12:理由

(おまけ的な)

———

 

 

 

「そう言えばさ、お前、何であんなにイチローの父ちゃんから目の敵にされてんだよ」

 

俺は一郎にひとしきり抱きついた後、一郎から降ってきた疑問に抱きついていた体を離して顔を上げた。

にもかかわらず、一郎は俺を撫でる手を止める事はなく、俺は少しだけ身をよじって一郎の手から逃れた。

 

うん、ちょっと……鬱陶しかったんです。

 

まぁ、そんな俺の行動にムッとしたのか、一郎は少しだけ不機嫌そうな目で俺を見下ろしてきた。

そんな一郎の意識を逸らすように、俺は体育館から聞こえてくる志郎さんの声に目を向けた。すると、それにつられるように一郎も手洗い場の真横にある体育館に目をむける。

 

中からは、先程同様、元気よくはしゃぎまわるイチローと志郎さんを筆頭とするクラスメイト達の声がこだましていた。

 

「あー、志郎さんのアレはね、ただのヤキモチだよ」

「ヤキモチ?」

 

一郎は俺の言葉が意外だったのか、さっきまでの不機嫌そうな顔から一転してぱちぱちと目を瞬かせた。

 

「志郎さんと俺のお父さんは昔からの幼馴染でね。……多分、今のイチローと俺と同じような関係だったんだよ。そこに、お父さんがお母さんと結婚して……で、俺が生まれたでしょう?そしたら必然的にお父さんの目は全て家族優先になっちゃったから……」

「いや、でもそれはイチローの父ちゃんも同じだろうが」

「まぁ、そうなんだけどね。あの人は子供のまま大きくなったような人だから。ずっと一緒に遊びまわってたお父さんが、急に家族ばっかりに目を向けたのが悔しかったんだと思う。特に俺なんかは、一人っ子の男の子だからさ。お父さん俺につきっきりになっちゃって。赤ん坊の頃からよくグチグチ文句言われてたよ」

 

俺は一郎に言いながら昔の出来事をツラツラと思い出した。

赤ん坊としてまだベビーベッドに寝ている俺に、志郎さんはよく不機嫌そうに俺に向かって呟いていたものだ。

 

『敬太郎のばーか』と。

 

おまけによくほっぺたをグイグイ指で押れて泣かされた。

本当に、あの時から思ってきた事だが志郎さんは大人気ない。

どんだけお父さんを取られて悔しかったんだ。

 

まぁ、志郎さんは志郎さんで傍から見るときちんとイチローのお父さんをやっているのに、何故かお父さんに関しては子供のようになる。

 

今年の夏の沖縄旅行の時なんかは決定的で、久しぶりに作った俺との時間をどうにかしようと画策するお父さんに対して志郎さんはブチ切れながら「けー、家族サービスより俺サービスしろよっ!?」と叫んでいた。

あの時はお父さんも心底呆れたような表情をしていたが。

 

……まぁ、何と言うか。

志郎さんは極端ではあるが、その気持ちはわからないでもない。

俺は体育館での志郎さんの声を聞きながらぼんやりとそんな事を思った。

 

俺は途中で死んでしまったせいで、一郎とそんな微妙な関係になる事もなくここまできてしまった。

……いや、一度は物凄いケンカをして離れた事もあったがあれとこれとはまた違う。

いつも一緒に居た親友が、もし幼馴染の自分より、そして何より己自身より大切な存在が出来てしまうと言うのは一体どんな気持ちがするのだろうか。

幼い頃や、独身の時のように、身軽に自分の楽しみだけを追う事ができなくなってしまった親友の隣というのは、一体どんな気持ちなのだろう。

 

もし、一郎が結婚してしまって、家族を第一に優先するようになってしまったら、俺は果たしてその事実を何の邪な気持ちも無く祝福してやれるのだろうか。

 

俺はそう遠くなさそうな未来を想うと、少しだけ気持ちがモヤモヤするのを感じた。

一郎だって、もう25歳だ。

いずれ、結婚して、子供が出来て、そして家族を一番に考えるようになる。

志郎さんの姿は、そう遠くない俺自身の姿なのではないかと、今日は志郎さんの姿を見ながら強く思ってしまった。

 

俺は一人でに進んでいく考えたくない未来に、隣に立つ一郎をゆっくりと見上げた。

すると、見上げた瞬間、一郎も俺の事を見下ろしていたようでバチッと勢いよく目があった。

 

「……なぁ、敬太郎」

「どうした、一郎」

 

ジッと目を合わせたまま、一郎は力いっぱい握りしめていた己の拳を開くと、そのまま俺の頭にポンと乗せてきた。

 

なんだろう。

さっきは少し鬱陶しかったのに、今はこの暖かさに少しだけ安心している自分が居る。

俺はサラサラと一郎に頭を撫でられながら小さく目を細めると、一郎は少しだけ言いにくそうな表情で俺の顔を見つめていた。

 

「俺、ちょっとイチローの父ちゃんの気持ち、わかるかもしんねぇ」

「……どう言う、ところが?」

 

俺が更に一郎に問いかけると、一郎は突然俺の前に来ると、俺の目線に合わせて体をかがませてきた。

そして、何と言うのか……一郎はジッと俺と目を合わせたまま、早口にい放った。

 

「算数、やっぱお父さんじゃなくて、俺に聞きに来いよ」

「…………」

「俺が、敬太郎に、教えるんだ。全部」

 

そう、多少ムキになったような表情で俺を見つめてくる一郎に、俺は先程まで感じていたような焦りがスッと消えていくのを感じた。

 

あぁ、なんだ。

お前も同じ事考えてたのかよ。

 

「っはは!うん、俺、やっぱり一郎のとこに、一番行くと思う」

「……絶対だからな」

「うん!絶対だ!」

 

俺は一郎にニッと笑いかけると、一郎は少しだけ安心したように俺の頭をまたゆっくりと撫でてくれた。

もしかすると、そう遠くない未来。

俺達は互い以上に大切な何かを見つけてしまうかもしれない。

 

そして、互い以上に優先せねばならない何かを持つのかもしれない。

しかし、とりあえず、今は

 

 

 

お互いがお互いの、一番で居続けよう。

 

 

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