10:いくつになっても

 

——-

現在、授業時間は4時間目。

父親参観の最後のプログラム、体育の時間。

その中で、俺は例の如く、あまり良くない運動神経を遺憾なく発揮して、

 

 

「覚悟しろー!!敬太郎!!」

「ふごっ!」

 

 

ボールを顔面に受けていた。

 

 

 

 

「あははは!どーだ!30代にしてこの見事な命中力はっ!」

「おいっ、大丈夫か!敬太郎!」

「けーたろ!?」

 

顔面にボールを受けて倒れた俺の元へ、心配そうなお父さんと、イチローの声が響いてきた。

まぁ、二人の声より更に大きな声で響いてきたのは、志郎さんの見事なまでの高笑いだったが。

 

「顔面はセーフでーす」

 

皆のざわめく声の中、審判を務めていた一郎の落ち着いた声がコート内に響き渡る。

 

そう。

現在、俺達5年2組は体育館を貸し切って3時間目からやってきた他の父親たちと共にドッヂボールの真っ最中であった。

親子でそれぞれペアになり、クラスを2つに分けての真剣勝負。

俺とお父さん、イチローと志郎さんは別のチームになり、今は敵同士となっているのだが、そのせいか志郎さんはゲーム開始序盤から俺ばかりを狙ってボールを放ってきた。

その結果が、冒頭の顔面ボールキャッチだ。

 

「ってぇー……頭、クラクラする……」

「志郎!お前、相手は小学生だぞっ!大人気ないとは思わないのか!?」

「はっ、なんだよっ!けー、お前は親バカ過ぎだっつーの!いーじゃねぇか!どーせ顔面はセーフだろ体狙わなかっただけ大人な対応だっつーの」

 

隣で聞こえてくるお父さんと志郎さんの口論。

そんな俺の隣では、敵チームの陣地からこちらへ走って来たイチローが心配そうに俺の顔を覗きこんでくる。

 

「けーたろ、大丈夫?」

「だい………ぁ」

 

大丈夫。

そう言おうと俺が口を開いた瞬間、俺は自分の手にベッタリと付いた真っ赤な鮮血に目を見張った。

多分、さっきの顔面へのボールのせいだろう。

………まぁ、簡潔に言うと、俺は鼻血を流しているわけだ。

 

「けーたろ!鼻血だ!鼻血出してる!」

 

俺が手についた血をぼんやり見つめていると、それを見たイチローがビックリしたように叫び出した。

いやいや、イチロー。

何、大声で言ってんだよ、恥ずかしいな!

 

「敬太郎?おい、大丈夫か?」

「……うん、ちょっと鼻血出てるだけだから」

 

イチローの大声のせいで、俺のお父さんだけでなく他のクラスメイトやら、その父親まで俺の元へ集まり出した。

なんだこの鼻血を見られる羞恥プレイは。

 

「なんだよ、鼻血くらいで大袈裟だっつーの!」

「志郎!お前いい加減にしろっ!」

 

またもや、突然始まりかけたお父さんと志郎さんの口喧嘩に今まで黙って審判に勤しんでいた一郎が慌てて俺達の元へやってきた。

一郎、いつも以上に今日は大変そうだな、主に俺とイチローの父親のせいで。

 

「はいはい、お父さん方落ち着いて下さい!」

「せんせー!けーたろ鼻血出してる!」

 

慌ててやってきた一郎に対して、またしても大声で鼻血鼻血と叫ぶイチローに俺出ている鼻血を全て吸い込んでしまいたい衝動に駆られた。

畜生、恥ずかしいな、おい。

 

「あー、鼻血か。ちょっと、外の水道で洗って来た方がいいな」

「すみません、先生。それなら、俺が一緒に行ってきますので」

「おい!けー!お前、勝負から逃げるのか!?」

「お前はちょっと黙れ!」

 

何かとこちらに突っかかってくる志郎さん。

それを面倒臭そうな表情であしらうお父さん。

俺は、志郎さんの俺へのつっけんどんな対応に心当たりがあったため、俺は隣にしゃがんでいた一郎の服をちょいちょいと引っ張った。

そんな俺に、一郎は一瞬驚いたような表情で俺の方を見てきた。

 

「お父さん、俺、先生に付いてきてもらう」

「え、いや、でも……」

 

俺の発言にお父さんは少しだけ不満気な表情で、俺と一郎を見てきた。

しかし、ここで俺にお父さんを付いてこさせるわけにはいかないのだ。

 

「お父さん。おじさんに仕返ししてよ。俺の仇打ちして」

「志郎に、敵討、か……」

「うん。お父さん、おじさんにボールぶつけて外野にしてよ」

 

俺が鼻血の垂れる鼻を押さえながら、お父さんにそう言うと、お父さんは少しだけいつもの穏やかな表情に意地悪そうな表情を浮かべた。

 

「お父さん、運動音痴だからわからないけど……まぁ、一発ボールくらいぶつけてやらないと、確かに気が済まないな」

「うん……!」

 

そう、頷きながら俺は密かに思った。

お父さんが、志郎さんにボールをぶつけるなんて、多分無理だと思う。

お父さんも、俺と一緒であんまり体育得意じゃないみたいだから。

それは、このドッヂボールの時間のお父さんを見ていたらよくわかった。

 

けどさ。

 

「お父さん!約束だよ!」

「おう、任せとけ」

 

けど、少しだけやる気になったお父さんに俺はなんだか嬉しくなると鼻を手の甲で勢いよく拭って、反対の手で俺はお父さんの手にハイタッチした。

そんな俺とお父さんを、敵陣地では志郎さんが不機嫌そうに眺めている。

そんな志郎さんの視線を感じながら、その後俺は一郎に手を引かれ、体育館の外にある手洗い場へ急いだ。

 

俺が外へ出ると、中断されて居たゲームが、また勢いよく開始されたのが背中から聞こえてきた声援でわかった。

その中で、先程より更に大きな声でゲームに勤しむ志郎さん。

 

ところどころで、お父さんの声も交っている。

 

その二つの声が、なんだか子供みたいに楽しそうで。

俺は少しだけ微笑ましい気持ちになって、握っている一郎の手を強く握りしめた。

 

まぁ、こんな時くらい、志郎さんに花を持たせてやらないとな。

 

そんな事を想いながら。

 

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