その12:拒絶されてみたものの

 

 

俺がまだ、今よりずっと小さかった頃。

俺がまだ、家族を泣かせてばかりだった頃。

俺がまだ、お前を“お前”と認めていなかった頃。

それでもお前は笑って俺の傍に居てくれたよな。

 

イチロー。

 

あの作文は、一郎とイチロー、二人に向けて書いたんだ。

嘘じゃない。本当だよ。

 

 

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その12:拒絶されてみたものの

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「ちぇー!ちぇー!!!」

「もういい加減にしろよ。イチロー」

 

 俺は教室中に響き渡るイチローの怒声に、朝からめんどくさい事になったと溜息をついた。周りでは俺に対して怒りまくるイチローに、近寄って来はしないものの皆一様に様子が気になるようでチラチラと俺達の事を伺っている。

 

もう、本当に朝から面倒である。

 

「俺は怒ってんだからな!謝ったって許さないぞ!」

「金曜日からそればっか……」

 

 はぁ。

 俺はまた深いため息をつくと、背負っていたランドセルを机に下ろしランドセルの中身を机の中に入れていく。こうなったイチローには何を言っても無駄。面倒臭いだけだ。

 そんな俺の態度が気に食わなかったのだろう。イチローは勢いよく俺の頭を叩くと、眉間に皺を寄せた表情で俺の事を睨んできた。

 叩かれた頭がズキズキと痛む。

 

「ったー……イチロー、マジでいい加減にしろよ!」

 

 さすがの俺も堪忍袋の緒が切れた。俺も俺で机を勢いよく叩くと、同じようにイチローを睨みつけた。

 そんな俺に対し、イチローは一瞬、腰の引けたような表情を浮かべたが、すぐに勢いを取り戻し再度俺の頭を叩いてきた。ゴツンという小気味の良い音が教室中に響く。周りのクラスメイト達の視線が一気に俺達に集まった。

 それもそうだろう。イチローが手にしていたのは、ランドセルに刺してあったリコーダーである。

 

………痛い。本当に月曜の朝から勘弁してほしい。

俺はジクジクと痛む頭を手で押さえると、頭の上から今までとは更に大きな声で叫ぶイチローの声が俺の鼓膜に響き渡った。

 

「もう、けーたろなんか知らん!!これから絶対けーたろとは口きかない!!話しかけんな!」

「口きいてんじゃん」

「……………………」

 

 つーん。

 そんな擬音が聞こえてきそうな表情でイチローは俺から顔を逸らすとそのままガタガタとわざとらしい音を立てながら席に着いた。

 あぁ、もう勝手にすればいい。俺はもう知らない。放っておけば、そのうち機嫌も治るだろう。

 俺は特に気にすることなく未だに少し痛む頭を撫でながら、ゆっくりと席に着いた。

 

 何故、イチローがこんなに怒っているのか。原因はあの作文を書いた金曜日の4時間目まで遡る。

 あの日、作文を書き終わった俺は、書いた作文を読ませろとうるさいイチローを無視してそのまま一郎に作文を提出したのだ。

 

そう、ただそれだけ。

 

 本当は俺も見せてやるつもりでいた。しかし、書き終わってみればどうにもこうにも内容が恥ずかし過ぎて、見せる事ができなくなってしまったのだ。

 書いてる時はテンションが高かったが、冷静になって読んでみればどうという事はない。

 とんでもなく恥ずかしい文章の出来上がりだ。

 イチローの事を書きながら、どこかで一郎に事を想いながら書いたのが、そもそもの間違いだった。本当に恥ずかしいったらない。

 

 しかし。

 だからと言って書きなおす気力も時間もなく、前で読ませろとうるさいイチローを無視して俺は作文を提出した。

 本当に、たったこれだけの事でイチローはあの日から約3日間、俺に突っかかっては怒り散らかしてきた。どれほど俺の作文が読みたかったのかは知らないが、どうにもしつこすぎる。

 

こっちだって謝った。かなり謝った。それ以上、俺は何をすればいいのだ。

これ以上は、勘弁してほしい。

 

 俺が再び溜息をつこうとした時。入口から出席簿を持った一郎が「席につけー」と若干眠そうな目で教室に入ってきた。

 その瞬間、一郎と俺の目がバッチリ合った。何故か、ジッと見られる俺。何故か顔が熱くなる俺。あぁ、一郎のせいで作文の文章を思い出してしまったではないか。

 俺は無駄に熱くなる顔を隠すためにとっさに机に向かって頭を下げた。

 

だが、感じる。一郎からの突き刺さるような視線。

さすがにあの作文は表記が“一郎”であるためメッセージ性が強かったか。

俺が作文の事を酷く後悔しながら俯いていると、いつの間にか一郎からの視線はなくなり朝の出欠確認が行われて始めていた。

 

その後、つつがなく朝の会を終え、1時間目の理科の時間を迎えた。何でも今日は実験をメインでやっていくとの事で、そのまま俺たちは理科室へと雪崩こむ事になった。

 もちろん、理科室に行く途中、イチローは俺に近寄って来る事もなければ話しかけてくることも無かった。だがしかし、出席番号順で席順が決められている現段階では、実験も班活動の一環として行われる。故に、俺とイチローは言わずもがな同じ班だ。

 接触しないようにするなんて、この1時間だけですら無理な話だ。

 

「………はぁ」

 

 面倒だ。本当に面倒。

 俺はイチローが他のクラスメイトと楽しそうに話す後ろ姿をぼんやりと眺め、気分が重くなるのを感じながら、クラスメイト全員を教室から出した。

 教室の鍵閉めは学級委員である俺の仕事。特別教室の鍵開けの仕事はもう一人の学級委員の仕事である。

 

 そう自分たちで分担した。

 

 だから俺は皆が教室から出終わったのを確認して施錠をしていると、突然背後から勢いよく頭を撫でられた。

 

「っひ!!?」

「おう、敬太郎。お前、イチローと喧嘩でもしたのか?」

 

俺が勢いよく振り返ると、そこには理科の教科書を片手に、こちらを見下ろす一郎の姿があった。ぼんやりしてたせいで、俺は本気の悲鳴を上げてしまった

 俺は驚いた自分に羞恥を覚え、しかもそれが一郎にバレるのが嫌で、なんでもないフリをしながら教室の鍵をかけた。

 

「……別に、喧嘩ってほどのものじゃないよ」

「にしては、お前ら二人の空気……つーか特にイチローか。もう、どんよりしてんぞ」

「イチローが怒ってるのは確かだけどね」

 

 もう完全に敬語など使っていないが、一応俺も普段は敬語を使っているのだ。こうして二人だけの時は敬語なんて使ってやりはしないが。

 

「へぇ。まぁイチローとお前の事だ。すぐ仲直りするだろ」

「もう3日間はずっとあんな感じだけど」

「3日か。けっこう長いな。で、原因は?」

「別に。たいした事じゃない!もう、その事は気にしなくていいから!」

 

 俺はどうしても一郎に作文の事を話したくなくて、少しだけ不機嫌さを込めて一郎に向かって叫んでいた。しかし、そんな俺の気持ちなど知ってか知らずか、一郎はどこかニヤリと口角を上げながら、俺の頭の上に置いていた手でポンポンと頭を叩いてきた。

 

「まぁ、そうだよなー?お前とイチローはどんな事があっても仲直りできるんだもんなぁ?」

「っ!??」

 

 そう一郎の口から出てきた言葉は、紛れも無くあの、俺の書いた作文の内容で。俺はその言葉を聞いた瞬間、体が沸騰するんじゃないかというくらい、体中の体温が上がるのを感じた。きっと顔なんか真っ赤になってしまっている事だろう。

 

「うっさい!うっさい!」

「うお、そんなに恥ずかしがる事じゃねぇだろ?」

「黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!」

 

 面白そうに俺を見てくる一郎に俺はもうムキを通り越して訳のわからない衝動に突き動かされながら一郎に食ってかかった。それでも尚、一郎は「いい作文だったぞー」と笑いながら俺の羞恥心を煽って来る。

 

 もう最悪だ。真っ赤になって怒っても、一郎はただ笑うだけ。もう、本当に月曜から……疲れる。俺は笑う一郎に向かって必死に「もう黙れ!」と叫び続けていた。

 だから気付かなかった。先に教室を出ていたイチローが、不機嫌そうな顔で俺の事を見ていた事に。

 

                   ◇

 

 

「おーし、今日は火を使う実験だから気をつける事。絶対マッチでふざけるなよー」

 

 教室前でのなんやかんやを終え、俺はやっと本題である理科の実験室へとたどり着いた。そうして、一郎の先生らしい注意と説明を受けた俺たちは早速実験へと取り掛かかろうとしていた。

 まぁ、当たり前と言えば当たり前だが、その間イチローが俺に話しかける事もなければ俺の事を見てくる事など一切ない。それどころか、いつもは俺の隣をすぐに陣取ってくるイチローが、俺から一番遠い席を一番先に取って座っていた。

 これは本気でイチローも怒っているらしい。本当に今回のはどうしたらいいのか、俺でもわからない。

 とは言っても、実験はしなければならないので一郎の指示の通りに動き出す。

 班は全部で5班。1班がだいたい5人~6人。

 

「えっと、最初にアルコールランプを「俺アルコールランプに火ぃつける!」

 

 実験が始まった途端、俺の言葉などまるで聞こえてませんと言うようにイチローがアルコールランプに手を伸ばした。その時、俺はいつもの癖でイチローに向かって口を開いていた。

 

「おい、イチロー。やけどしないようにちゃんとしろよ」

「……………」

 

 俺の言葉にイチローはチラリと俺の事を視界に映す。

 しかし。

 

「ねぇ、マッチ取って!」

 

 華麗な程に無視された。

 イチローは本格的に俺を視界から外すと、俺の隣に居たクラスメイトに向かってマッチを取るように声をかけてきた。

 その一連の動作に俺の隣のクラスメイトも、同じ班の他のクラスメイト達も一様にやりにくそうな表情で班の中で顔を見合わせる。しかし、それもイチローの「早くー」という催促の言葉で、各々小さく動き出した。

 

 班の皆、本当にどうもすみません。

 

 俺は班の中に広がる妙な重い空気に、心の中で謝罪するとまた小さくため息をついた。今は、お互い関わらない方がいいのかもしれない。

 そう俺が小さく自分の胸に決意したのも束の間。

 

パリン!

 

 そんな乾いた音が俺の耳に響いてきた。しかも、イチローの方から。

 

「ちょっ……イチロー!」

「ってー」

 

 俺は勢いよくイチローの方へ駈け出すと、そこにはアルコールランプを落として、見るも無残な姿にしてしまったイチローの姿があった。しかも落とした衝撃で少し指を切ってしまったようで、イチローの手からは小さな血の玉が出来上がっていた。

 

「おい、大丈夫か?イチロー?」

「………………」

 

 俺がそうやってイチローに問いかけるものの、やはりイチローは無視。それどころか、切った手のまま、素手で落ちたガラスの破片を拾おうとしている。

 

「おい!危ないからやめろよ!お前はまず手を」

「うるさいっ!!」

 

 また怪我するだろうと、破片に手を伸ばしたイチローの手を俺が掴んだ時。

 イチローは俺の手を勢いよく払いのけると、そのまま俺の体を勢いよく突き飛ばしてきた。そんな予想外の衝撃に俺は思わず勢いのまま後ろに倒れ込むと、尻もちをついたまま俺を押したイチローを茫然と見上げた。

 

 その時見たイチローの目に俺は一瞬、背筋が凍るかと思った。

 

 同じだったのだ。

 

「お前!いちいちウゼェんだよ!?」

——–お前、ウゼェんだよ

 

「っ!?」

 

「いつまでも幼馴染だからってくっついてくんな!」

——–いつまでも幼馴染だからってくっついてきてんじゃねぇ!

 

あの時と。

 

「もう俺に……近付くな!!」

——-わかんねぇのか。恥ずかしいんだよ、お前。

 

 あの、時の……一郎の目と。

 同じだ。

 拒絶された。俺はまた……拒絶されたんだ……。

 

 肩で息をしながら怒りの籠った目で俺を見下ろしてくるイチローに、俺は少しだけ呼吸がしにくくなるのを感じていた。そして、少しずつ、少しずつ……視界が歪んでいく。

 

 苦しい、苦しいよ。

 あんな想いはもうたくさんだ。

 あんな毎日は、もう、たくさんだ……。

 

 その視界の歪みが、俺の涙でゆがんだものだったのか、それとも意識を失う上で歪んでいくものだったのか、俺には理解できなかった。しかし、苦しくなっていく呼吸の中で最後に俺が見たのは。

 

何故か、俺より苦しそうな表情をしているイチローだった。

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