その3:幕間1 怒ってはみたものの ※一郎視点

 

おっせーな。

そう思いながら、あの日、俺は時間になっても来ないアイツにイライラしていた。

 

(明日答え配るらしいから一緒に答え合わせしよーぜ)

 

 

そう言って俺に背を向けたお前の言葉が、今でも耳について離れない。

まぁ、結局。

お前は二度と俺の家には来なかったけどな。

 

 

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その3:幕間1 怒ってはみたものの ※一郎視点

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俺はドタバタと廊下に響く騒がしい足音を聞きながら、今しがたまで自分の目の前に立っていた小さな生徒を思い出していた。

『先生、高校は、どこに行きましたか?』

 そう聞かれた瞬間、俺は『小学生のくせに何だ、コイツ』と思った。

 そして次に湧きあがってきたのは、小学生にまで自分の学歴を気にされていると言う酷い苛立ちだった。

 そう、相手は小学生だ。子供のくせに。

 ガキにまで俺は素行や学歴の事でどうこう言われなきゃならないのか。うるさいのは校長や周りのクソ教師陣だけで十分だというのに。

 ちょうど、教室に来る前も、前の学校で起こしたゴタゴタをネチネチと教頭や校長言われまくって、死ぬほどイラついていた。

『これだから、学の無い人間は……』

 そう、溜息と共に漏れた校長の言葉に、俺はこれでもかと言うくらい必死に拳を握りしめた。そうしなければ、校長相手に手を上げてしまいそうなくらい、俺は俺の中の何かが酷く傷つけられたような気がしたのだ。

思い出しただけでも胸糞悪い。教育に携わる人間の癖に、よくもまぁそんな言葉が自然っと出るものだ。

 だから、だ。

 俺はあの篠原敬太郎という生徒に、大人気ないとは自覚していながらも、イライラする気持ちを抑える事ができなかった。

 どいつもこいつも俺の事を、バカにしやがって。

 そんな想いを、まだ10歳のガキに当たり散らしてしまったわけだ。我ながら、本気で大人気なかったと思う。最早、ヤケクソだったとしか言いようが無い。

 あの生徒がもし、親にでも言いつけようものならまた問題沙汰だ。

 まぁ、いきなり教師からあんな事を言われれば、普通の生徒ならあの場で泣くなり喚くなりして、更に面倒な事になっていた筈だ。

 意外にも、あのガキは俺の言葉で泣く事も、ましてや家に帰って親に言いつけるようなそぶりも一切見せなかった。

――変なガキ。

 俺はぼんやりとそんな事を思いながら、瀬川一郎と言う、俺と同じ名前の生徒によって引っ張って行かれたアイツの後ろ姿を思い出していた。

そして、前教師からの引き継ぎで得た、あの生徒の情報を頭の中に並べてみる。

 

篠原 敬太郎

小1の頃から今まで、常に学級委員長を務めてきたという少年。

何でも、アイツの居るクラスは教師の手があまりかからないと言う事で、教師内では有名な生徒だという。

見た目は何の変哲もないごくごく平凡な生徒でありながら、申し送りをしてきた去年の教師共はあのガキの事を口を揃えて、こう言っていた。

 

『あの子は本当にしっかりしてますよ』

 

その為、この学年で一番元気があり、かつ一番の問題児である瀬川一郎とは必ずセットにされるという事だ。もともと幼馴染という事もあり、このセットが入学以来崩される事はなかった。

 そう。

今、手元にあるあの生徒に関する情報と言えばこれくらいのものだ。

まぁ、少し他の子よりしっかりした小学5年生。

それだけの事だ。

だが、しかし。

――アイツ、妙に気になる。

そう、気になる。何か引っかかるのだ。

俺が大人気なく言われの無い文句をアイツにぶつけた時、アイツは何故か困ったような、切ないような、何とも形容し難い表情で俺の事を見ていた。

あれが、子供のする表情だろうか。まるで、俺の方が子供のような、そんな目でアイツは俺を見ていたのだ。

それに、その後アイツが言った言葉も妙に俺の脳内に引っかかって仕方なかった。

『わかる。頑張ったんだろうなって、凄くよくわかる』

『違う。嬉しいんだ。俺は……うん。凄く嬉しい』

『先生になるなんて、凄いと思う』

 

 そう言ったヤツの表情には、嘲りや俺を馬鹿にしたような色は全くなく、ただ純粋に俺の目を見て思った事を言っているのがよく伝わってきた。

 

なんだ。

 なんなんだよ、

 ただの小学生のくせに。

 なんだよ、畜生。

 

 俺はグルグル思考の定まらない頭でひたすらそんな事を考えていたが、ただ一つだけ確かに俺の中に現れた感情があった。

 

なんで、こんなに嬉しいんだ。

 

 そう、何故か俺はあのガキに凄いと言われた瞬間、自分でもハッキリと分かるほどに気分が高揚していたのだ。なんという短絡さ。もう自分という人間がよく分からない。初対面の小学生に何をこんなに感情を左右されているのか。

 そんな風に俺の感情が揺れ動いているうちに、アイツは迎えに来た瀬川一郎によって連れて帰られてしまったわけだが。

 そんなアイツはまた、最後に俺に大きな嵐を残していった。

 

『いちろう』

 

 そう、アイツの口からその名前が出た瞬間、俺は心臓が止まるかと思った。いや、アイツが言ったのが俺の名前じゃないとい事くらいわかる。

 アイツが呼んだのは、幼馴染である瀬川一郎だ。

 しかし、俺にはアイツがその名前を呼んだ瞬間、懐かしい感覚が体中に走ったのだ。

 

――一郎。

 

 今でもハッキリと思い出せる、10年前に突然死んだ俺の幼馴染の声。

 家が近所で、幼い頃から何するにもずっと一緒だったアイツ。

 中学に入って俺の私生活が荒れ始めた時、以前より互いに少しだけ距離のある関係になった事もあった。

 しかし、それでも俺はアイツと一緒に居る時間が一番気持ちの落ち着ける時だったとハッキリ感じていた。

(一郎)

(いちろう)

あぁ、くそ。

なんなんだ。

何で、今アイツの事をこんなにも思い出すんだ。

何で、こんなにも懐かしい気持ちになっているんだ。

 

 (いちろう)

 

アイツが呼ぶのは俺の名前じゃない

そんな事わかっている筈なのに。

何故か、俺はただ、ひたすら誰も居ない教室で言いようのない懐かしさにその身を包まれていた。

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