その27:思い出探索に向かったものの(1)

 

あの日見ていたもの。

当たり前のようにあったもの。

大きく、広く、そして全てが輝いていた故郷。

 

 

あぁ、10年の月日は、それら全てを呑みこんでしまったようだ。

 

 

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その27:思い出探索に向かったものの(1)

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「いやぁ、今日は晴れてよかった、よかった!」

 

そう言って俺の隣で機嫌よく車のハンドルを握るのは、いつも学校に居る時よりはかなりラフな格好をした一郎だった。

Tシャツにジーンズ。

いつも気崩してはいるものの基本形態がスーツの人間のそういった格好は、何か目新しいモノがあり、いつのまにか俺はジッと隣に居る一郎を見上げていた。

あぁ、しかも当たり前だけど車なんか運転するようになって。

一郎は本当に“大人”になってしまったんだな。

 

そんな俺の視線に気付いたのだろう。

 

「おい、どうした?何か俺の顔についてんのか?」

 

一郎はちょうど赤で車が止まったのをいいことに、視線を前方から俺へと移し、ニコニコとご機嫌な様子で俺を見てくる。

 

今日の一郎はいつにも増して変だ。

なんだか、妙にテンションが高い気がする。

無理しているような、そんな違和感を覚える。

 

「ううん、別に」

「なんだよー。気になるだろ?なんで見てたんだよ?」

「いやいや、大した意味ないから!先生、自意識過剰なんじゃないの?」

 

俺はいつものようにグシャグシャと俺の頭を撫でてくる一郎から逃れるように暴れながら、懸命に一郎から離れようと車のドア側に寄った。

まぁ、そんな些細な反発もこの狭い車の中では何の意味ももたなかったが。

 

「ねぇ、先生。今日はどこに行くの?」

 

俺は青になってようやく俺の頭から手を離した一郎に向かって、本日何度目になるかわからない質問をした。

 

「だから、着いてからのお楽しみだってさっきから言ってんだろ?」

「だって、気になるよ。やっぱり」

「それがいーんじゃねぇか。行き先はお楽しみにとっとけ」

 

俺は全く行き先を言おうとしない一郎に、ひとつ溜息をつくとゆったりと過ぎ去っていく窓からの景色に目をやった。

一体、一郎はどこへ俺を連れていく気だろう。

 

あの日。

俺が一郎と夏休みの宿題を取りに行った日。

一郎は俺に言った。

 

『1日、1日だけでいい。イチローと遊ぶ時間を、俺にくれ』

 

その言葉に俺は思わず頷いていた。

その後、俺と一郎の間には一つの約束が交わされたのだ。

 

夏休みの初日。

午前9時。

小学校の裏の公園前集合。

 

本来ならば、教師である一郎が俺のようなイチ生徒と個人的にこのように行動を共にすべきではない筈だ。

しかし、一郎はそれを承知の上で、俺とこうした約束をとりつけてきた。

故に、集合場所は学校ではなく学校の裏の、普段は誰も利用しない小さな公園を選んだのだろう。

 

今日この日、一郎にとって大事な“何か”があるのは間違いない。

ただ、俺にはそれがわからない。

 

「先生。どこに行くかは知らないけど、俺、6時までに家に帰らないといけないからね。お母さんが帰ってくるから」

「はいはい、心配すんなって。先生にまかせろ」

 

そう言って笑う一郎に、俺は本当にわかってんのかと問いたくなった。

が、結局今の俺がどう言っても、既に車は俺の住んでいる見慣れた街から遠く離れた場所に来てしまっているため、どうしようもない。

 

「先生さ、こうして俺と二人でどっか行ってるのが誰かにバレたら、また教頭先生に怒られるんじゃないの?」

「んー、怒られるっつーより、まぁ、バレて問題が大きくなったら、先生また違う学校に飛ばされちゃうかもなぁ」

「はぁ!?」

 

俺はあっけらかんとした口調でとんでも無い事を言いだす一郎に、声が裏返りながら目を見開いた。飛ばされるって。

 

 

「先生、飛ばされるって学校から居なくなっちゃうって事?」

「んー、まぁそう言う事。それに先生前科持ちだからなぁ。ま、バレなきゃいいんだって!心配すんなよ?敬太郎!」

 

そう言ってチラリと俺を見てくる一郎に、俺はまたもや背中にゾクリという懐かしい感覚が走るのを感じた。

 

(バレなきゃいいんだって!心配すんなよ?敬太郎!)

 

そう、一郎が俺に言った事が、ずっと昔に、何度もあった。

二人で何かやらかす時、一郎はいつも俺にそう言って笑っていた。

 

小学校をさぼって町に遊びに出た時も。

修学旅行の夜、外に抜け出すのが成功した時も。

卒業式を二人一緒にボイコットして教室に豪華な飾りつけをした時も。

 

一郎はそうやっていつも俺の事を引っ張っていろんな所へ連れて行ってくれた。

今の一郎は、あの時の一郎と同じ目で、俺を見ている。

俺は笑って俺の方を見てくる一郎に、胸の内に少しだけ募っていた、ある考えがまたしても大きくなっていくのを感じた。

 

(一郎は、俺が“森田 敬太郎”である事に気付いているのではないだろうか)

 

俺は最近ではいつも自分の脳内に横たわっている、そのあり得ない想像に、いつの間にか拳を強く握りしめた。

 

「ねぇ、先生」

「ん、どーした?」

 

(先生は、一郎は、俺の事“知ってる”の?)

 

俺は瞬間的に頭の中に浮かんできた言葉を口の中で噛み殺した。

 

あり得ない。

 

普通に考えて、今の俺の状況はあり得ないものだ。

そんな事に、一郎が気付くはずがない。

妙な期待をするな。

俺は、もう昔の自分を捨てると心から誓ったのだ。

俺が昔にこだわればこだわる程に、俺は周りの人間を傷つけてしまうから。

 

なのに、今もこうしてあり得ない考えを自分の頭に巡らせ、一郎に無責任な期待を抱いてしまっている。

 

本当に、一郎にとっても迷惑な話だ。

それにたとえ、100歩譲って一郎が俺の事にうすうす勘付いていたとしても、俺はそれを期待しちゃいけない。

 

俺は、もう、今は篠原 敬太郎、なのだから。

 

「んーん。何でも無い。今日は絶対に学校の人に会わないように気を付けないとなって思っただけ」

「だな。ま、バレねぇって。学校から結構離れたとこに行くし」

「へぇ、そんなに離れたとこまで来てたんだ」

「そこまで遠いわけじゃねぇが、もしかしたら、敬太郎も知ってる場所かもしれねぇぞ?」

「俺の知ってる場所?ねぇ、やっぱり気になる!どこ行ってんの?」

「だから秘密だって。ほら、もうすぐ高速出るぞ。出たらちょっと寄るとこあっからな」

 

一郎の言葉通り、車は走っていた高速を抜け、そのまま一般道路へと出た。

店や家が多くなった通りを、俺は車の窓から見渡した。

少し行った場所には大型ショッピングモールがあるらしく、夏休みという事もあり大量の車がそこへ向かっているようであった。

 

「へぇ。こんなにおっきな店があるんだ。凄い込んでるね」

「ま、それが出来る前はここらへんはずーっと田んぼだったんだけどな。昔はよくここで遊んだもんだぜ」

「田んぼ?」

 

俺は一郎の言葉に勢いよく今走ってきた道の脇にあったショッピングモールを振り返った。

ここが、昔は田んぼで、一郎がよく遊んでいた場所。

俺は離れていく大きな店をジッと目で追った。

その瞬間、俺はショッピングモールの周りにある家や通りの形から一気に記憶が蘇ってくるのを感じた。

 

ここは、俺の前世の地元だ、と。

 

「ねぇ、あのでっかいお店って、いつ頃できたの?」

「2年前」

「そっか」

 

2年前にできたと言うショッピングモール。

そのせいで無くなってしまったあの幼いころ遊んだ広い広い田んぼ。

俺はもうその陰りすら残っていない大型商業施設の建つ敷地に、小さく胸が痛むのを感じた。

小さな頃はどこまでも続いていると思っていたあの広い田んぼも、こうして店がたってしまえば、意外と狭かったんだと認識される。

そして、変わったのはあの店だけではない。

ここが俺の昔の地元だと言うなら、俺の記憶に残っているあの小さな田舎町は、10年で大きな変貌を遂げてしまったようだ。

 

こんなところにアパートなんかなかった。

小さな個人商店があった場所には、真新しいコンビニが建っていた。

狭かった舗装のされていなかった道は、今では大きくなって綺麗な道路に変わっていた。

 

そして。

 

「おし、ここが先生の通ってた小学校だ」

「…………」

「ま。他のとこと合併して、今じゃ廃校になっちまってるけどな」

 

 

俺の通っていた小学校は、もう

 

誰も居なかった。

 

「っし、ちょっくら此処に車止めるぞー」

「え!?」

 

俺がショックを隠し切れない中、一郎は何の遠慮も無く、小学校の前にある門の前に車を止めると、一旦エンジンをかけたまま車から降りて行った。

どうやら学校の門を開けて中に入るつもりらしいが、やはりというかなんというか、入口は太い針金のようなものでギチギチに縛られて居た。

しばらく、それと格闘していた一郎だったが無理だと判断したのか、一郎は車に乗る俺の元へスタスタと戻ってきた。

 

「おい、敬太郎。ちょっと今から校庭に入って柴刈ってくんぞ」

 

「………はい?」

 

俺の裏返った声はエンジンの切れた車の中に、間抜けな感じで響き渡った。

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