その30:あの頃のキミを知ったものの

一人で新しい世界に行った俺。
残された世界で生きてきた俺の両親。
現実を受け入れられず、俺がもがいていた時。

一郎。
お前は現実を受け入れる為に、たった一人、もがいていたんだな。

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その30:あの頃のキミを知ったものの
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「おばちゃん!柴、小学校の所から刈ってきたぞ!これ、敬太郎の仏壇に飾ってくれ!」
「いっちゃん、柴をお供えるのは神棚で、お仏壇には柴はお供えしないのよ?」
「え?」

とりあえず、母さんはあの後、驚きながらも俺と一郎を笑顔で家に招き入れた。
どうやら二人の様子から判断するに、一郎はよく俺の家に来ているようだった。
親しげにお母さんに話しかける一郎の姿は、俺が前世で小学生をしていた時となんら変わらない。

そして、家の中の様子は、まぁ、少し家具の位置が変わったり、新しいモノが増えたりはしているようだが、基本的に俺が生きていた時と殆ど変った様子はなかった。
そう、キョロキョロと家の中を密かに見渡しながら居間に通された俺の隣で、一郎は俺の持つ柴を見て「あー」と残念そうな顔を向けてきた。
先程の会話を聞くに、この柴はどうやら何の意味もなさないようだ。

あれだけ蚊に刺されながら苦労して取ったコイツには、何の用途もないってのか。
なんという徒労だ。

「いっちゃん?あなたもう25歳で、学校の先生なんだから、神棚に供えるものと、仏様の供えるものの違いくらい知ってないとダメでしょう?地域によってお供えするものも、その呼び方も違うから、そのあたりも調べておきなさい」
「……はい」

一郎のヤツ、お母さんに怒られてる。
俺はお母さんにお説教をくらっている一郎の隣で小さく笑いをかみ殺した。

それにしても、お母さん。
昔と全然変わってない。
俺と一郎が子供の頃も、よくこうやって俺も一郎も関係なしに二人一緒に怒られたものだ。
まぁ、怒鳴るような怒り方はしないが、こうやってゆったりとたしなめるように怒るお母さんのお説教は、けっこう効くものがあった。
あぁ、もう二度と同じ失敗はしないぞ、なんて怒られた後は真剣に考えさせる力のある怒り方なのだ。

結局、そんな事を思いながら俺達二人は幾度となく同じ失敗で怒られてきたのだが。

「まぁ、仕方ないわね。今の若い子はこんな事しないだろうし。いいわ、いっちゃん。その柴、飾りましょうか?」
「えぇ?いいよ。ちゃんと仏花買ってくるし!おばちゃん!」
「いいわよ、いいわよ。どうせ敬太郎だって柴だとか仏花だとかわかっちゃいないんだから。なんか木の枝みたいなの飾られたなぁって位にしか思わないわ」

そう言って笑いながら居間の隣にある座敷の仏壇の眺めるお母さんに、俺は苦笑するしかなかった。

確かに、俺はこの柴を見て最初に『何だ?この木の枝』と思ったから。
死んだ後も、こうしてお母さんに自分の頭の中を見透かされるなんて、俺は本当に単純な頭しか持っていなかったんだろうな。

「いい!買ってくる!俺がアイツに馬鹿だと思われるのもムカツクしな。まぁ、もう手遅れかもしんねーけど」

そうグズグズ言いながら、俺の方を見てくる一郎に俺は少しだけ呆れると、この手に持たされている柴をどうしようかと考えた。
そんな俺の気持ちを見抜いたのか、俺達の前に立っていたお母さんが「その柴は神棚に飾るから頂こうかしら」と俺の前に体をかがませて言った。

「いいかしら、敬太郎君、いっちゃん?」
「はい」

俺はお母さんに呼ばれた“敬太郎君”という呼び方に小さな寂しさを感じると、俺はそのままお母さんへ手に持っていた柴の束を渡した。
すると、その隣でそれを見守っていた一郎は突然玄関に向かって歩きだした。

「じゃ、俺、ちょっと仏花買いに行ってくるから」
「あー、そんな。わざわざいいのよ。いっちゃんが買ってくる必要なんかないから」
「いいから、いいから。あの丸祖商店ってさ、確か花屋も入ってたよね?俺、ちょっくら走って買ってくるから」
「じゃあ、俺も」

さすがに此処に俺一人残されるのも状況的に苦しいモノがるため、俺も一郎の後に付いて行こうと後を追うと、俺の頭はまたもや一郎によって勢いよく撫でまくられていた。

「敬太郎、お前はここに居ろ」
「え……!」
「お前が一緒だと遅くなりそうっつーか俺一人のが早く済むから」

そりゃあそうかもしれないが。
俺は「おばちゃんとここで留守番してろ」と言うや否や、そのまま俺に背を向け玄関を出ていく一郎に、俺はどうしたものかと玄関の前でアタフタした。
だっておかしいだろ。
いくら前世の俺の家と言えど、今となってはいきなり訪ねてきた見知らぬ人間の家だ。
そして、その唯一の繋がりとも言える一郎は、あぁ言って家から出て行ってしまった。

この状況、かなり気まずい。

俺がどうする事もできずに閉まった玄関を茫然と眺めていると、居間の方からお母さんが手に柴を持ったまま俺の元へやってきた。

「まったく、いっちゃんは相変わらずねぇ」
「あ、あの」

俺が隣でニコニコと微笑むお母さんに内心冷や汗をダラダラ流していると、お母さんは俺を見て優しげな目を向けてきた。
その目が、一瞬昔のあの懐かしい日々を思い出させて、俺は無性に母親に甘えたい衝動に駆られた。
抱きついて「お母さん!」と叫びたい、そんな衝動に。

まぁ、もちろんそんな事はできやしないのだが。

「さぁて、敬太郎君。いっちゃんが帰ってくるまで、この柴を神棚に飾るの、手伝ってもらえないかしら」
「は、はい!わかりました」

俺は思わぬお母さんからの提案に、勢いよく頷くと、座敷へと向かうお母さんの背中を追った。
うん、やっぱりお母さんは全然昔と変わってない。
ただ、ほんとにちょっと小さくなった感じはする。
年、取ったんだなぁ。

「さて、と。じゃあ、いまこの下に新聞紙を引くから、敬太郎君はその上でこの柴の、余計な枝とか、葉っぱをこの鋏で切っていってもらおうかしら」
「余計な枝と葉っぱって、どうやったらわかるんですか?」

俺は畳の上に新聞紙を引くお母さんのとなりで、柴の枝を見ながら尋ねると、お母さんはおかしそうに俺を見て笑った。

「ふふふ、そんなの適当よ。適当!あの上の方にある神棚に飾るから、あそこに飾っても邪魔にならない程度の枝にしたいの。そんなに難しく考えなくていいからね」
「はい」
「じゃあ、おばさんは花瓶にお水くんでくるから。よろしく?」
「わかりました」

俺が頷くのを見届けると、母さんは仏壇の隣にある小さな物置入れから二つ花瓶を取りだし、水を汲むため洗面所へ向かった。
その背中を見送ると、俺は新聞紙の上に置かれた柴の枝を手に取った。

ちょき、ちょき、ちょき。

お母さんに言われた通り、適当に枝に鋏を通す。
パラパラと容赦なく新聞紙の上に落ちて行く枝や葉っぱを見ながら、俺はふと仏壇の横の壁に掛けてある、遺影の列に目を向けた。

(そういえば……俺のってどんなんだろう)

そこには6枚程の古い遺影が飾られており、祖父母や、誰だか俺でも良く分からない人の写真が飾られて居た。
そして、その遺影の列の一番端。
そこにはどの遺影よりも新しく、綺麗なカラー印刷で飾られた真新しい遺影があった。

まぁ、言わずもがな。
その遺影は俺のモノである。

自分の遺影を見た事など、当たり前だが一度も無い。
その為、俺はいつの間にか立ちあがって物珍しくも、若干、気恥かしい気分で俺の遺影を眺めた。

これは、確か修学旅行で撮った集合写真の写真だ。
俺も両親も、基本的に写真など撮る人種の人間ではなかったので、使える写真がこれしかなかったのだろう。
一郎と遊びまくっていた時は、よく一郎のお母さんが二人一緒のところをよく写真に撮ってくれていたが。

さすがに小学生の頃の写真を中学3年の俺の葬式の遺影にはできなかったに違いない。
写真の中の俺は小さく口元にだけ微笑みを浮かべている。
この頃は、まだ一郎と仲直りできていなかった頃の俺だ。
本当は、修学旅行も一郎と同じ班になって一緒に回りたかった。

あぁ、本当に自分の遺影を眺めるなんて、変な感じだ。
そんな風に俺が遺影を真剣に眺めていると、いつの間に戻って来ていたのか手に花瓶を持ったお母さんが座敷に戻ってきて俺の隣に立っていた。

「珍しいでしょう?」
「へ?」

俺はいきなり話しかけてきたお母さんに一瞬ドキリと心臓の音が大きくなるのを感じると、隣に立っているお母さんに目をやった。
すると、そこには両手に水の入った花瓶を持ったまま、ぼんやりと何とも言えない表情で俺の遺影を眺めお母さんの姿があった。

「こんなに若い子の遺影、私だって見た事なかったのにね」
「これが、敬太郎って人?」

俺はそんなお母さんの顔を見ていられなくなって、自分の遺影に視線を戻し、尋ねてみた。

「あら、知ってたのね」
「あ、あの先生に聞いてたから」

「先生……あぁ、いっちゃんの事ね。あの子、本当に先生なのねぇ」

そう嬉しそうに話すお母さんに、俺は俺が死んだ後の両親はきっと一郎が支えてくれていたんだろうなぁと、その瞬間察する事ができた。
一郎の成長が、お母さん達にとっての生き甲斐になっていたのではないだろうか。
俺が、居なくなってしまったから。

「この子、私の息子なの。10年前に死んでしまったのだけど」
「悲しかったですか?」
「え?」

俺は思わず尋ねると、隣に居たお母さんは少しだけ目を見開いて俺の方を見ていた。
本当はこんな事、聞いちゃいけないのはわかっている。
けど、俺は聞いておきたかったのだ。
お母さんの口から、俺が居なくなった時の気持ちを。

「いいえ、悲しくなかったわ」
「悲しくなかった?」

お母さんの言葉に、今度は俺が目を見開く番だった。
悲しくなかったって?
俺が死んだ時、お母さんは悲しくなかったの。
俺が少しだけ混乱した目でお母さんを見上げると、お母さんは一瞬泣きそうな目で遺影を見つめた。

「死んでしまいたかった」
「っ!」
「子供に先に死なれるなんて、親として、生きがいをなくすのと、同じだったから」

(……お母さん)

死んでしまいたかった。
そう、泣きそうな顔で言うお母さんの横顔に、俺はやはり自分の考えがいかに甘いモノだったかを思い知らされた。
俺が死んだ日、俺はまた新しく生まれ変わって、新しい世界に居た。

けど、お母さん達はそうじゃなかったんだ。
残された世界で、今まで必死に生きてたんだ。

「……ごめんなさい」
「敬太郎君が気にする事じゃないわ。さぁ、一緒に柴、花瓶に入れましょうか?」
「はい」

俺は先程までの表情とはうって変って笑顔を浮かべるお母さんの隣を歩き、そして一緒に柴を花瓶に入れ始めた。
入れながら、俺は、お母さんが今もこうして笑顔で生きていてくれる事に感謝するしかなかった。

「………」
「あのね、敬太郎君」

俺が黙って柴を花瓶に入れていると、隣で柴に鋏を通すお母さんが突然顔を上げて俺の方を見てきた。

「何ですか?」
「あの子が死んだ時。死にたいと思ったのは、私達、親だけじゃなかったと思うのよ」
「へ?」
「敬太郎君の先生。いっちゃんは……下手すると、私以上に苦しかったのかもしれないわ」
「先生が?」

俺はお母さんの口から出た、一郎の名前に思わず柴を入れる手を止めた。

シャキ、シャキ、シャキ。

鋏の擦れる音が、妙な存在感で俺の耳に響いてくる。

「いっちゃんはね、敬太郎の幼馴染だったんだけど。あの子は、まだずっと敬太郎の事を忘れられないでいる。敬太郎が死んで、もう10年がたつのに、あの子だけは今でも毎週うちに来るわ。今日みたいにね」

「毎週?ずっと?」
「ええ。敬太郎が死んだばっかりの時なんか、いっちゃんね、毎日うちに来てたのよ?毎日、敬太郎の部屋で、受験勉強してたわ」
「…………」

お母さんの言葉に、俺はもう手が全く動かなかった。
自分の感情すらコントロールできないのではないかと思われるくらい、酷い胸の苦しさに襲われた。

何だって。
一郎が、ずっと?

10年間俺の為に線香上げにきてたのか?
俺の部屋でお前は勉強してきたのか?
ずっと、お前は一人で俺の事を考えてくれていたのか?

俺は、あの派手で、元気で、いつも俺の手を引いて駆けまわっていた、明るい一郎の顔を思い出して、酷く泣きたい気分に駆られた。
あの一郎がたった一人で俺の部屋で勉強をして、現実と向き合っていた姿を思うと、悔しくて仕方が無い。

(もっと一緒に居たかった)

そう、先程の思い出探索と称した小学校で一郎が呟いた言葉が俺の頭を掠める。
そして、あの時の一郎の言葉がいかに重いものであるかも理解した。

俺も、もっと一緒に居たかったよ。
一郎。死んで、ごめん。

俺が黙って手を止めたまま俯いていると、お母さんは俺の持っていた柴をそっと引き抜いて、ゆっくりと鋏を通した。
その動きにつられて、俺は俯いていた顔を、ゆっくりと上げていた。

「時々だけどね、敬太郎の部屋でいっちゃんの泣き声が聞こえたりする事があるの。けど、私。凄く不謹慎かもしれないけど、そういういっちゃんの姿を見ると、なんだか少し気持ちが楽になったりしてたのよ」
「…………」
「私達、親以外にも、あの子をこんなにも思ってくれている人が居る。そう思うと、なんだかね。凄く嬉しくなっちゃって、死んだ息子に対して、誇らしい気持ちになるの」

誇らしい。

俺はとっさに、そう言ったお母さんの顔を見ると、そこには本当に嬉しそうな顔で鋏を通した柴を花瓶に生けるお母さんの姿があった。

「敬太郎が死んでも、いっちゃんなら、ずっと敬太郎の事を想ったまま、ずっと大きく生きていってくれると思うと、なんだか、真っ暗だった人生が少しだけ明るくなった気がしたのよ」

あぁ、一郎。
お前、本当に。

「だから、私。いっちゃんが今もこうして、立派に先生になって大人になっている姿を見るのが、凄く嬉しいわ。あなたみたいな可愛い生徒さんを連れてきてね」

お母さんたちを、救ってくれていたんだな。
一郎は、俺の死んだ後のこの家を、照らしてくれていた。
やっぱり、今、こうしてお母さん達の生きがいとして、一郎は立ってくれているのだ。

一郎、死んで、ごめん。
そして、ありがとう。

お母さん達を支えてくれて、ありがとう。
俺が止まっていた手を、やっと動かし始めると、お母さんは笑って俺の頭を撫でてくれた。
その感触が、凄く懐かしくて、俺はいけない事だろうが、黙ってその手を甘受した。

「敬太郎君、だから。これから、先生の事はあなたが元気にしてあげて」
「俺が?」
「そう、あなたが」
「俺に、できるかな?」

俺は思いもよらないお母さんからの頼みに、見上げるようにしてお母さんを見ると、お母さんはいつものように優しく俺を見てくれていた。
そこにあったのは、10年前と変わらない、優しいお母さんの姿だった。

「できるわ。だって、こうして敬太郎君を此処に連れてきたっていうのは、貴方がただ単にうちの息子と同じ名前だからってわけじゃない気がするもの」
「何でそんな風に、思うの?」
「さぁ、わからない。けど、いっちゃんの貴方を見る目は、特別な気がしたから。だから」
「………」
「いっちゃんを、よろしくね。敬太郎」

そう言ってお母さんが、清々しく微笑んだ瞬間。
俺は、大きく、頷いた。

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