9:息子

□■□■□

 

 

『お父さん!俺は、お父さんの子供だよ!』

 

 

そう、必死に叫ぶ敬太郎に、圭はいつの間にか自分が笑っている事に気付いた。

 

なんだろう、この気持ちは。

なんだろう、この暖かい感情は。

 

今、胸に広がるこの気持ちは、圭を酷く懐かしい気持ちにさせた。

そう、確かこの気持ちを最初に感じたのは、敬太郎が生まれた時だった。

あの、小さくて、小さくて、何もできない無力な赤ん坊を自分の手に抱いた瞬間に圭が感じた、暖かくも背筋の引き締まるような感情。

どんな事をしても、この子は自分が守っていかなければ。

 

そう強く思わせた庇護欲と言う名の父性が、今、この瞬間、また強く圭の心を支配していた。

そしてあの時の小さな赤ん坊は、今こうして成長して自分を不安気な表情で見上げている。

 

しっかりした子だと周りから言われ、いつしかこの子は自分が居なくても十分やっていけると勘違いしていた。

薄れていく庇護欲の中、この子供の背中を大きなモノと勘違いしていた。

 

しかし、そうではなかった。

 

この子はやはりまだ10歳の子供で、そしてやはり自分が守るべき存在である事にはなんら変わりなかったのだ。

 

「覚えてるよ。敬太郎」

 

圭は必死に自分を見上げてくる敬太郎の頭に、そっと自分の手を乗せると、自然と込み上げてくる感情のままゆっくりとその手を動かした。

その動作はいやにぎこちなく、そんな自分の頼りない動作に圭は自分自身苦笑せざるを得なかった。

そして、苦笑すると同時に感じたのは、今まで大きく見えていた息子の体が、まだ小さく、幼い子供のソレだという事だった。

 

あぁ、しっかりしていると思っていた息子の体は、まだこんなにも幼く、小さなものだったのか。

 

「……お父さん」

「敬太郎、お父さんも覚えてるよ。敬太郎が生まれた時の事。あんな嬉しい瞬間、忘れる筈ないさ」

 

圭の言葉に敬太郎は不安気に揺れていた瞳を、大きく見開いた。

そんな敬太郎に、圭は更に募る愛しさのまま、敬太郎の目の前まで目線を下ろし、そして優しく微笑んだ。

 

「お父さんが、あの時抱っこしたのは確かに敬太郎だった。最初は難産で、凄く危ない状態だったけどね。でも生まれてきた瞬間、必死にお父さんの腕の中で生きようとしてくれた。あれは確かに、敬太郎だったよ。お父さんもしっかり覚えてる」

「お父さん……」

「算数、苦手なら、それでもいい。でも、わからないままが嫌だと思うのなら、いつでもいいからお父さんの所に聞きにおいで」

「……迷惑じゃない?面倒じゃない?」

「迷惑なんて思うわけないだろ。お父さんは敬太郎と勉強したいよ。最近、敬太郎はお母さんとばっかり喋ってるから、お父さんも寂しいんだ」

「……俺、本当に算数苦手なんだよ。何回教えてもらっても、ちゃんと出来ないし、お父さん、嫌になるかもしれないよ」

「……敬太郎?お父さんは、敬太郎のお父さんだぞ?」

 

最後は意地のように自分の算数の不出来さをアピールしてくる敬太郎に、圭は小さく笑ってやった。

息子の勉強をみてやるくらい、何が悲しくて嫌になどなろうか。

逆に、今まで妻にその役目を奪われていたのだから、もっともっと頼って欲しいとさえ思う。

 

今まで話せていなかった分、自分はもっと息子との時間を持ちたいのだ。

 

「お父さん、あのね……」

「なんだい?敬太郎」

「あのね……今日、帰ったら……」

 

 

 

算数、教えて。

 

 

 

 

少し照れ臭そうに呟かれたその言葉に、圭は笑顔で大きく頷いた。

 

 

タイトルとURLをコピーしました