8:クラスメイトと一郎先生

 

—–所変わって教室。

 

俺は一郎に引っ張られて、帰りの会が中断されたと思わしき、お通夜のような雰囲気の教室に連れて来られていた。
入る前、あまりにシンと静まり返った教室に、実は既にクラスメイトは全員帰ってしまったのではないだろうかと思った程だ。
教師である一郎が居ない状態の教室で、ここまで静かな教室が、今まで存在しただろうか。

前代未聞の教室の沈みっぷりに、俺の体はガチガチに固まる。
なんだよ皆、先生居ないんだから、もっと……ほら、こう。
騒いでふざけてろよ!?
そんな事を考えながらのそのそと教室に入ると、皆の視線が一斉に俺に突き刺さった。

え、いや、何これ何の拷問?

あの掃除の時間に受けた視線よりも更に数の多い、しかも何かを訴えるような視線の数々に俺は全く顔を上げる事ができない。
俺は一郎に引っ張られながら、とりあえず教室の中央に立たされた。
え、何ですか一郎さん。
やっぱ拷問ですか。
皆に迷惑掛けたって事で、皆の憎しみを今一心に受けろって事ですか!?
一郎先生!!

そんな思いで、俺はチラリと一郎を見上げるが、一郎は黙って俺の隣に立っているだけだ。
え、何なに。謝れって!?
すみません、皆さん帰りたいのに帰りの会中断させてしまって。
マジ25年も生きてきて小学生に迷惑掛ける俺ってもう何なの。
俺がそんな事を考えながら、半ば現実逃避に力を注いでいると、今の今まで黙っていたクラスメイトの中から、一人のクラスメイトがガタリと立ちあがった。
それは、やはりというか何と言うか、俺の幼馴染のイチローだった。

「けーたろ!!」

そう言って俺のもとへ走ってこようとするイチローに、隣に立っていた一郎がすかさず厳しい声を上げた。

「イチロー、座ってろ」
「っだって……!」
「座ってなさい」
「………………」

イチローのいつになく厳しい、しかし落ち着いた声に、イチローもビクリと体を震わせると、俺の方を見ながらゆっくりと座った。
席替えによって、イチローの席は真ん中の前方から、今は一番後ろの窓際の席へと動いていた。
だから、今はイチローと俺の距離はこの教室中の誰よりも離れている事になる。

その距離感が、今の俺の不安さを助長させた。

「皆にちょっとしたお知らせがある」

一郎の感情の読みとれない声が教室中に響き渡る。
何。何ですか。
一郎は一体何を言う気なんですか。

「今回、教室掃除の担当である5班の問題は、皆にもさっき説明したと思う。そして、先生が間違って敬太郎を怒ってしまった事も言った。そこで、だ」

一郎の言葉にクラス中が注目する。
そして、俺も、隣で顔をひきつらせながら、何となく一郎が次に言う言葉を想像した。

「敬太郎が、もう5年2組の学級委員をやりたくないそうだ」

その瞬間、教室が一気に騒がしくなる。
やっぱり。
言ったよ一郎のヤツ。
自分で言いだした事ではあるが、こうやって大々的に言われると、なんだか凄くこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。

いや、やりたくないって言うか、アレでしょ。俺じゃない奴のが良いと思ったんだよ。
決して仕事めんどいとかそんなんじゃないからね!
俺は口に出す事もできない、言い訳じみた心情を心の中で叫ぶ。
しかし、そんな俺の心情云々にかまけていられない程、先程の一郎の言葉で教室中が騒然としていた。
そんな教室に向かって、一郎は更に言葉を続けた。

「敬太郎がな、良い子ぶってるとか、ウザいとか思われないちゃんとした人間が学級委員をすべきだって言ったんだよ。それで、確かに先生もそうだなぁと思ってな?だから、今からお前らここで次の学級委員を決めろ」

その一郎の言葉にはどこか相手に有無を言わせない力があり、ざわついたクラスメイト達を黙らせるには十分だった。
しかも、一郎のヤツ。
意地悪にも「良い子ぶってる」「ウザい」をやたら強調して言う事で、あの教室掃除のメンバー6人を意識的に攻撃している。

あぁ、一郎。
怒ってんのか。
俺の為に。
俺を「ウザい」と非難した連中に対して、一郎は教育的指導と言う名の職権乱用をしているんだな。

全く、お前は本当に先生か。
こんな時に俺を優先させて。

いや、なんて言うか。
ありがとね、一郎。
けどさ、一応言っとくよ。
俺、あの時お前の拳が一番痛かったんだぜ。
そこんとこ良く覚えとけよ、一郎。

「ほら、黙ってねぇで誰かやれよ」

黙りこむクラスメイトに一郎が更に追い打ちをかける。
最早、コイツは11歳の子供に脅しをかけている。そう、これは一郎からクラスの皆に対する宣言だ。

『敬太郎に文句があんなら、お前が学級委員をやれ』と言う。

そんな元幼馴染の俺に対する教師あるまじき行動に、俺は呆れながらも、ハッキリと嬉しいと思ってしまっていた。そんな俺の心情とは裏腹に、クラスが辛い無言状態に陥っている中。
今まで黙っていたクラスメイトの一人。

このクラスのもう一人の学級委員、上木さんが俺の方を見ながら、何だか遠慮がちに立ち上がった。

「わたし、学級委員は敬太郎君が、一番だと思います。他の人じゃ、ダメだと思います」
「…………」

そう、途切れ途切れに言葉を発する上木さんは、もう既に泣きそうだった。
本来なら彼女は、このような場ではひっそりと息を潜めて、絶対に手などは上げない子だ。
なのに、今こうして頑張って、誰も手を上げない状況で一郎と向き合っている。きっと凄く今、頑張っているに違いない。
俺はその事実に、少しばかり感動していた。
手のかかっていた末っ子の妹が、一人で立ち上がったのを目撃したような、そんな心境だった。

まぁ、俺、前世も今世も一人っ子だけど。

「上木、お前の言いたい事は先生もよくわかる。けどな、こうして本人がもうやりたくないって言ってるんだから、もう無理にやらせるわけにはいかんだろう」
「………敬太郎君」

上木さんの悲しそうな声が俺の耳に響く。
いや、やっぱ俺、学級委員やろうか。
とっさにそんな言葉が出そうになるが、何か隣に立つ一郎の様子に、俺は寸前のところで言葉を飲みこんだ。
なんか、そんな事言える雰囲気じゃない。

「ほら、忍、武。お前らいつもの元気で学級委員やってみればいいだろ?あぁ、この際女子二人でもいい、杉、お前学級委員やってみるか?」

一郎の指名。
それは先程の教室掃除でもめていたメンバー。
一郎から名前を呼ばれた瞬間、その3人の顔は真っ青になり、固まった表情で俺を見る。
あぁ、ここまで来るとなんだか可哀想な気がしてきた。もう、そろそろ俺が何か言った方がいいだろうか。

俺がそう思った時。
先程一郎の言葉で、言葉を呑みこむしかなかった上木さんが、またしても必死な顔で立ち上がり、今度は俺に向かって口を開いた。

「敬太郎君、私、もっと仕事がんばってやる、から。発表の時も、私が、前に出て言えるように、なるから。一緒に、学級委員しようよ」
「上木さん」

俺は思ってもみなかった上木さんの言葉に、フルフルと震えながらも必死にこちらに向かってくるチワワを彷彿とさせ、キュンとする気持ちを抑えられなかった。

何、何。上木さんどうしたの!?
もう、俺こういう頑張ってる小さい子かなり好きですが!
25歳の外見の俺が思って居たら多分、っつーか完璧犯罪だろうな。
とか何とか、一人ズレた所に思考を突っ込んでいると、今度は、今まで黙って座っていたイチローが突然立ち上がり、教室に横たわっていた沈黙を打ち破るように大声で叫んでいた。

「けーたろが学級委員したくないなら、俺がやる!」
「っ!?」

まさかの立候補に、俺の隣に居た一郎が小さく息を飲むのを俺は確かに聞いた。
イチローが学級委員。
それは、まぁアリなのかもしれない。
結局、イチローはクラスの皆から慕われているし。
何かイベントごとで活躍するのはイチローだしな。

「イチロー、お前。やんのはいいが、敬太郎くらいしっかり学級委員やれる自信、あんのか?」
「ない!全然、ない!」

イチローのそんなハッキリした宣言に俺は瞬間的に、肩透かしを食らったような気分で此方を見ているイチローに目をやった。
すると、そこには以外にも真剣な表情で一郎と対峙するイチローの姿があった。

「俺は、けーたろ以上の学級委員をやれる奴は、このクラスには居ないって知ってる!けど、けーたろばっか大変なのはおかしいっていうのも、俺は知ってる!皆がやりたくない仕事を一人でいっつもやってるのに、皆からありがとうも言われないで、文句言われたりしてるのは、凄くおかしいんだ!そんなの誰だってやりくないの、当たり前なんだ!なんかあったら誰の事もすぐに助けてくれるけーたろみたいな学級委員には、俺、絶対なれない!けど、けーたろが嫌なら俺がやるんだ!」
「そうか」

イチローの必死な言葉に、隣に居た一郎から、少しだけいつもの優しさが戻ったような声が聞こえた。

それに、俺も。
なんか、少しだけ感動で泣きそうになっていた。
なんだよ、イチロー。
本当に、お前。
空気読めてないようで、しっかりと読んで状況把握して、相手の気持ち思いやって、何だよ。
女子には、あんなに冷たいのに。
絶対謝らないのに。

俺には、こんなに優しいってもう、俺。

「イチロー。いいよ」
「けーたろ」

俺は、今までつぐんでいた口を開くと、しっかりとイチローの顔を見た。
ごめん、ありがとう。

けどさ………!

俺は清々しい顔でこちらを見てくるイチローに、微笑みながら思った。
つーか、全ての事の発端はテメェにあるんだよ、と。
まぁね、俺リアルにそんな事、この場じゃ言わないよ。

うん、言わない。
内心めっちゃ思ってはいるけど。
言いはしないよ。
だってここでそんな事言ったら俺がマジで空気読めない人になっちゃうからね。

でも覚えておけ?
事の発端、お前!
けどさ。

「ありがとう、イチロー」

お前の言葉が、嬉しかったのは事実だし、それに。
ここで俺だけ学級委員辞めたりしたら後味悪い事この上ないよね。
だいたい、もともと俺に学級委員やめるって選択肢は無いに等しいんだよ、実際。

うん、わかってる。
わかってますとも!

「先生、俺。2学期も学級委員、頑張ります」
「いいのか?」
「はい、俺なりに、頑張ります」

俺が、そうハッキリと言うと、一郎はガシガシと俺の頭を撫でてきた。
なんて言うのか、とりあえず一郎も、本気で学級委員を変えるつもりはなかった筈だ。
きっと、あの教室掃除のメンバーにちょっとお灸を据える程度の事をしたかっただけなのだろう。
まぁ、自覚しているかは疑問だが、一郎の俺贔屓なところは少しばかり自重した方がいいかもしれないな。

「いつも学級委員頑張ってくれて、ありがとうな?先生も、本当はお前が学級委員やっててくれると、凄く、助かるんだ」
「うん」

困ったような顔で、少しだけすまなさそうな顔をする一郎に俺は笑顔を浮かべる。まぁ、とりあえず、俺が小学校に居る間の残り1年半。
お前をサポートしていく事は止めないよ。
だってさ、幼馴染だぞ。
どんなに面倒でも、助けたいと思うのは当たり前じゃないか。
そう思いながら、とりあえず、俺はしっかりとクラス全体を見渡した。

「俺、このまま学級委員やってもいいですか?」

俺のその言葉に、クラス中が頷いてくれる。その顔がどれも、本当に嬉しそうな顔だったから。
なんだか、俺はいつの間にか、また頑張ろうって思っていた。

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