その28:思い出探索に向かったものの(2)

 

(大好きだ!敬太郎!)

 

そう、机に書かれた言葉。

恥ずかしげも無く書かれたソレに、俺の方が恥ずかしくなったのを今も覚えている。

なぁ、一郎。

あの言葉は今もそうだと、信じてもいいだろうか。

 

 

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その28:思い出探索に向かったものの(2)

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「おーっし、大量。大量」

「先生、これ、何?」

 

 

俺は腕の中いっぱいに持たされた木の枝の山に眉をしかめると、隣に居る芝刈り用のでかい鋏を持った一郎が当たり前のように俺に向かって言い放った。

 

「だから、柴だっつの」

「何で、柴?」

「仏様に供えるもんは柴だって昔から言うだろーが」

「知らないよ」

 

俺は最早つっこむのも疲れて、やっとの事で校庭の、ある拓けた場所まで歩いてきた。

俺の懐かしき母校は、今や廃校となり、子供の気配どころか人の気配すら一切ない。

しかも俺と一郎が昔遊んでいた遊具のあった場所からは全ての遊具が撤去され、代わりにもともと学校の奥にあった大きな木や草がぼうぼうと生い茂っていた。

俺と一郎はその草の山をかき分け、一郎の言う“柴”を取りに草の生え茂るジャングルへ突入したのだ。

 

いや、よくあんな所に果敢にも飛び込んだなと今更ながらに思う。

もう体中、蚊に刺されてかゆい事この上ない。

 

「ふー、にしても懐かしいなぁ。この校庭」

「先生の母校だもんね」

「あぁ、俺はお前くらいの頃、ずーっとここで遊びまくってたんだ」

 

知ってるよ。

お前と一緒に、俺もずっとここでお前と遊んでいたのだから。

俺は改めて見る、自分の通っていた小学校の校庭に、やはり少しだけチクリと胸が痛むのを感じた。

校舎だって校庭だって、あの頃は凄く大きく感じた。

明るくて、大きくて、にぎやかで、楽しくて。

 

全て地元のイベントは此処で行われていたのだ。

それが、今では誰も近寄らない、誰も居ない、ただの寂しい場所になってしまった。

俺はここに来て初めて、自分の10年という生きてきた時間の長さを感じた。

 

「おい、敬太郎」

「……なに?先生」

 

俺がぼんやりと学校を見つめていると、一郎はまたしても何か思いついたような子供の頃の目で俺を見下ろしてきた。

 

「な、その柴ここら辺に置いてさ、ちょっと学校に入ってみないか?」

 

「閉まってるよ。絶対は入れない」

「どうにかなんだろ!ほら、ちょっと先生の思い出に付き合えよ」

 

一郎はそう言うや否や、俺の腕の中にあった柴を地面に置き、自分の持っていた芝刈り用の鋏も投げ捨てると、そのまま俺の腕を引っ張って校舎へと走って近付いた。

勢いのまま腕を引っ張る一郎に、俺は何故か自分が昔の自分に戻ったような錯覚を起こし、いつの間にか口元に笑みを浮かべている事に気付かなかった。

ただ、俺はその時、確かに楽しいと感じていたのだ。

 

無くなってしまった母校。

大きく変わってしまった故郷。

しかし、今この瞬間だけは、あの頃と、あの、一郎と駆けまわっていたあの頃となんら変わりない。

 

そう思えたから。

 

 

            ◇

 

「あっれー。やっぱ開かねぇな」

「ほら、言ったじゃん。だいたい、廃校の学校にそんなに簡単には入れるわけないじゃん」

「畜生、こうなったらガラス割って入るか?」

「馬鹿!何言ってんだよ!」

 

俺は窓に向かって落ちている石を投げようとする一郎に向かってとびつくと、教師あるまじき行為を無理やり止めさせた。

こういう行動力は子供時代に置いてきて欲しかった。

こいつ本当に教師か。

その前に、まず大人か。

 

「あー、くそ。せっかく中入ってやろうと思ってたんだけどなぁ」

「いーじゃん。ここからでも、教室の様子、見れるよ」

 

俺は隣で悔しそうに開かない扉を見つめる一郎に、1階の土間から背伸びをして中の様子を眺めた。

そこは丁度、俺と一郎が小6を過ごした教室で、中の様子はあの頃と全く変わって居なかった。

ただ、真っ暗で、そこには先生の姿も子供の姿もなにもない、誰も居ない。

ただ、それだけ。

ただの、廃墟がそこにはあった。

 

本来ならば、6年生は2階が本来の教室の場所なのだが、部屋の整備により俺と一郎が6年に上がる時は、1階へと教室が移動になったのだ。

 

「懐かしいな」

「…………」

 

隣で目を細めながらそう呟く一郎に、俺は思わず「うん」と言ってしまいそうになる衝動を必死に抑えた。

懐かしい思い出を前に、共有する事すら許されないこの体を、俺はまた小さく悔やむしかないのだ。

 

「昔さ、先生が小6の時な。俺と幼馴染の二人で卒業式さぼった事があったんだわ」

「へぇ」

 

俺は突然隣で話し始めた一郎に、一瞬大きく心臓が高鳴った。

しかし、その気持ちを抑え、極力平常心で教室を眺める一郎を見上げた。

 

「でさ。皆が体育館に居る間、多分1時間くらいかな。俺と幼馴染の二人で、教室を一気に飾りつけし直したんだよ。あの黒板にさ、先生ありがとう!みたいな事書いて。あとは一人一人の机の上にメッセージ書いたりしてな。1学年が少ない学校だったからな。あれは皆けっこう感動してたんじゃねぇかな」

「卒業式、さぼって大丈夫だったの?」

 

俺は一郎の話を聞きながら、同じようにあの頃の事を思い出していた。

ボイコットした卒業式。

卒業式の間、二人で黒板に当時の先生への感謝の言葉を書き。

クラスメイトの机の上には一人一人へメッセージを書いた。

確かに1学年が20人程の小さな小学校だったから出来た事だった。

 

けど、さすがに卒業式をさぼった事はヤバかったみたいで。

 

「大丈夫なわけねぇだろ?最後の最後まで先生に頭ガツンと殴られたよ。あんときはマジで泣いたね」

「っはは!先生泣いたんだ!」

「そりゃ泣くだろ!先生喜ばそうとしてやったのに、あんなに怒られるとは思わなかったんだから!」

 

いや、俺は書いてる最中から怒られるだろうなぁって思ってたよ。

なぁ、一郎。

 

俺は懐かしそうに窓から黒板を眺める一郎を見ながら、俺も教室の中を大きく見渡した。

 

「で、クラスメイトとか先生にはメッセージを書いたけど、俺ら自分達にメッセージがねぇじゃんって思ってさ。俺とその幼馴染は二人で互いの机にメッセージ書いたんだ」

「うん」

 

そう、俺はあの日。

一郎にメッセージを書いた。

別に小学校を卒業したからって、二度と会えなくなるわけじゃない。

というか、この小学校に通っている人間は殆ど皆同じ中学校に進学するのだ。

だから、俺は別に卒業式に何の感慨も抱いてなかったし、その時一郎に書いたメッセージにも大した気持ちを込めて書いたわけではなかった。

 

これからも一郎とは当たり前のように一緒に居るものだと思いながら書いたメッセージ。

なのに、まさかあんな風に一郎と距離が遠くなるなんて思ってもみないじゃないか。

近くに居るのに、あれほど一郎を遠く感じた2年間はなかった。

 

「“中学生になってもずっと一緒に遊ぼうね”」

「………」

「ってさ、俺の机には書かれてたんだ。それ、見た時さ俺、思ったんだよ。何コイツ当たり前の事書いてんだって。もうちょっと気の利いた事、書けねぇのかって」

「…………」

「けど、まぁ。当たり前じゃなかったなぁ」

 

俺は隣で徐々に声が小さくなる、一郎の顔をずっと見つめていた。

小学生だったあの頃。

当たり前だと思っていた事が、中学に上がって全然当たり前の事じゃなくて。

挨拶する事も、名前を呼ぶ事もなくなって。

近くに居るのに離れ離れになった。

 

「前も言ったと思うけど、俺の幼馴染さ、敬太郎っつーんだけど。そいつ、もう死んじまって居ないんだ」

「うん」

「アイツが死んでから俺ずーっと思ってたよ。中学に上がってもずっと一緒に遊んでりゃよかったなぁって」

 

当たり前のように思い描いていた未来が、実は当たり前でないと初めて気付いたあの頃。

 

一緒に遊ぶなんてあたりまえの筈だった。

一郎、敬太郎と名前を呼び合う事だって当たり前の事だった。

一緒に大人になるのが当たり前の事だった。

 

「もっと、一緒に居たかった」

「…………」

 

ポツリと呟かれた言葉に、俺は思わず一郎から目を逸らした。

こんな顔の一郎、とてもじゃないが見ていられない。

 

(もっと、一緒に居たかった)

 

けど、今もお前がそう思ってくれているなら、俺は信じていいのだろうか。

あの時お前から机に書かれていた言葉が、今もそうであると。

 

“大好きだ!敬太郎!”

 

あの言葉を今も“森田 敬太郎”にくれるだろうか。

俺がぼんやりとそんな事を思っていると、隣でしんみりしていた筈の一郎が突然俺の腕を掴んできた。

 

「おし、思い出探索終了!さぁて、柴持ってさっさと次行くか!」

「ちょっ、は!?」

 

俺は既に教室など見ていない一郎に全く付いて行けずにいると、そんな事などお構いなしに一郎は俺の手を引いて進み始めた。

 

「さっさとしねぇと日が暮れるわ!」

「ちょっと!そう言えば結局どこ行くのさ!いい加減教えてよ!!」

 

俺は俺の腕を掴んでズンズン進んで行く一郎の背中を追い掛けながら思わず声を張り上げた。

こんなとこまで連れてきて、柴なんか刈って、挙句に思い出探索などやらかして。

一体一郎は俺と何をしたいのだろう。

俺が大きな、しかし昔と変わらぬ位置から一郎の背中を見ていた時だった。

一郎は地面に置いていた柴を掴んで俺へ押しつけると、先程の教室を見つめていた時のような表情で俺を見下ろした。

 

「線香上げに行く」

「え?」

「敬太郎の家に、今から行くんだよ」

 

そう言った一郎の声が俺の耳に反芻する。

そして、その瞬間、一郎の目は、間違いなく俺を見ていた。

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