7:俺と一郎先生

 

けれど。

 

「一郎。俺、2学期の学級委員、辞めたい」

 

これは、また別の話だ。

俺の言葉に、一郎は少しだけ驚いたように目を見開くと、少しだけ辛そうに眉を寄せた。

 

「……許して、くれないか?」

「ち、がう。許すとか、許さないとか。そう言う事じゃない、んだ」

 

俺は鼻声で喋りにくい言葉に、勢いよく鼻水を吸い込んだ。

それと同時に、目の前に延びてきた一郎の手が俺の涙を拭った。

なんとなく、ぎこちない一郎のその動作に、俺は少しだけ微笑ましさを感じる。

 

「俺。そろそろ、もう、学級委員の器はないか、なって思ってたんだ。今回の事で、よく分かった。良い子ぶってるとか、ウザいとかって思われるような、やり方でしか、立ちまわれないのは、俺に、そんな器用さが、ないからだ。もと、もと、人の前に立っているような、タイプじゃねぇし。そろそろ、年上ぶって、皆をフォローしていこう、とかって、考えるの、止める」

「…………」

 

一郎だってわかるだろう。

前世の俺を知っているお前なら。

俺の言いたい事、わかる筈だ。

俺はそんな想いを込めて、隣に座った一郎を見上げた。

しかし、その時、俺が見たのは俺の予想しているような、困ったような仕方ないような一郎の表情ではなかった。

そこにあったのは、少しだけ怒った、不機嫌そうな一郎の顔だった。

 

「ウザいとか、いい子ぶってるとか。それ、お前誰に言われたんだ?」

「え、いや。誰ってわけじゃなくてさ。さっきクラスの皆に言われて、やっぱそう思われてたのかって。まぁ、そりゃあそうだよ。俺、何にでも口突っ込んでたから」

「それは、お前が俺に知られる前に問題を解決しとこうと思ったからだろう。だいたい、それで助かってる連中も多いだろうが」

 

そう、徐々に声が低くなっていく一郎に俺は少しだけ頭を傾げて一郎の顔を覗き見た。

 

「なぁ、一郎。お前、自分が居ない間に起こってた問題とか知ってたのか?」

 

俺はクラスの揉め事やトラブルは、できるだけ一郎に負担をかけずに済むように一郎が居ない時は極力その間に片づけるようにしていた。

そうすれば、クラスの皆も一郎に怒られずに済むし、一郎だって無駄に声を荒げずに済む。

そう思ってひっそりと解決してきた問題も、実は一郎にはバレてしまっていたのだろうか。

俺がそんな事を思いながら一郎を見ると、一郎はもう一度、俺の頭をポンポン軽く叩いた。

 

「俺を誰だと思ってんだ。お前らの先生だぞ」

「っ!」

 

何だ、何だコイツ。

今、スゲェカッコ良かったぞ。

なんか、しかも、こういうのドラマでありそうな一コマだな。

 

「一郎、かっけー」

「お、おう。お前、突然何だよ?いや、まぁかっこいいのはいいけど」

「お前、昔はあんなに好き勝手やって空気なんて読もうとしなかったのに、大人になったなぁ」

「……小学生の頃の俺と比べんなよ」

「っはは、そうか」

 

俺が一郎の言葉に思わず笑うと、一郎も口元に薄く笑みを浮かべて、涙で湿っていた俺の頬を優しく撫でた。

なんだか、その動作が余りにも大人っぽくて俺は何も言いはしないが、少しだけドキリと心臓がうるさくなるのを感じた。

 

「さて、そろそろ教室戻るか」

「あ、うん……」

 

一郎の言葉に、またしても現実の状況を突きつけられ、俺はどんよりする気持ちを抱え、小さく頷いた。

あぁ、もう。

どんな顔して教室に戻ればいいんだよ。杉さんとか、めっちゃ怒ってそうで怖い。

つーか、もう女子怖い。

そして、小学生女子に恐れをなしている俺、やっぱりダセェ。

 

「で、だ。学級委員の件なんだが」

「あ、無理なら、今学期中は……がんば「らなくていい」

 

俺は突然言葉を遮ってジッと俺を見下ろす一郎に、目をしばたかせると、一郎は厳しい目でぴしゃりと言い放った。

 

「もう、お前が我慢する必要はない。ウゼェって思われてまでお前がクラスの奴らの面倒を見てやる義理もねぇ。アイツら、少しはお前にどれだけ世話になってきたのか自覚すべきだ。まぁ、それは……」

「一郎?」

「俺を含めて、だがな」

 

そう言って俺をギューっと抱きしめてきた一郎に、俺はなんだか母の日に子供から「ありがとう、お母さん」と言われた母親のような、ムズかゆい気持ちになっていた。

まぁ、俺、母親じゃねぇけどさ。

 

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