その17:痛みが増したものの

 

 

トマトなんか絶対食べないと、キミは言った。

けど、大きくなったキミはそれを当たり前のように食べる。

それは俺の知らない10年の間に起こった変化なのだと、俺は知っている。

 

トマトなんか絶対に食べないと、キミは言った。

そう、本当は大好きなのにキミは食べれないと嘘をつく。

それは俺の為に吐いた嘘だと、俺は知っている。

 

 

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その17:痛みが増したものの

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頭が痛い。

 

「いただきまーす!」

 

 俺はクラス全員の「いただきます」の声に、自分の頭がズキリと痛むのを感じると、少しだけ眉をしかめた。現在、5年2組は給食の時間である。

 俺の前には子供の健康を考えられて作られた豊富な食材を使った食事が美味しそうに並んでいる。しかし、今の俺にとって、ソレは食欲を刺激するものではなかった。

 逆に、食べ物の匂いが胃を刺激する。気持ちが悪い。あぁ、これは完全に風邪をひいたに違いない。

 俺は微かに疼く自分の頭を恨めしく感じると、ハァと小さくため息をついた。

それもこれも、昨日雨の中、傘を使わずに外で遊ぶと言ってきかないイチローに付き合って、ずぶ濡れになりながら外を駆けまわったせいだろう。

 まったく、どうして子供と言う生き物はあぁ無駄に濡れたがるのか、不思議で仕方がない。

 俺は昨日のいつも以上にテンションの高かったイチローの姿を思い出すと、更に溜息が出る思いだった。あぁ、不条理だ。

 

「腹減ったー!きょう、絶対おかわりするー!」

「…………」

 

 それもその筈。昨日、率先して外を駆けまわって居たイチローは、現在俺の隣で嬉しそうに給食に舌鼓をうっている。

 何故、あんなに濡れ鼠になっていたイチローはこんなにピンピンしてるのに、一応傘をさして外に出ていた俺はこんなに頭が痛むんだ。不条理過ぎる。

 

「あれー?けーたろ、食べないのー?」

「……食べるよ」

 

 俺は隣で俺の顔を覗き込んでくるイチローに素っ気なく答えてやると、目の前にある給食へと手を伸ばした。隣で給食を食べるイチローのクチャクチャ口から発せられる音が非常に不快だが、もう注意する気力も無い。

 普段は前後の席に位置する俺とイチローだが、給食は机を動かして班を作って食べるため、イチローが俺の隣になる。これは、あの理科の実験を作る際の班と同じメンバー構成だ。

 

 にしても。

 クチャクチャ、クチャクチャ

 

「う、まいー!」

 

 あぁ、もう。耳元でうっとーしい。

 俺が痛む頭の片隅で、そう叫んだ時だった。

 

「おら、イチロー。お前、口は閉めて食え!口の中が丸見えで気色わりぃだろーが!」

 

 俺の願いが通じたのか、それとも同じ思いを抱いていたのか。多分に後者であろう、俺達の班に椅子を持ってきて給食を共に食べていた一郎がイチローへと眉をしかめながら注意した。

 

 口は閉めて食べろ。

 なんて言って、現在は偉そうに注意している一郎ではあるが、実は一郎も小学生の頃、よくクチャクチャ音を立てて飯を食べる事で、母親によく怒られていた男だ。まぁ、さすがに25歳の教師となった現在はきちんと口を閉じて食事ができるようになっているようだが。

 

「口ー?閉めてたべてるよー?」

「嘘つけ!そんなクチャクチャ音させて食べといて、何言ってんだ!きちんと口は閉じて食べなさい!」

「とじてるもん!」

 

 隣で繰り広げられる、下らない不毛な言い争いに同じ班のクラスメイトも、隣の班のクラスメイトも苦笑気味である。

 そう言えば、何故、俺の給食の班の中に一郎が共に加わって居るのか。

普通ならば一郎は給食を食べる場合、窓際の一番前にある教師用の机で食べるのが普通なのだが、これにはある理由があった。

 

 それは、一郎が教師のキャラを変えて数日が経ったある日。普段はクラス全員対自分と言う立ち位置でしか交流が図れない生徒と自分の現状を変えるべく、一郎が発案した給食時間制度だった。

 まぁ、制度という程堅苦しいモノではなく、要は一郎が給食の際、毎日各班を回りながら一緒に給食を食べるというものだ。その為、どの班も週に1回は必ず一郎と一緒に喋りながら給食を食べる日があるという事である。

 一郎にしてはなかなか先生らしい制度を考えるもんだと、それを聞いた時の俺は思ったもんだ。ちなみに、俺は前の日にその制度を導入しても大丈夫かどうか、何故か一郎に相談された。

 

『……こういうの考えてんだけど、敬太郎、お前どう思う?』

 

 そう言って真剣な目で俺に相談を持ちかけてくる一郎に、俺は「大人のくせに……」なんて思いながらも「いいと思うよ」と笑顔で背中を押してやった。まさか、子供にこう言う事を相談して来るとは思わないだろ、普通。

 そんな感じで導入された給食時間制度により、一郎は現在俺の班に来ているわけだ。

普段は、教師として教壇に立つ一郎とこうして近い距離で話ができるのはなかなかに良い時間だと思う。

 普段、大人しいが故に余り交流の図れない生徒も、ここまで距離が近いと気軽に一郎と話ができているようなのだ。

 本当に、良い時間である。

 まぁ、普段ならそう思うのだが。

 

「口しめて食べてるもーん!せんせーだって口開きっぱなしじゃん!」

「いや、先生は完璧閉じてるだろ!?なぁ、敬太郎?」

 

頭が痛い。

俺は突然俺に話を振ってきた一郎に、頭の痛さから瞬時に反応できないまま、視線だけ一郎に向けた。

 

「敬太郎?お前大丈夫か?」

「……大丈夫です」

 

 俺の様子が普段と違う事に気付いたのか、先程までイチローと軽口を叩いていた一郎が心配そうに俺の方を見る。そんな一郎に俺は再び大丈夫と言うとソロソロと給食を口に運び始めた。食欲はないが、さすがに全く食べないなんてのはせっかくの給食に申し訳が無い。

 俺は少しだけ感じる一郎の視線を無視しながら、黙々と食材を口に運ぶ。

 

 あ、今日のサラダ、トマト入ってる。

 俺がそう思った時。

 

「けーたろ!」

「…なに、むぁ」

 

 イチローの呼び声に俺がイチローの方へ顔を向けた瞬間。

 俺の口に無理やりフォークに刺さったトマトが押しつけられてきた。

このフォークはさっきまでお前が口の中に突っ込んでいたモノではなかろうか。なんて突っ込みさえも、口にトマトを詰め込まれた俺には無理な芸当であった。

 

「どーぞ!」

「……むぐ」

 

 俺の気分の悪さなんて知りもしないで、イチローは俺の口にトマトを押しつけると、フォークを勢いよく抜いた。そんなトマトを俺は咀嚼するしかなく、そのまま何も考えずに喉の奥へと押し込めた。

 

「おい!イチロー!何やってんだ!いきなり口に突っ込むなんてあぶねぇだろーが!」

「ったい!」

 

 

 そんな俺の隣で、事の成り行きを黙って見ていた一郎が勢いよくイチローの頭を叩いた。

そりゃそうだろう。イチローにとってはいつもの事でも、傍から見ればただの行儀の悪い、しかも危ない行為に過ぎないのだ。

 

「だってー!俺トマト嫌いなんだもん!」

「はぁ?」

 

 俺は当たり前のように「トマトが嫌い」と口にするイチローに、今まで痛んでいた頭が更に痛むのを感じた。あぁ、ズキズキする。

 

「お前なぁ、嫌いだからって、何でもかんでも人に押し付けるな!好き嫌いしてるとデカくなれねーぞ!」

「なれるもん!俺、せんせーよりでかくなる!」

「どうだか。先生もな?昔、お前みたいにトマトが食べれなかったけど、今はこうして頑張って食えるようになったからこんなにデカくなれたんだぞ?ほら、見てみろ」

 

 そう言って、皿に乗せられたトマトを口に入れる一郎に俺は少しだけ体が固まるのを感じた。

 一郎、トマト、食べれるようになったのか。その瞬間、過去の懐かしいやり取りが俺の頭を掠める。

 

 

『なぁ、敬太郎!このトマト食って!頼む!』

『またぁ?いい加減トマトくらい食べれるようになれよ』

『こんなもん一生食えるか!』

『おいしいのになぁ』

『いーから!お前は黙ってトマトを食え!』

 

 ズキリ。ズキリ。

 あぁ、頭が痛い。

 

「俺は牛乳飲むからいーもん!」

「おい、そんな事言ってっと、明日の家庭訪問の時お母さんに言いつけるぞー。イチロー君は好き嫌いが多いので、家でもどんどんトマトを出してあげてくださいってな」

「ダメ!絶対言ったらダメ!」

「どうしようかなぁ?」

「食べるから!今度から絶対食べるから!だから先生!お母さんには言わないで!」

 

 隣で必死に叫ぶイチローの声が聞こえる。その声が、また俺の頭をズキリとさせる。

あぁ、そう言えば俺も明日は家庭訪問だった。イチローの家の後、そのまま俺の家に一郎が来るって順番だったな。

 ぼんやりとそんな事を考えながら、俺が更に盛りつけられた真っ赤なトマトを見ていると、またしても一郎の心配そうな声が俺に向かって響いてきた。

 

「おい、敬太郎。お前、本当に大丈夫か?具合でも悪いんじゃないか?」

「本当に、大丈夫ですから」

「けーたろ?どっか痛いの?」

「ううん、大丈夫」

 

 そう言って、そろりそろりとフォークでトマトを突き刺す。

 一口で食べるには少し大きいそれを、俺は一気に口へ運ぶ。

 

 トマト、食べれるようになったんだな。

 

 

ズキリ。

 

ズキリ。

 

少しずつ痛みの増す頭に、俺は少しだけ目を閉じると、そのまま咀嚼された生ぬるいソレを一気に飲み込んだ。

 あぁ、頭が痛い。

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