その10:幕間3 作文を読んでみたものの ※一郎視点

 

 

違うのに。全然、違うのに。

俺は何度も勘違いしてしまう。

 

馬鹿みたいに期待して、結局現実をつきつけられて泣く羽目になる。

 

大人って、子供が思うほど、

全然、大人じゃねぇな。

 

 

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その10:幕間3 作文を読んでみたものの ※一郎視点

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俺、野田 一郎。

25歳。教師やってます。

 

 以前居た学校で、ちょっとした問題を起こし、俺は幸運にも実家から通える距離の小学校へ転勤させられる事になりました。

 なので、ちょっと周りの教師達から浮いてる、25歳独身の小学校教諭です。

 

 そんな俺の新天地で受け持つ事となったクラス。

 5年2組。27名。

 

 1学年のクラスが3クラスになり、若干1クラスの人数が少ない学年だが、俺のクラスはけっこうな元気者が集まっていて毎日明るく楽しくやっている。

 その中でも特に明るいのが、俺と同じ名前の瀬川 一郎。

 イチローの元気の良さと言ったら、俺の子供の頃とタメを張っているのではないかというくらい元気がいい。

 

元気な事は良い事だ。

男の子はこれくらいでないと。

 

と、建て前を並べた後に少しだけ本音を漏らして良いのであれば俺はこう言うだろう。

 

『うるさい。少し黙れ』と。

 

 最初に俺が作っていた厳しい先生キャラの時ですら、全くイチローは怖気づく事も無く俺に向かってきていた。申し訳ない事だが、他の子供達は皆涙目だった筈だ。

 まったく、末恐ろしいガキだ。一体、中学に入ったらどうなるのだろうか。

 俺のように変な方向に進まない事を祈るばかりである。

 

そしてもう一人。俺の視界にやたらと映る生徒が居る。

ソイツは元気の塊のような一郎の隣で、いつも静かに笑っている。

加えて、俺の厳しい教師路線を変更させるに至った生徒。

 

篠原 敬太郎。

こっちは瀬川一郎と違って、決して元気のいい子供ではない。どちらかと言うと真面目な優等生路線を突っ走ってると言える。

 敬太郎は俺が赴任してきた時には既に “居てくれるとかなり助かる生徒”で教師達の中では有名な生徒であった。

まぁ、確かに敬太郎はよく動くし空気は読めるし、本当に居てくれて助かっている。クラスの学級委員長も、なりゆきではあったが進んで引き受けてくれた。

 

 そう、敬太郎は本当に空気を読んでくれる。気の遣い方が大人のそれと同じレベルなのだ。そう、ただ単に目立ちたがり屋なそこらのガキとは大違い。

まぁ、普通の子供にソレを求めるのも酷というものだろうが。

 

 だからだろうか。

 

 何故か俺はコイツと一緒に居ると凄く落ち着く。小学生相手に(しかも生徒)一緒に居ると落ち着くというのはおかしい話だが、事実一緒に居て落ち着くのだから仕方がない。

 そんな敬太郎は真面目なわりに算数が爆裂苦手で、よく俺と昼休みや放課後残って勉強している。

 本当は他の仕事もあるし、こんなに一人の生徒にかまっている時間もないのだが、不思議な事に俺はこの敬太郎と過ごす時間を面倒だとは欠片も思わなかった。 

 むしろ楽しいとさえ思う。

 そして、敬太郎と一緒に居ると、無駄に懐かしい気分にさせられる。あまり上手くは言えないのだが、10年前に死んでしまった幼馴染と一緒にいた時間を彷彿とさせるのだ。

 

それに。

 コイツのたまに見せる表情が、どうも小学生が見せる表情とはかけ離れた時がある。

 何かを懐かしむような、悔やむような、もどかしいような、

 

そして、何かを耐えるような。

 

 そんな、様々な心情が交り合ったような何とも形容し難い顔をする時があるのだ。

 そんな表情を見た時、俺はいつも死ぬほど心臓がうるさく鳴り響くのを抑えられないでいる。

 この、ただの小学生である、篠原敬太郎という少年に心を酷くかき乱されてしまう。

 

『いちろう!』

 

 敬太郎がイチロー……瀬川一郎と二人でじゃれて、笑って、そして名前を呼んでいるのを聞くと、いつも俺は昔の自分を思い出す。俺が呼ばれている訳ではないのはわかってる筈なのに。

 

『なぁ、いちろう!』

 

 敬太郎が呼んでいるのは俺じゃない。

 俺じゃないのに、俺はいつも勘違いしてしまう。

 俺が“アイツ”に名前を呼ばれているよな……そんな甘い勘違いを。

 

 重症だ。自分で自分が制御しきれていない。馬鹿だとさえ思う。

 ふっきれたと思っていたのに。俺はまだアイツの事を引きずっている。

 

 もう、十分すぎるほど、泣いたと思ったのに。

 

 

 

                    ◇

 

「………はぁ」

 

 俺は気だるい体を引きずりながら風呂からあがると、居間でテレビを見ている母親の横を通り過ぎた。

やばい、ちょっと考え込みすぎて、のぼせたかもしれない。体が異様に熱い。フラフラする。

 

「あ、風呂上がったんならお湯落としてきてよー」

「……言われなくても落としたっつーの」

 

 ビール片手に俺を見上げてくる、以前よりずいぶん老けた母親に投げやりに言うと「掃除もしてよー」というとんでもない言葉が母の口から飛び出してきた。

 のぼせてフラフラしてる現在の俺の状態で掃除なんかしたら、漏れなく風呂場でぶっ倒れるであろう。

 

「……明日、仕事休みだから。昼間やっとく」

 

 そう、大人しく言った俺は本当に成長したと思う。

いや、本当に、大人になった。

そんな風に自画自賛せねばやっていられない。

 

“大人”になんか、出来ればなりたくもなかった。

 

「絶対だからねー」

「おう、とりあえず……俺、もう寝るわ」

「はいはい、おやすみぃ」

 

 軽く背中越しに手をふる母親に、この人は昔から変わんねぇなと自分の親ながら感心する。

 今年で50歳だっただろうか。

時間が経つのは速い。本当に。俺自身が置いていかれそうだ。

 

 俺はぼんやりとした足取りで自分の部屋に向かうと、事前に床に引いておいた布団に勢いよくダイブした。布団が、ひんやりとして気持ちがいい。

 

 このまま本当に寝てしまおうか。

 

 俺がそう思った時だった。

 視界の片隅。俺の机の上に置かれた白い原稿用紙の束が、俺の目に入った。

 

「……作文、か」

 

 それは、俺が今日生徒達に書かせた“友達について”というテーマの作文の山だった。

 皆一様に一生懸命書いていた、あの教室での姿を思い出すと、俺は自然と表情が緩むのを感じた。

 

「読みながら寝るか……」

 

 作文を読むくらいなら、布団に入りながらでも読める。

 丁度いい。眠る前に少しでも読んでおこう。

 

そう思い、俺はのそりと起き上がると机の上に置かれた作文の束を手に取った。そして、また布団の上に座りこむ。

 俺は、こう言うの読むのは意外と好きだったりする。

 文章ってのは書いた人間の本質がでるからだ。生徒の事を理解するのに、これほど最適なツールもないだろう。

 

「さーて、誰のから読むかなー」

 

 俺はそう言いながら自分が誰の作文を探しているのかわかっていた。普通に一番上にある作文から読めばいいのに、俺はそれをしない。

 読みたい奴の作文がある。もっと本質を知りたい奴が居る。

 

「お、あった。あった」

 

 俺は丁度束の真ん中あたりから出てきたお目当ての作文に、少しだけテンションが上がっていくのを感じる。

 

篠原 敬太郎

 

 俺は敬太郎の作文を手に取ると、ニヤリと口角をあげる。一体、どんな内容を書いているのだろう。何について、どんな言葉で書いているのだろう。

 ゴロンと布団の上に寝転がった俺は、敬太郎の独特な字で書かれた文章に目を通す。

 

一言一句。読み飛ばすことなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、読み終わった時。

 俺は、また自分の弱さに笑いがこぼれてくるような気がした。

 まぁ、実際にこぼれたのは笑いではなく

 

 

 涙だったが。

 

 

もう、死ぬほど泣いたと思ったのに。

もう、自分は“大人”だと思ったのに。

一人で、しっかり立って歩いて行ける、強い人間になれたと思っていたのに。

俺は一人、だれも居ない部屋の中で、あの時のように涙を止める事ができなかった。

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