その31:転生してみたものの

 

 

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その31:転生してみたものの

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俺はやっぱり、敬太郎だった。

 

 

 

 

チーン、チーン。

一郎と俺はそれぞれ、りんを鳴らすと二人並んで仏壇に手を合わせる。

なんだか、自分の仏壇に手を合わせるというのは変な感じがする。

俺は薄く眼を開けて、チラリと隣に居る一郎を見ると、一郎はなにやら熱心に目を閉じて手を合わせていた。

 

だから俺ももう一度目を閉じてしっかりと念じてみる。

こう言う時、お願い事を言うのはアリなのかナシなのかはわからないが、少し心の中で祈ってみる。

 

これからもお母さんと、お父さんと、一郎が元気で居てくれますように。

一体誰に祈っているのか。

まぁ、自分も含めたご先祖様って事にしておこう。

 

ひとしきり二人で合掌し終えると、俺は一郎が立ち上がるのを待ってぼんやりと仏壇を眺めた。

仏壇には先程、一郎が走って買ってきた仏花が綺麗に飾られている。

自分の為に飾られた、という実感は薄いものの、こうしてその花を見ていると少しだけ嬉しい気持ちになる。

 

さっき、お母さんから一郎の話を聞いたせいもあるのかもしれない。

 

 

「よーし。花も飾った線香も上げた、手も合わせた!今日はいつもより豪華にキめたな!」

「そうねぇ。いつもいっちゃんはりんと木魚をドラムみたいに叩いて。そして挙句、手は叩かなくてもいいって言ってるのに、パンパンパンパン叩いてるだけですものねぇ?」

「ちょっ!おばちゃん、マジ。そういうの俺の先生としての面目が立たないから言わないでってば!」

 

 

そうやって楽しそうに話す二人を見ていると、俺も今日此処に来てよかった、と本当に素直に思う事ができた。

一郎には感謝しないといけない。

俺が黙って二人が話すのを見ていると、突然一郎が俺の方を向いていきなり俺の腕を掴んだ。

 

何だ、何だ。

今度は何がしたいんだ。

 

「っし、最後は敬太郎の部屋でグダっとしたら帰るか!おばちゃん、敬太郎の部屋借りるからなー」

「はいはい、どうぞ。もうあそこは半ばいっちゃんの部屋みたいなもんですからね」

「っはは!そうだな」

 

一郎はそう言って明るく笑うと、俺の腕を掴んだまま座敷を抜け、居間を通り過ぎ、玄関前にある階段を上って2階へと上がっていった。

俺の部屋。

俺が死んでからは、一郎が使っていた部屋。

中は、どうなっているのだろう。

 

俺はそんな事を思いながら、一郎に連れて行かれるがまま、昔の……俺の部屋へと足を踏み入れた。

 

「ふぅ、此処に入るのは久しぶりだな」

「…………」

 

 

俺の隣で懐かしそうに俺の部屋を見渡す一郎の隣で、俺は昔のまま、何も変わらずに全てのものが置いたままにされている俺の部屋に、ただ大きく目を見開く事しかできなかった。

 

(凄い)

 

ここまで昔のままきちんとされているなんて思いもしなかった。

そう、ベッドも、机も、タンスも、俺が夏になる度に引っ張り出していた扇風機すら、昔のまま、そこにあった。

一郎は、スタスタと俺の部屋にある扇風機に近付くとスイッチをつけた。

そして自分はそのまま俺のベッドへと腰かける。

 

「最近この部屋にまでは来てなかったから、なんかスゲェ懐かしいなぁ。おい、敬太郎、そんなとこ立ってねぇでお前もこっち来い!」

「あ、うん」

 

俺は返事をしたものの、部屋の中が懐かしすぎて一郎のところまで行かず、キョロキョロと部屋の中を見渡した。

そして、チラリと目にとまった。

机の上に置いてある、小さな写真立てに飾られた写真。

 

「これ」

 

そこに写っていたのは小学校の時、一郎と一緒に夏休みに撮った写真だった。

 

「あぁ、それな。俺と敬太郎」

「へぇ、これが」

 

こんな写真、俺はここに飾った覚えはない。

なにせ、写真自体、うちには少なかったのだ。

だとすれば、これを此処に置いたのは。

 

「俺さ、こういう写真っつーの?うちの母親がカメラ持ち出して撮ってくる度にウゼェって思ってたんだけど。今じゃ、母ちゃんに感謝してる。こうして、この敬太郎を見れんのってもう、写真だけだからな」

「そう」

 

これは一郎が、自分で此処に置いたんだ。

そして、一郎はここで一人、勉強してた。

俺はここで一郎が一人受験勉強をしていたというお母さんからの言葉を思い出し、熱くなる気持ちを抑えてそっと机に手を置いた。

そんな俺を一郎はただジッと見つめているようだった。

 

 

「敬太郎。今日は、本当にありがとな。俺に付き合ってくれて」

「ううん。俺、今日楽しかったよ。先生」

「先生、か」

 

俺は一郎の微かに掠れたような声に違和感を覚えると、机に手をついたままベッドに腰掛ける一郎に目をやった。

そこには、俺から視線を外し俯く一郎の姿があった。

 

「俺さ、敬太郎が死んでから、スゲェ泣いたんだよ。泣いたら大抵の事はすっきりすんだろ?だから俺、もう苦しくて苦しくて、泣いたらスッキリすんだろって、もうこれ以上泣けないわってくらい泣いた」

「先生」

「でも、泣いても泣いてもスッキリしねぇんだよ。中学入って、あんまし話さなくなっても、とりあえず俺が学校に行けば、敬太郎はいつもそこに居た。家の前を通れば敬太郎の部屋から明かりが漏れてた。捜せば、いつだって敬太郎の居る跡、見つけられた」

 

最早、泣いているのではないかと思われるくらい弱弱しい一郎の声に、俺までなんだか泣きたくなってくる。

 

何だよ、止めてくれよ。

もう、お前が俺の事でそんな風になる姿、見たくない。

 

「なのにさ、突然。突然だぞ?昨日俺の家で笑ってた奴が、急にもう二度と会えない存在になってんだ。そんなんだからさ、毎日過ごす度に痛感するんだ。捜しても捜しても、敬太郎の跡が見つからないって。だから、逆に日にちが経つにつれて、スゲェ辛くなって」

「先生」

「だから、俺、毎日この部屋に来るようになった」

 

そう言って下を向いていた一郎の顔が、やっと上を向いた。

そして、その目はハッキリと俺を映していた。

 

「此処に来れば、敬太郎が居たって事がすぐ感じられたから。この机で勉強してると、なんか、敬太郎と勉強してるような気になれて、このベッドに寝転がると敬太郎とじゃれてた時を思い出して、いろんなところで敬太郎の跡を見つけられたんだ」

「先生、もう」

 

俺は居ても立っても居られなくなって、一郎に向かって声をかける。

しかし、一郎は俺を見たまま、言葉を止めない。

 

「前、言ったよな?誰かと勉強してると敬太郎と勉強してた時の事思い出すって。だから先生になったんだって。あれ、実は後付けみたいな理由でさ。ここに来る理由を作るために勉強してたようなもんだったんだ。だから大学行きたいって言った時も、この部屋に来る為の免罪符、みたいなのが欲しくて……だから」

「先生!もう、いいから!もう!」

 

やめてくれ!

 

淡々と、だけど言葉のそこかしこから伝わる、一郎のたった一人で抱えてきた心の痛み。

それに俺は耐えきれず、最後は必死に叫んでいた。

もう、聞いてなんかいられない。

 

(一郎、一郎、一郎、一郎)

 

俺がこんな体じゃなかったら、普通に生きていたら、お前をここまで苦しめなくて済んだのに。

何かあったら俺が隣で慰めてやれたのに。

一緒に隣に居て、ずっと笑いあえていたかもしれないのに。

 

俺はグルグルと渦巻く激しい感情のうねりに頭がついていかない気がした。

ただ、目だけは、はっきりと俺を見つめる一郎を捕えていた。

そして、その目は俺を捕えて離さないまま、一郎は小さな声で、自分の気持ちを吐きだした。

 

「俺はただ、敬太郎に、会いたかったんだ」

 

そう。

苦しいような、悲しいような、我慢するような、縋るような。

そんな目で、俺を見る。

 

やめろ、一郎。

これ以上、俺の事で苦しむな。

 

「先生っ!」

「先生って言うな!」

「っ!?」

 

俺は突然俺に向けられた激しい感情を帯びた目と言葉に、ビクリと肩を揺らした。

一郎はそんな俺を前にそっと座っていたベッドから立ち上がる。

 

やはり、その目が捕えるのは……俺、だった。

 

その目を前に俺は、瞬間的に頭によぎった感覚に背筋を震わせた。

なぁ、一郎、お前、まさか。

 

「せ、んせい」

「敬太郎なぁ、先生とか、言うなよ」

 

 

一郎、一郎。

お前が今見ているのは誰だ。

敬太郎とお前が呼ぶその名前は、一体だれを呼んでいるんだ。

 

「敬太郎!」

「っ!」

 

そうやって勢いよく一郎が俺の名前を呼んだ瞬間。

俺は“あの日”の記憶が一気に蘇ってくるのを感じた。

 

10年前のあの日。

一郎が突然俺の家へやってきて。

そして。

 

アイツは

 

 

 

「……一郎って呼べ」

「せん、せ」

 

 

(い………一郎って呼べ!)

 

あの日同様、必死な目で俺を見つめ、伝えようとする一郎。

 

幼馴染だった。

一番仲が良かった。

ずっと一緒だった。

 

そんな相手は少しだけ昔の面影を残し、だが、しっかりと成長した姿で俺の前に、立っている。

 

あぁ、一郎。

お前が見ている敬太郎は……もしかして“俺”か?

お前は“俺”を。

 

 

「一郎って呼べよ!!」

見つけて、くれたのか?

 

そう、俺が涙でぼやけ視界が滲む中一郎を見つめていると、あの日のように眉間に皺を寄せたまま一郎が大股で俺の前までやってきた。

そして。

 

「い、一郎」

 

俺がそう、小さく呟いた瞬間。

今まで眉間に寄せていた一郎の表情が一気に泣きそうに歪められ、

 

「敬太郎!」

 

俺の腕を引っ張って、その大きな体で俺の体を包み込んだ。

一郎は、髪型も外見も、10年前のあの日とは全く違っていた。

 

身長は伸びたし、

髪は真っ黒に戻って、

そして、あの頃より、ずっと大人になっていた。

 

だけど。

最後に俺が見たあの表情だけは、あの日となんら変わりなかった。

けど、今の俺にはそれすらもうどうでも良い事でしかなかった。

 

ただ、ただ。

一郎が、“俺”を見つけてくれた事が嬉しくて仕方なかった。

俺は頭の上から聞こえる、嗚咽と、背中にまわされる大きな腕に、俺も一郎の背中に腕を回すとしっかりと力を込めた。

俺は、もしかすると、ずっと誰かに気付いて欲しかったのかもしれない。

自分を“篠原 敬太郎”として生きると決めた日から、俺は誰でもいいから、昔の俺の事を見つけて欲しかったのだろう。

 

俺の事を、忘れないで欲しい。

そう、思い続けてきたのかもしれない。

そんな俺を、他でもない、一郎が見つけてくれた。

 

『敬太郎』

 

そう、あの日と変わらず、そう呼んでくれる。

こんな日が、来るなんて。

 

「一郎、一郎……一郎……うぇえ、っひぅ」

「敬太郎、やっぱり敬太郎だった!やっと、見つけた……!」

 

一郎は俺の体ごと持ち上げて泣きじゃくる俺と視線を合わせると、嬉しそうに俺をもう一度強く抱きしめた。

お互い聞きたい事も言いたい事も山ほどあるだろう。

 

だけど、今は。

この瞬間が俺の全てだった。

 

この時、俺は“篠原 敬太郎”でもなく“森田 敬太郎”でもない。

ただの“敬太郎”だったのだ。

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