4:大人な子供

 

 

俺は突然現れた自分の父親の姿に、ただただ茫然とするしかなかった。

 

何でだ?

何でお父さんは“今”ここに居るんだ?

 

俺は混乱する頭の隅で認識する、「あれ、誰のお父さーん?」という周りから好奇の視線を受ける自分の父親に、恥ずかしさが募って仕方が無かった。

俺はちゃんと伝えた筈だ。

今日の父親参観は10時からだ、と。

それに、お知らせのプリントだって渡したのだ。

 

なのに、どうして。

 

俺がグルグルとそんな事を考えていると、教壇の上で驚きに手を止めていた一郎が、急に我に返ったのかスタスタと教室の後ろに居る俺のお父さん達の元へと足を進めた。

 

「あの……失礼ですが、どちらの保護者の方でしょうか……?」

「あ、すみません」

 

そのやり取りに、一郎も俺の父親の顔は知らないのだと再確認した。

しかし、その質問のお陰で多分次の瞬間には、あの見知らぬ大人達に向けられていたクラスメイト達の好奇の視線が、一気に自分とイチローに向けられるのは明白で、それが更に俺の頭をクラクラさせた。

本当に、目立つのだけは慣れなくて嫌なのに。

 

「私は、篠原敬太郎の父の、篠原圭と申します。あとこっちは……おいっ!志郎お前フラフラすんな!」

「あー、はいはい。ちょっと懐かしくてさー!」

「ったく……、すみません。あっちは、瀬川一郎の父親の、瀬川志郎です。本当にお騒がせして申し訳ありません」

「……っはぁ。敬太郎君とイチロー君のお父さんでしたか……」

 

まさかの俺の父親の登場に、一郎の視線がチラリと俺に向けられる。

すると、同時にクラスメイトの視線も俺に向く。

あぁ、羞恥で死にそうだ。

 

「すみません。10時からだと言われていたのに。授業を中断させてしまってご迷惑をおかけしました」

「あ、いえ。そんな事は……」

「なぁ、先生。俺は息子から9時からって聞いてたんだけど。10時からなんですかねぇ?」

「はぁ、息子さんが9時から、と……」

 

その言葉に、今度は一郎の視線がイチローへ向けられた。

そして、俺も瞬間的にこの状況を作り出した原因が誰なのか我点がいった。

 

イチローめ……!

 

俺の睨みに気付いたのかイチローは焦ったように俺の目を見つめると、慌てて自分の席を立ちあがった。

 

「俺!俺!そんな事言ってねーもん!おとーさん嘘つくな!」

「はぁ!?お父さんはな、ハッキリお前が9時って言ったのを聞いたぞ!お前、自分だけ安全な所に逃げようとするな!男のくせに!俺はお前をそんな男に育てた覚えはない!」

「だって!俺、悪くねーもん!」

「あの、お父さん、落ち着いて下さい」

「せんせー!俺悪くねーよ!」

 

予想外に始まってしまった親子喧嘩に一郎が慌てて止めに入る。

しかし、一旦騒がしくなったこの親子を止めるのがどれほど難しいか、それは普段のイチローの騒がしさを見て見ればよく分かる事だ。

 

今、この教室にはイチローが二人居ると思っていい。

もう、教室はいつも以上の喧騒に包まれていた。

 

だが、俺は俺でそれどころではなかった。

 

未だに周りから聞こえる「あれ、敬太郎ん家のお父さんだってー」と言う、はやし立てるような言葉と、好奇の視線。

そして、自分の机の上にある、算数の教科書。

しかも今回の学習内容は、前回から内容がさっぱり掴めていない体積の求め方の部分だ。

 

せっかく、父親参観で普段忙しい父と少しでも交流を持てると思ったのに。

イチローの連絡ミスのせいで俺の不甲斐ない、カッコ悪いところを見せてしまうかもしれないのだ。

 

数学教師である、父の前で、まさか算数が苦手ですなんて惨めな姿、さらしたくない。

そう思った瞬間、俺は徐々に募ってきたムカムカとした気分に、勢いよく椅子から立ち上がっていた。

 

「お父さん!俺、10時からってちゃんと言ったよ!」

「っ、敬太郎……」

「プリントも渡したし、朝学校行くときも10時からって言ったのに、何で来たのさ!」

 

そう、真っ赤になって起こり始めた俺に、お父さんは困ったような表情で「ごめん」と謝ってきた。

目立つのが嫌いな俺の性格を知るお父さんは、きっと俺が怒っている理由を、こうして皆の前で恥をかかせてしまった為だと思っているのだろう。

 

本当に申し訳なさそうな顔で俺を見ている。

 

しかし、一度頭に血が上った俺は今度はお父さんの隣に居る一郎のお父さん、志郎さんにも怒りの矛先を向けた。

だって、今回のもともとの原因は、この人がお父さんを無理やり連れてきた事にあるのだから。

 

「おじさんも!ちゃんと確認してよ!それに何で俺のお父さんまで一緒に連れてきたの!?」

「うお、何だ。敬太郎、そんなに怒る事ないだろう」

「いっつも、いっつもお父さんと一緒に行動して!お父さんだって自分の車持ってるんだから、別々に来ればいいのに!おじさん大人の癖に、一人で行動できないの!?」

「心外な事言うな!敬太郎!俺はけーをここまで連れてきてやったんだぞ!それに、家も近いし一緒に来た方が楽だろうが!」

「嘘つけ!おじさんはお父さんと一緒じゃないとどこも行けないんだ!大人なのに!恥ずかしいと思わないの!?」

「敬太郎!!逆だ!お前のお父さんが俺が居ないとどこも行けないんだよ!勘違いするなよ!」

「お父さんは一人でどこでも行ける!」

「いーや、けーは俺が居ないとどこも行けないね!」

「行ける!」

「行けない!」

 

最早、俺は何故この子供のような大人と喧嘩をしているのか、喧嘩をしている俺自身、わからなくなっていた。

ただ、引くに引けなくなって口喧嘩を続けているが、何やら周りの様子がシンとしているのが、俺の怒りに震える頭でも理解できた。

 

ただ、今の状況を認識するのが怖くて、周りを直視できないだけで。

しかし、いつまでもこんな訳のわからない状況を静観するほど、このクラスの担任の一郎は馬鹿ではなかった。

 

「敬太郎!」

 

俺は突然、厳しい声で叫ばれた自分の名前にヒクリと肩を揺らした。

俺の名前を呼んだ先には、厳しい表情で俺の事を見る一郎の姿があった。

こうしてみると、一郎はやはり先生になってしまったんだなぁと心の片隅で感じる。だって、今俺の事を見ている一郎の顔、凄く怖いから。

 

「敬太郎、お前、せっかく休みの日にこんな朝早くからお父さんが来てくれたのに、そんな言い方はないんじゃないのか?」

「だって……」

「だってじゃない。いいじゃないか。お父さんに普段のお前の姿を見てもらうのが授業参観だ。さぁ、座りなさい」

「………」

 

一郎の言いたい事はわかる。

けど、お前には俺の気持ちは絶対にわからない。

数学教師の父の前で、数学の不出来さを露呈させねばならない俺の気持ちなど、分かるわけがないのだ。

俺は不満そうな顔で一郎を見ていると、一郎はもう一度、更に厳しい声で俺に言った。

 

「敬太郎、座りなさい」

「………はい」

 

しかし、これ以上俺がここでダダをこねても何も状況は変わらない。

俺は厳しい一郎の言葉に、半ば投げやりに返事をすると、ガタンと音を立てて席についた。

そんな俺の姿をお父さんはどこか驚いたような表情で見ている。

俺はその視線が何となく嫌で、ジトリと俺の斜め横に居るイチローを睨んでやった。

元はと言えばお前のせいだろうが!

 

……そんな気持ちを込めて。

 

すると、そんな俺の視線に気付いたのか、イチローは慌てて俺から視線を逸らした。しかも、何もしてませんよと装いたいのか、イチローは真面目に教科書を開き始めている。

 

なんて奴だ、畜生。

 

俺がイチローに内心拳を立てていると、今度は後ろから「やーい!敬太郎が怒られたー!」と俺を後ろ指差してくる腹立たしい大人の声が聞こえてきた。

 

畜生、この親子共め。

2代に渡って俺の家を掻き乱しやがって!

 

そんな俺の想いも虚しく、今度は教室の前の教壇に向かう為に俺の席の脇を通って行った一郎に、俺は通り過ぎざまに頭を叩かれた。

 

くそう………!

 

「やーい!敬太郎が先生に頭叩かれたー!やーい!」

「…………」

 

くっそう!!!!

子供かあんたは!?

 

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