18:一杯の酒

 

 

 バサバサバッ。

 俺の叫び声と共に、フクロウが羽ばたいた。声を張りすぎて肩で息をし始めていた俺は、チラリとフクロウに目をやった。

 フクロウは足の鎖で飛び立つ事は叶わず、また止り木に足を下ろしていた。

 

「どうしてこの店に、そんなにこだわる?他にも酒場なんて山ほどあるだろうに」

 

 突然、冷静な声で問われた問に俺はハッと男の方を見た。男はカウンターに肘をつくと、気怠そうに俺を見ていた。背筋は伸びておらず、緩んでいる。

 それは、男から俺への初めての問だった。

 

「言ったな!」

「は?」

「あなたは今ハッキリと言った!ここを“店”だと!やっぱりここは店なんだ!だとしたら、俺は客にだってなれる筈だよな!」

「…………屁理屈か」

「俺の言ってる事は理に叶っている!」

 

 俺は胸ポケットから財布を取り出すと、一枚の紙幣を取り出した。

そして、男の座っているカウンターへ紙幣を叩きつけると、そのまま俺も席についた。

 

「俺もその酒が飲みたい!」

 

 そう、俺が指差したのは、男の持っている乳白色の見た事もない酒。どんな味がするのか分からない。分からないから呑んでみたい。

 ここにはまだまだ俺の知らない酒が山のようにあるのだ。

 

「……勝手にしろ」

 

 男はカウンターに置かれた紙幣を乱暴に掴むと、そのまま自分の懐へと入れた。入れたはいいが、男はそのまま自分の酒を飲み続けるばかりで、少しも酒を俺に出す素振りを見せない。

 

 いや、だから俺はその酒が飲みたいんだよ!

 

「あの、それ、どの瓶のやつ?」

「は?これはもう無いが?これで最後だ」

 

 しれっと返されたその言葉に、俺は心底イラッとした。なんて客への態度のなってない店なんだ!

 故に、俺は男の手から酒を奪い取ると、一気に飲み干してやった。

 

 バサバサバッ。

 

 フクロウがまた羽ばたく。羽ばたいた瞬間、羽から一枚の翼がヒラリと舞った。

 

「お前……」

「これは……なんか、パウの乳みたいな味だな。舌触りもスッキリしてるし、何の酒なんだ?」

「はぁっ……質問には答えない癖に、質問ばかりする。面倒な客だな」

「あなたも、金は取る癖に客扱いしない変な店主だな」

「……ちなみにそれは酒じゃない」

「え!?」

 

 男の言葉に俺は目を瞬かせた。酒じゃないだと?

 そんな俺の反応に男は鼻で笑うと、そのままカウンターに入って一本の酒瓶を取り出した。

 

「今飲んだのは、パウの乳だ。みたい、ではなくそのものだ」

「え!?はぁ!?」

「飲む前にパウの乳を呑むと、酔いにくくなる」

「へぇ」

「嘘だ」

「はぁっ、なんだよ!?」

「俺がただ呑んでただけだ」

 

 いけしゃあしゃあと好きな事ばかり言う男に、俺はカウンターの下で静かに拳を握りしめる事しか出来なかった。

 この男、俺を苛つかせて出て行かせるつもりじゃなかろうか。

 

 —-そうは行くか、絶対に出ていかん!

 

 そう、俺が決意を新たにした時だ。

 コトン、と静かな音と共に、俺の前に一つのグラスが置かれた。色は透明な黄色。香りはさわやかな柑橘系だ。

 

「それ1杯呑んだら出て行けよ」

「~~~~~っ」

 

 俺は久々の酒に若干涙ぐみそうになった。いや、もうその時には、達成感と満足感で満たされて泣く寸前だったのだ。

 そんな俺に男がどんな顔をしていたかなんて、俺は知らない。

 

「いただきますっ」

 

 俺はもう、目の前にある見た事もない酒しか眼中になかった。