その9:作文を書いてみたものの

 

『ぼくの友達。』   篠原 敬太郎

 

 

ぼくの友達の一郎は、生まれた時からずっと一緒の幼馴染です。保育園も一緒で、今までのクラスも全部同じクラスでした。だから今までたくさんいっしょに遊んできました。旅行も何回も一緒に行きました。たくさんケンカもしました。

 

 

 ……そこまで書いて、俺は鉛筆を止めた。これって、どっちの“一郎”の事を書いてんいだろうって。

 答えは、《どっちも》だった。

 

 

———————————————–

その9:作文を書いてみたものの

———————————————–

 

 

 俺、篠原 敬太郎。

 10歳。1回死んでます。

 幼馴染の家から自宅に帰る途中、俺は不運にも15歳でこの世を去りました。

 なので、実際は(気持ち的には)25歳の小学5年生です。

 そんな俺の新しい担任は。

 

「おーっし、今日の国語は皆に作文を書いてもらうー」

「えぇぇぇ!」

「作文ニガテー!」

「わたしもー!」

「黙らっしゃい!おーら!今から作文用紙配るからなー!配り終わってからテーマは発表すっからなー」

 

野田 一郎。

俺の人生第一回目の幼馴染である。

 

「なぁ、なぁ。けーたろ!」

「何だよ。とりあえず、作文用紙まわせよ」

「はーい!」

「あーもう、イチロー、もうちょっと力考えろよ!お前の持ってたとこ紙がグシャグシャじゃん!」

「あはははは!ごめん!ごめん!」

「ったく、気を付けろよな」

「あはは!なぁ、けーたろ!俺、えんぴつ忘れた!貸して!」

「あぁぁ、もう!!」

 

 そして、俺の前の先で愉快そうに笑う少年。

 

 コイツは俺の人生第2回目の幼馴染。

 

 瀬川 一郎。

 

 一体何の因果か運命かわからないが、こうして俺は2回目の人生を一郎と名の付く二人の新旧幼馴染と共に過ごしている。

 

 そして、ついこないだ始まったとばかり思っていた俺達の新学期も、既に青葉溢れる5月になっていた。

 

「おし、ちゃんと後ろまで原稿用紙は回ったな!貰ってない奴居たら手ぇ当てを上げろー」

「せんせー!紙やぶれた!!」

「はぁ!?イチロー!!お前配ったばっかで何やってんだ!!」

「あははは!ごめんなさい!」

「ほら、早く取りに来い」

「はーい!」

「ちがう!イチロー!取りに来んのはお前じゃねぇ!」

 

 俺は目の前で繰り広げられる一郎コンビのたわいもない日常風景にぼんやりと目を向けた。

この二人のこのやり取りは、今となっては5年2組の名物とも言えるやりとりになっている。

 

 いや、二人じゃないな。

 

「ほら!イチローの代わりに敬太郎!お前が取りに来い!そんで書く直前まで敬太郎が持ってろ!また破かれちゃかなわないからな」

「……はぁ」

 

 俺を含め、三人だ。

 

 クラスメイト達も、この俺とダブル一郎が織りなす授業光景がさも当たり前のように受け止め笑っている。これはこれでどうなんだろう。

 

 俺は一郎に言われた通り黒板の前に居る一郎の元へ原稿用紙を取りに行く。

 

「これは、お前が責任を持って預かってなさい」

「はーい」

 

 一郎は二コリと、昔と変わらぬ笑顔を浮かべて俺に原稿用紙を渡すと、俺の頭をクシャリと撫でた。俺の気のせいかもしれないが、最近一郎は何故だかやたらと俺の頭を撫でる気がする。

 子供扱いされているだけだとも思うが。

 

 他のクラスメイトの頭を撫でているのを見た事がないせいで、かなり特殊に感じる。

 

まぁ、多分、お互い色々と他のヤツより関わる事が多かったせいかもしれない。

 

 俺は原稿用紙を手にまた一つ溜息をこぼすと、スタスタと自分の席まで戻った。

 

 俺はどうも小学5年生の算数は既にチンプンカンプンのようだ。最初に一郎と昼休みの補習をして以来、俺の算数の学力は低空飛行の一途をたどっていた。いや、正確に言えば本当はずっと前からその傾向はあったのだ。そのせいで、俺は一郎と居残り授業をする事が増えつつあった。

 

「ちぇー!もう破らないのにぃ」

「お前、絶対破るだろ」

「破んないもん!」

 

 はぁ。この目の前の能天気スポーツ馬鹿にすら負ける俺の学力ってどうなんだ。

 つーか、俺中学に入ってから数学苦手になったと思ってたのに。

 まさか、既に算数の段階で躓いてたとは。

 

 仮にも俺、今回の人生では委員長なんだし、馬鹿ってのはナイだろ。

 うん、委員長が馬鹿って笑えない。全く笑えない、だから……。

 

「よし!これで一応全員に回ったな!それでは作文のテーマを発表しまーす」

 

 算数はダメでも、国語とか他の教科ならそんなに酷くない筈だ。

 特に作文とかなら、今まで生きてきた人生の長さというか、語彙力というか。とりあえず負けたくない。

 

俺は内心大人げない闘志を燃やしていると、いつの間にか教壇に立つ一郎とバチリと目が合っていた。

 

「テーマは“友達について”だ!自分の友達について、好きなように作文を書こうなー」

 

友達。友達か。

 

「せんせー!それってこのクラスの中だけじゃなくてもいーの?」

「あー、いいぞ!遠くに居る友達でもいいし、小さい頃の友達でもいい。もちろん、このクラスの友達でもいい!とりあえず、お前らが書きたい“友達”をテーマに書けばいいさ」

 

 一郎がそう言った瞬間、周りのクラスメイトは一気に騒がしくなった。誰を書こうだの、お前の事書くぞーだの。

 

今までこう言うテーマで作文を書く事はなかったせいか、皆一様に楽しそうだ。多くがこのクラス内での友達の事を書くのだろう。そうなれば、この作文のテーマは、もしかすると自分になるかもしれないのだ。

 

身近な取り上げやすい題材。

 そして自分が作文のテーマになるかもしれないという高揚感。

 

一郎もなかなか良いテーマを考えたものである。

 そう思って俺がチラリと一郎に目をやると、一郎はどこか遠くを見るような目で自分の手元にある作文用紙を見下ろしていた。

 

 その表情が、どこか“教師”をしている時の一郎とは異なり、俺は思わず一郎から目が離せなかった。一体どうしたというのだろうか。

 

 そう、俺が一郎に気を取られていると、俺の前の席の、こちらは小学生の方のイチローが勢いよく俺の方へ振り返ってきた。

 

「けーたろ!紙!」

「あ……あぁ、はい。今度は破るなよな」

 

俺が注意しながら原稿用紙を手渡すと、イチローは二コリと満面の笑みを浮かべながら俺を見てきた。

こっちのイチローも一体どうした。

 

「けーたろ!俺、けーたろの事書くぞ!」

「あー、うん」

 

そう、突然勢いこんで宣言してきたイチローに、俺はなんとなくイチローの期待している事に予想がついた。

イチローは俺に、他でもない自分を“テーマ”として扱って欲しいのだろう。

キラキラ光る瞳と、期待に満ちた顔が、そう、物語っている。

 

「けーたろも!俺の事書くよね!?」

「どーしよっかなぁ?」

 

 俺がわざとらしくイチローに言ってみせるとイチローは突然俺の頭を叩いてきた。

 軽くはたかれた程度であったが、俺は突然のイチローの暴挙に目を瞬かせた。

 

「ばか!」

「いきなり何だよ」

「けーたろ!俺とけーたろは生まれた時からずーっと一緒だっただろ!俺の事書かないで誰の事書くんだよ!?」

 

またしても問いたい。どこから来るんだその自信は。

俺は、さも当然とばかりに鼻で息をするイチローにボソリと零してやった。

 

「……一郎の事とか?」

「ほらー!やっぱり俺の事書くしかないだろー!」

「はい、はい」

 

 一郎ってイチローの事ではないのだが。

 まぁ、こっちで一郎の事書くわけにもいかないだろう。

 

それに、確かに書くならイチローの事しかないだろうな。

なんせ、イチローの言った通り俺達は確かに「生まれた時から一緒」なのだ。生まれた病院も、成長の過程のどのステップも、俺は何もかもイチローと一緒だった。

 

 かろうじて誕生日は3日違いだけど。

 

「よーし!俺はけーたろ!けーたろは俺の事書くな!書き終わったら見せあおうな!」

「うん。わかった、わかった」

 

 

 そう俺が適当に頷くと、イチローは嬉しそうに笑って俺に背を向けた。そして、何やら神的な早さで手が動いているように見えるのだが気のせいだろうか。

 一郎のやつ、一体俺の何を書く気なのだろう。まぁ、きっと碌な事じゃないのだろうが。

 

 とりあえず、俺も早いとこ書かないといけない。いくら400字の原稿用紙1枚っていったって、上手く書かねば時間が足りなくなる。

 

なんてったって、小学校の1時間はたったの45分しかないんだからな。

俺はさっさと作文を終わらせるべく、鉛筆を握ると原稿用紙に筆先を滑らせた。

 

だから、俺は気付かなかった。一郎が、あの、どこか懐かしげな目で俺の事を見ていた事を。

タイトルとURLをコピーしました