。
今日は互いにバイトも休みで、学校も休みだからどっか遊びに行こうと筆に誘われた。
なんでも紹介したい奴らが居ると言う事だった。
紹介したい奴らというのが、今俺と筆の目の前の男達だという事はなんとなくわかる。
しかし、人の言う「紹介」と言うのが「恋人としての紹介」だとは俺も思いもよらなかった。

「恋人」「付き合っている」

そう、筆の口から何の気なしに出てきた言葉に、中に居た5人の表情はみるみるうちに強張っていく。
そりゃあ仕方ないだろう。
男である筆と、その隣に居るどこからどう見てもガタイでデカイ男……つまり俺。

男が男を恋人にする。
同性愛。
マイノリティ。
少数派。

その少数派に向けられる言葉と目がどんなものか、俺は知っている。
もちろん、俺の隣にいる大好きで仕方ない恋人だって、そんな事くらいわかっているだろう。
けど、筆は言った。
俺を恋人だ、と。
付き合っている、と。

そう、彼の友達であろうこの5人に言い放ったのだ。
俺はそれを嬉しいと感じてしまう自分が居るのを、少し驚いた気持ちで受けて止めていた。
昔の恋人。
俺という恋人が居ながら平気で他の男とヤりまくっていた、あの悪魔は、絶対に自分の身の回りの人間に男と付き合っているなどとは決して言わなかった。
まぁ、それは俺も同じなのだが、アイツは裏では誰にでも腰を振りながらも、表ではきちんと自分の体裁を作りあげていたのだ。

あぁ、そのハッキリした裏表の変貌を思い出すと今でも寒気がする。
『俺達の関係の事は、わかってるとは思うけど誰にも言うなよ』
毎晩毎晩男をとっかえひっかえしている奴が、どの面下げてモノ申しているんだと言ってやりたい。
しかし、あんな男を俺はあの時は好きで、仕方なかったのだ。
だから、俺も俺の体面と二人の関係維持の為、俺が同性を好きである事もアイツと付き合っていた事も誰にも言いはしなかった。

なのに、筆はいつものようにあっけらかんとした様子でその事実を己の友達に伝えている。
筆は馬鹿なのか。
いや、そんな筈ない。
初めて会ったあの時から、筆はどこか少し突飛なところがあったが、頭の回転は速いし、けっこうキレる奴だと俺は思っている。
思っている事を的確に口にしてくれるから、俺は筆と一緒に居て凄く安心する。
そんな筆が俺との関係を友達に暴露した。
筆は誰とも付き合った事が無いと言っていたが、ノンケの筈だ。

それをどうしてこんなにやすやすと軽くバラしてしまえるのだろう。

俺がそんな風にグルグル回る頭で、あっけらかんとした筆の横顔を見ていると、固まっていた5人のうちの一人……部活かなにかしているのか見事に坊主の頭を携えている男が、恐る恐る口を開いた。

「ひっつー、それ。マジ?」
「うん、マジマジ。やっぱ引く?もう一緒に遊んでくんない?」

筆の声のトーンが少し沈み気味になった。
あぁ、筆。
そんなに悲しいなら、わざわざ言わなければいいのに。
俺は少し表情の曇った筆に、何故か凄く申し訳ない気持ちになった。
筆にどんな考えがあって、突然こんな行動に出たかはわからないが、俺が原因である事が確かだ。
筆と一緒に居ると楽しい、もっと一緒に居たいと思う、安心する、凄く愛しいと思う。
そんな衝動のまま、俺は自分でも驚くべき行動力で筆のアパートに転がり込んだ。
幸せな毎日だった。

だって好きな人とこんな風に毎日、ゆったりとして過ごせるなんて俺にとっては幸せ以外のなにものでもなかったから。
けど、それは結局、全部俺の都合だ。
気持ちの定まらない筆に、こんな事までさせて悲しそうな顔をさせる羽目になるなんて。
俺は、今までどれだけ自分の事しか考えていなかったか思い知った気がした。
あぁ、どんどんネガティブな方向へと思考が進んで行く。
これはあの悪魔と付き合っていた時に身につけた最強にいらんスキルだ。

「いや、別にビックリしたけどさ……引いてないし……なぁ?」
「あ、うん。引いてない。へぇ……お前ホモだったんだ」

明らかに引いてるだろ。
俺は微妙な視線を向けてくる坊主とその隣のクルクルパーマ男に、益々筆の立場を思って泣きたくなった。

「じゃ、よかった。せっかく来たんだし、さっさと歌おーぜ!ほら、開、座れよ!」
「え!?う、あぁ」

そんな俺の心情などお構いなしに、筆は俺を何故かあの坊主とクルクルパーマの間に座らせた。筆は俺の前の席に座る。
え、あ?
何、この席順。
マジで気まずいんだけど。
つーか、周りも凄く嫌そうだけど!

「開。そっちの坊主が野球部のまっちん。でパーマが飲みサーの野田。で、こっちの俺の右に居るメガネがトシ。左の色黒が広野。あ、広野と野田は、高架大だから開と同じ大学だぜー。で、今一人だけ上座に座ってる偉そうな奴がマイマイ。覚えた!?」

座るなり突然メンバーを紹介してきた筆に俺は戸惑いながら「チョイ待って!」と周りを確認した。
俺、そんなにいきなり全員の名前覚え切れる自信ないし!
さすがに名前間違うとか筆の友達だし、避けたい。
今だって微妙な位置に立たせてしまったわけだし。

「え、と。坊主がマイマイ……?」
「ちっげーよ!俺はまっちんだよ!」
「え、自分の事まっちんって呼んでんの!?」
「ちっげー!!お前が間違ったから訂正してやったんだよ!!」
「あはは!一人称がまっちんとかウケる!お前これから一人称まっちんにしろよ!!」
「ウゼェよひっつー!!」

あれ、ちょっと空気が変わってきたような。
俺は筆の笑い声と共に和んだ空気に少しだけ安心すると、またメンバーを見渡した。

「ごめん、坊主がまっちん……え、じゃあ、メガネがマイマイ?」
「違うぞ!イケメン!お前さっきからマイマイばっか言ってっけどマイマイは上座の偉そうな奴だって!どんだけマイマイ好きなんだよ!俺はトシだっつーの!!」
「あははは!マイマイよかったなー!一番最初に覚えてもらえて!」
「うっせー!つーか何でさっきから上座の偉そうな奴扱いされてんだよ!ここ一番入口に近いから上座じゃなくて下座だっつーの!俺が一番謙遜した位置に座ってんだぞ!死ね!イケメン!」
「え、なに!?イケメンって俺かよ!?マイマイあだ名可愛い癖に口悪いな!?」

俺は思わず突っ込むと、俺の両脇に座っているまっちんとトシが愉快そうに笑い始めた。
あ、何か此処意外と楽しいかも。
俺は目の前ですっかり空気が和んで楽しそうに笑うメンバーに楽しくなると、つられて一緒に笑っていた。
俺、こう言うノリ、好きだ。
俺が笑っていると、目の前に座っていた筆が満面の笑みで俺を見て片手で小さくガッツポーズをしていた。
あ、なんか筆的には俺のコレは成功したみたいだ。

「よーし!じゃあそろそろ歌うか!よし!イケメン最初にお前の腕を拝見しようじゃないか!」

マイマイはそう言うと何故か勝手に曲を入れて俺にマイクを回してきた。
うん、マイマイは下座に座って居は居るがかなり強引で俺様だな。
歌いながら「さすがイケメン!」と訳のわからない褒め言葉をぶっとばしてくる坊主のまっちん。
いらないつってんのにタンバリンを鳴らしまくる色黒の広野。
そして誰よりもジュースを呑みまくるクルクルパーマの野田。
歌が壊滅的に下手なメガネのトシ。
何故か俺の歌声を気に入って毎回自分の好きな曲を歌わせて来る下座のお偉いさんマイマイ。

そして、奴らとすぐに打ち解けて楽しそうにはしゃぐ俺を嬉しそうに見ている……筆。
そんなこんな、俺達は最初の気まずさはどこへやらと楽しい時間を過ごし、それはそのまま深夜のファミレスになだれ込んだ後も続いた。

そこでは、俺と同じ大学というパーマの野田と色黒の広野とは、同じ授業をとっていることも発覚した。
まぁ、なんつー偶然。
最後には「男同士付き合うってどんな感じよ?」「やっぱケツに突っ込むのか!?」と容赦ない下ネタと言うなのセクハラまで受けまくった。
……でも、俺はそれが別に嫌ではなかった。
腫れものを触るように扱われるより、こうしてズバズバ聞いてくれる方が楽だし、楽しい。
それに何と言ったらいいのか……今日会ったばかりなのに、コイツらなら……けっこう何でも許せるな、と俺はわけのわからない許容すら覚えた。

そしてやっぱり俺の近くには笑う筆が居るから、それが俺にとっては一番嬉しかった。

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「じゃ!暇だったらメールしろよー!カイ!」
「あ、カイ!来週の講義一緒に受けようぜ!」
「カイ!今度はB’z歌ってくれよー!」
「ひっつー!今度痔のクスリプレゼントしてやるよー!」
「ひっつー!カイ!また皆で遊ぼうなー!」

深夜2時。俺達はやっとファミレスの前で解散となった。
喋りすぎて時間を気にしていなかったが、大分時間がたっていたようだ。
あ、“カイ”と言うのは俺のあだ名らしい。
最初はイケメンと呼んでいた奴らだったが、下座で偉そうなマイマイがやはり偉そうに「よし!これからはお前の事はカイと呼ぼう!」と言い放ってカイになった。
開……がカイとも読めるから……だろう多分。
俺も、イケメンなんて呼ばれるのはごめんだったから丁度良かった。

あだ名で呼ばれるようになってから、なんとなく俺はアイツらと同じ空間により一層馴染めた気がして、嬉しかった。
……うん、今日は……楽しかった。
同性愛者だと言えば……人は離れていくだろうと思った。
だから隠していた。
体裁の為に、ずっと隠してきた。

けど、全てを打ち明けて尚、今日は楽しく過ごせた。
心が軽い。

俺は俺の隣を笑顔で歩く筆の手を握った。
突然の事で少し驚いたのか、筆は目を見開いて俺の顔を見上げてくる。
あぁ、幸せだなぁ。

キス、したいなぁ。
と、思ったけれどやめた。
さすがに人通りがありすぎる。
ここは一応大通りだ。

「今日、凄く楽しかったよ。筆、ありがとう」
「あはは、どういたしましてー」
「最初、恋人って言われて紹介された時はどうしようかと思ったけどさ」
「あー、あれね。うん、いきなりごめんな」
「いや、いいけど……どっちかって言うと、筆が嫌だったんじゃないか?友達に男を恋人何て言うの」

自分で言って自分で少しへこんだ。
そうだ、楽しかったから忘れていたけど、最初のあの微妙な雰囲気の時の筆の表情はやはり忘れられない。

「うーん。最初は緊張したけどさ……開なら、絶対にアイツらと仲良くなれるって思ってたらから、嫌じゃなかったよ」
「……そうか?」
「俺、最初に開に会った時スゲェ楽しい奴だなって思ったもん。初対面の時のカラオケで俺がそう思ったんだから、アイツらとも絶対気ぃ合うって。そしたら、本当に最初の自己紹介で開はアイツらと仲良くなった。だから……やっぱ開は凄いと思ったよ」

ニッ、と笑いながら俺を見上げてくる筆に、俺は少しだけ気持ちがポカポカするのを感じた。筆と繋いでいる手も、暖かい。
こうして、自分を肯定的に捕えて貰えるのがどれだけ嬉しい事か、筆はわかっていないだろう。
俺は少し前まで自分を否定し、否定され続けたから。
筆のように何でも無い事みたいに他人を肯定できる人間を俺は凄く暖かいと思う。

「本当に……今日は楽しかった……また、皆で遊びたい」
「うん、遊ぼう、遊ぼう」

筆は笑顔で頷くと、俺は視界の端に映った懐かしい光景に自然と足を止めていた。
俺の止まった足に筆も同様に足を止め、俺の視線の先を見る。
俺の視線の先にあるもの。

それは

「懐かしいなぁ」
「あれから、来てないもんなぁ。あそこ」

俺達の初めて会った公園だった。
俺はあの公園のベンチで号泣し、筆は同じくあのベンチで爆睡していた。
なんとも奇妙な巡り合わせだ。
そして、あの時お互いにあそこでで会っていなければ今、こうして二人で隣に立っている事もないのだろう。
本当に、不思議だ。

「これで、開があそこに一人で行かずに済むなぁ」
「へ?」

突然呟かれたその言葉に、俺は、俺よりも頭一つ分程下にある、筆の頭を見下ろした。
そこには、いつもの筆の笑顔があった。

「ほら、お前、恋で悩んだら、あぁ言うシケた場所で一人で泣いちゃうだろ?それにホモって事誰にも言わないから、誰にも相談できないし。だから、お前恋の悩みは一人で泣いちゃうんだよな」
「…………」
「あの時は、たまたま俺が居たから一人じゃなかったじゃん。けど、今は俺が開の恋人だろ?だから、次にお前が恋愛で悩んだら、俺はきっと聞けないだろうし、開は言ってくれない。そしたら、開はまた一人であのシケた公園に行くのかなぁ……って思ったら、なんか嫌でね」
「……………」
「でも、今日アイツらと笑ってる開を見たから、俺安心した」

そう言って笑う筆に、俺は目の前がぼやけた。
あれ、何だよ、これ。

「……………」
「開、何かあったらアイツらの誰かに相談して泣けばいい。俺に直接話せる時が来たら俺に話せばいい。開はもう一人で泣かずに済むんだ。だから、俺今日凄く安心したよ」
「……筆……」

暖かい。
暖かくて、涙が出そうだ。
なんだ。
だから筆は今日、友達に俺を紹介したのか。
俺が、一人で泣かないで済むように。
俺が、一人で抱え込まないように。
もしかしたら、自分からも離れて行ってしまうかもしれない危険を冒して。

「開、俺お前に好きだって言われた時、好きとかって気持ちがよくわかんないっつたじゃん?あれさ、今も全然わかんないんだよ。……だからさ、俺決めたんだ」
「……筆、筆」

俺は情けない事に筆の手を握りしめながらボロボロ泣いていた。
出会い頭と言い、今と言い、俺は筆の前では泣いてばかりだ。

「開に対してこんな風に思う気持ちを、好きって事にする。もう決めた。だから、俺は開が凄く好きなんだよ。だから、もう一人でワンワン泣くなよ。開が一人で泣いてると思うと、俺が苦しいから」
「………うん、うん……うんっ……!」

暖かい。
なんて暖かい手だろう。

こんな風に暖かい手は、気持ちは初めてだ。
ポンポンと俺の肩を叩く筆。
泣きじゃくる俺。
好きだと言われてこんなに泣きたくなったのは初めてだ。
大事にされていると言う感覚が、こんなに満たされるものだとは知らなかった。

嬉しい、幸せ、だけじゃ収まりきれない、気持ち。
暖かい気持ち。
恋人に背を向けられ、一方通行だった俺は、今、生まれて初めてきちんと恋人と向き合って立っている。
暖かい手、暖かい場所。
あぁ、好きって気持ちが、こんなに暖かいなんて。

俺はその後、頻繁に奴らとつるんで遊ぶようになる。

そんな俺があの公園へ行く事は、その後二度となかった。

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