その4:学級委員長になってみたものの

 

 

そういえば、昔。あぁ、あれは確か小学校の修学旅行の時だ。

俺と一郎の二人で部屋を抜け出して勝手に外で遊びまわった事があったんだ。

結局すぐに先生に見つかって凄く怒られたけど、あの時。

部屋抜け出してお前と顔見合せた瞬間、俺、思ったんだ。

 

 

コイツとだったら何だってやれるってね。

 

 

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その4:学級委員長になってみたものの

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「今日は新学期恒例、クラスの係決めをします」

 

 

あぁ、これは。

 なんというか、一郎の奴。

 確実に、俺の事見てるよな。

 これ、自意識過剰じゃない、絶対だ。

 

 俺は、新学期2日目にして、ひたすら俺の事を睨みつけてくる一郎に「やっぱ昨日余計な事言うんじゃなかった」と頭を抱えたくなる衝動に駆られた。

 しかし、後悔先に立たずという先人達の考えた言葉もある。やってしまったものは、もうどうしようもない。

 俺は必死に自分にそう言い聞かせると、自分に向けられる一郎の鋭い視線を無視し、ジッとこの気まずい空間に耐えた。

 昨日、一郎と会ってから俺、こんなのばかりだ。新学期早々、胃に穴でも開いたらどう責任とってくれるんだ、本当に。

 そう、俺が本格的に現実逃避に思考を飛ばし始めた時だった。

 今までジッと俺の方を見ていた一郎がフイと俺から視線を外し、板書の続きを書く為、俺達生徒に背を向けた。

 それと同時に、教室中に蔓延していた緊張の糸がプツリと切れるのを肌で感じた。俺もピンと伸ばしていた背を、呼吸とともに緩ませる。 そして、改めて自分の置かれた最悪な状況を思い知った。

これは相当ヤバイ。俺は完璧に一郎に目を付けられたようだ。もう本当に昨日に戻って、昨日の俺の行動を全てリセットしてやりたい。

 今まで何の問題も起こさないように、常に優等生で通っていた俺の安穏とした生活は昨日で終わりを告げてしまったようだ。今までの努力も一郎相手には水の泡と化してしまった。最悪にも程がある。

 そう、一度目の人生の教訓を見事に受け継いで成長した俺は、極力学校では教師と言う人間には逆らわないように生きてきた。いや、逆らうどころか俺は常に教師達へ《しっかりした良い子》と言う印象を与えるような生活を送ってきたのだ。

 別に、俺は良い子になりたかったわけでも、大人に媚びを売りたかったわけでもない。

ただ、俺も前世の人生を合わせると25歳という良い年をした男と言う事になるので、他人に迷惑だけはかけないよう理性的に教師に接してきた。

その結果が今の《優等生でしっかり者な篠原敬太郎》を作りあげたワケである。

それに、なんというべきか。俺の隣に居る問題ばかり起こす好奇心の塊みたいな幼馴染のお陰で、俺自身がキャハハウフフと子供のような振る舞いをする余裕がなかったのもその一因だ。今では俺も立派なイチローの保護者ポジション地位を確立させてしまった。

 まったく、俺の人生、前世も、現世も《一郎》には振り回されっぱなしだ。

 俺が小学生の教室にあるまじき静かな教室の中で小さくため息をつくと、いつの間にか板書を終えた一郎が静かに此方に振り返っていた。その瞬間、張り詰める教室と俺の背筋。それはもう反射と言ってよい程の反応ぶりである。

「では、今から皆さんが所属する係と委員会を決めていきますが……とりあえず、最初にクラスの学級委員長を決めましょうか。この後の学活の時間もその学級委員長に進行してもらいます。誰か、立候補はいませんか」

 そう言うや否や、一郎はブルブルと肩を震わせる生徒達を値踏みするようにゆっくりと見渡した。

 俺がチラリと視線を上げて周りの様子を見てみると、皆一様に一郎と目が合わないように下を向いている。こうなってくると、もう学級委員長決めは長期戦へと突入する。

 只でさえ人気の無い学級委員長の仕事に、この状況。

 こんな中で自ら手を上げて立候補する奴など居るわけがない。もし居るとすれば、ソイツはただの空気読めない馬鹿か、はたまた自己犠牲に満ちた女神だ。

 と、内心思いながらも、俺は既に手を上げるつもりでいた。

 もちろん俺は後者だ。前者である筈がない。

 このまま時間が過ぎれば、ただの時間の浪費にしかならない上に、一郎の機嫌も最低最悪のところまで落ちていくのは目に見えている。

 空気を読んで、敢えて自己犠牲の精神で手を上げる俺。

 まぁ、腐っても俺は25歳だ。周りは震える可哀想な小学生達なのだから、それくらいやるのが当然と言うものだろう。

 現在の教師になった一郎が俺の知る一郎のままであるなら、アイツはもう既にこの状況に苛立ちを覚えている筈だ。一郎は「待つ」という行為が一番嫌いな人間なのだ。

 昔、俺が1度目の小学生をしていたある日。一郎の家で遊ぶ約束をしていた俺は、その日準備に手間取り、一郎の家に向かうのが5分程遅れた。そう、たった5分だ。いや、そもそも何時何分に家に行くなんて約束は存在しておらず、ただ家に帰って準備したら行く、という何ともご近所特有のアバウトな約束だったのだ。しかし、それを一郎はいつもより俺が来るのが遅いという理由で、余りの待ちきれなさに、俺の家まで怒鳴り込んで来たのだ。

 夏の焼けるような炎天下の中、全力疾走で俺の家まで来た一郎は玄関を開けた瞬間「遅い!」と叫ぶなり、出てきた俺に殴りかかってきた。

 そして一通り俺を叩いた後も、そりゃあもう一郎のご立腹は続き。その後、俺は一郎の機嫌を直させるのに苦労したものだ。

そんな事があってから、俺は一郎との約束は常に時間通り、もしくは時間前に行うようになったのである。

――懐かしいなぁ。

 そう、俺は体だけは立派な大人になった一郎と、妙にリアルに思い出された過去の記憶に、内心苦笑しながら手を上げようとした。

 学級委員と言っても所詮は小学校。たいした仕事など回ってきやしない。

 

「先せ「せんせー!せんせー!」

 

 俺の決死の立候補は目の前で大声を上げながら手を上げたイチローによって一気にかき消されていた。その瞬間、俺の上げかけられた手が妙な動きで空を掴み、机上へと舞い戻ってしまった。そして昨日同様、俺はなんとも言えない気持で、前の席の小さな背中を見つめる事しかできなかった。

 イチロー、お前まさか学級委員に立候補するつもりじゃないだろうな。

 ちなみに此処で再度確認したい事がある。俺が手を上げたのは自己犠牲の女神的気持ちであって、この目の前の好奇心旺盛で空気読めていないヤツの行動原理とは全くの別物であるという事を。

「ちっ……何ですか?一郎君」

 まさかの教師による舌打ち。昨日より教師の仮面が一切かぶれていない一郎の姿に、俺はキリリと胃が軋むのを感じた。確かにイチローはウザいかもしれないが、一郎には腐っても先生という意識を持って欲しい。

 俺がそんな事を思いながら空気読めない小さな勇者の背中を見つめていると、突然その背中は消えうせ、いつもの見慣れたイチローの笑顔が俺の目の前にあった。

 あれ、何これデジャブか。

 昨日も似たような事があったような気がするけど気のせいだろうか。

 あぁ、誰か気のせいだと言ってくれ。

「せんせー!あのね!学級委員長ならけーたろがいいと思うよ!だって、けーたろ1年生の頃からずーっと学級委員長だもん!」

「へぇ、敬太郎君が」

 そう言って俺を見てくる一郎は、何故か今までとは違ってニヤリとあくどい笑みを浮かべていた。

 あぁ、この笑顔の時の一郎は十中八九何か企んでいる時だ。よく知ってますとも。

 というか、イチローは自分が立候補するわけじゃないのか。さすがの一郎もそこまで自分の力を過信しているわけではないとわかって俺は一安心だ。

「でね!せんせい!俺、けーたろが学級委員長するなら、俺もしたい!」

「あぁ?」

 マジすか。

 俺は俺の事を笑顔で見ながら元気よく言い放ったイチローの言葉に、ただ目を見開く事しかできなかった。対して一郎はと言うと、先程まで浮かべていたあくどい笑みは消えうせ、明らかに面倒臭そうな表情を浮かべていた。

 昨日、初めてこのクラスに来た一郎も、さすがにイチローが学級委員をする事の無謀さと面倒さをよく理解しているようだ。何故なら、イチロー学級委員に立候補した瞬間の一郎の表情とリアクションは、何度も言うようだが全く持って教師のソレではなかったから。

 もう素丸出しって感じだった、あの顔は。まぁ、結構昨日から丸出しに近いのだけれど。

「ねー!せんせー!いーでしょー!学級委員長は俺とけーたろ!決まり!」

 決まり!じゃない。決まってたまるか。お前と学級委員するくらいなら絶対一人でやった方が仕事が楽だ。

 俺が内心キリキリ痛む胃を抱えながら首を横に振っていると、面倒臭そうな表情をした一郎が黒板に書かれた文字をチョークで叩いた。

「残念ですが、学級委員は各クラス男女1名ずつと決まっていますので、男子二人は無理です。なるならどちらか一人だけです」

「えー!ケチィ!いーじゃん、いーじゃん!どーせ誰もやりたがらないし!なぁ、けーたろ?」

「……イチロー、ちゃんと先生の言う事聞こうよ」

「もう!そうやって、けーたろはすぐ先生の味方するんだ!けーたろだって女子より俺とやった方が楽しいだろ?そうだろ?」

「…………」

 どうしたらこんなに自分の存在意義に自信を持てるのだろか。俺は俺の腕を引っ張りながら「なぁ、なぁ」と甘えた声を出してくるイチローに、押し殺す事なく盛大に溜息をついてやった。しかし、そんな俺の溜息なんかものともせず、イチローはただただ騒ぐのみ。

あぁ、これはかなり面倒な事になった。学級委員決めなんて俺が手を上げてしまえば丸く収まると思っていたのに、イチローの出しゃばりのお陰でそうではなくなってしまった。

さて、どうしたものだろうか。

そんな風に俺が必死に思考を巡らせていると、ワーワー喚くイチロー越しに対し、ハッキリと苛立ちオーラを垂れ流し始めた一郎が俺の視界に入ってきた。

 あぁ、もう。早くイチローをどうにかしないと、また一郎がやっかいな事になる。

 俺は俺の目の前でプンプンと言う擬音が漏れてきそうな怒り方をするイチローに、どうしたものかと考えていると、ふと黒板に書かれた、ある文字が目についた。

「イチロー、体育係は?」

「体育係?」

「そう、体育係」

 コテリと首をかしげるイチローに、俺は黒板の一か所を指差すとイチローはそれにつられて黒板に目をやった。その瞬間、イチローの瞳がこれでもかという程キラキラと輝き始めた。

「わぁぁ!体育係がある!せんせー!体育係って何する係ですか!」

 よし、かかった。

 俺はキラキラしながら黒板に目をむけるイチローに内心ガッツポーズをすると、思わず口角があがるのを止められなかった。イチローは好奇心旺盛故に興味を持つのも早いが、別の物にその興味が移ろうのも早い。所以、飽きっぽいとも言う。

「体育係と言うのは、体育の時間に先生の代わりに体操の掛け声をかけたり、準備のお手伝いをするのが仕事です。あとは運動会でも仕事をしてもらいます」

「せんせーの代わりかぁ!スゲー!そんなの4年生まではなかった!」

「そうですね。この係は5年生………高学年にしかありません。なんたって先生の代わりですから」

 やたらと《先生の代わり》を強調する一郎に、俺はうまいうまいと声を上げそうになった。新しいもの好きで好奇心旺盛なイチローが5年生になって新しくできた《先生の代わり》なにも匹敵する係りに興味を持たない筈がない。

更にイチローはこの学年で、まぁ、一言でいえばスポーツ万能のヒーローと言うポジションを確固たるものにしている。小学生と言うのは勉強が出来るより、スポーツが出来る方が学年のヒーローとして崇められる傾向がある。その点、イチローはリレーではいつも1位だし、どんな競技をやらせてもそつなくこなす。

 そんなイチローだからこそ、体育係は誰もが納得するイチローの為の係であると言ってよかった。

 スポーツが出来ればヒーローになれる。今や、イチローは小学生のヒエラルキーのトップに君臨していると言っても過言ではないのだ。

 まぁ蛇足だが、これは現在教師として教壇に立っている一郎もそうだった。

 いつもリレーではアンカーを任され、体育でバスケや野球など球技を行えば一郎のチームは必ず一郎の活躍により勝利を納めていた。

 まったく、一郎って名前の奴は皆、スポーツが万能なのだろうか。

 体育の時間、常に皆の視線をかっさらっていた二人の一郎の姿を思い出すと、俺は少しばかり羨ましい気持ちになった。

 なんたって俺は現在進行形で、運動会じゃその他大勢モブ小学生だから。

 そんなわけで、イチローにこの体育係を紹介した瞬間、既に二つの係の椅子は埋められたわけだ。

「俺!体育係したい!」

 ほらね。

 そう、イチローが嬉しそうに叫んだ瞬間。

 俺はバチリと合った得意気な一郎の目に、昔、二人で部屋を抜け出す事に成功した、あの修学旅行の夜を思い出したのであった。

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