バサバサバッ。
俺の叫び声と共に、フクロウが羽ばたいた。声を張りすぎて肩で息をし始めていた俺は、チラリとフクロウに目をやった。
フクロウは足の鎖で飛び立つ事は叶わず、また止り木に足を下ろしていた。
「どうしてこの店に、そんなにこだわる?他にも酒場なんて山ほどあるだろうに」
突然、冷静な声で問われた問に俺はハッと男の方を見た。男はカウンターに肘をつくと、気怠そうに俺を見ていた。背筋は伸びておらず、緩んでいる。
それは、男から俺への初めての問だった。
「言ったな!」
「は?」
「あなたは今ハッキリと言った!ここを“店”だと!やっぱりここは店なんだ!だとしたら、俺は客にだってなれる筈だよな!」
「…………屁理屈か」
「俺の言ってる事は理に叶っている!」
俺は胸ポケットから財布を取り出すと、一枚の紙幣を取り出した。
そして、男の座っているカウンターへ紙幣を叩きつけると、そのまま俺も席についた。
「俺もその酒が飲みたい!」
そう、俺が指差したのは、男の持っている乳白色の見た事もない酒。どんな味がするのか分からない。分からないから呑んでみたい。
ここにはまだまだ俺の知らない酒が山のようにあるのだ。
「……勝手にしろ」
男はカウンターに置かれた紙幣を乱暴に掴むと、そのまま自分の懐へと入れた。入れたはいいが、男はそのまま自分の酒を飲み続けるばかりで、少しも酒を俺に出す素振りを見せない。
いや、だから俺はその酒が飲みたいんだよ!
「あの、それ、どの瓶のやつ?」
「は?これはもう無いが?これで最後だ」
しれっと返されたその言葉に、俺は心底イラッとした。なんて客への態度のなってない店なんだ!
故に、俺は男の手から酒を奪い取ると、一気に飲み干してやった。
バサバサバッ。
フクロウがまた羽ばたく。羽ばたいた瞬間、羽から一枚の翼がヒラリと舞った。
「お前……」
「これは……なんか、パウの乳みたいな味だな。舌触りもスッキリしてるし、何の酒なんだ?」
「はぁっ……質問には答えない癖に、質問ばかりする。面倒な客だな」
「あなたも、金は取る癖に客扱いしない変な店主だな」
「……ちなみにそれは酒じゃない」
「え!?」
男の言葉に俺は目を瞬かせた。酒じゃないだと?
そんな俺の反応に男は鼻で笑うと、そのままカウンターに入って一本の酒瓶を取り出した。
「今飲んだのは、パウの乳だ。みたい、ではなくそのものだ」
「え!?はぁ!?」
「飲む前にパウの乳を呑むと、酔いにくくなる」
「へぇ」
「嘘だ」
「はぁっ、なんだよ!?」
「俺がただ呑んでただけだ」
いけしゃあしゃあと好きな事ばかり言う男に、俺はカウンターの下で静かに拳を握りしめる事しか出来なかった。
この男、俺を苛つかせて出て行かせるつもりじゃなかろうか。
—-そうは行くか、絶対に出ていかん!
そう、俺が決意を新たにした時だ。
コトン、と静かな音と共に、俺の前に一つのグラスが置かれた。色は透明な黄色。香りはさわやかな柑橘系だ。
「それ1杯呑んだら出て行けよ」
「~~~~~っ」
俺は久々の酒に若干涙ぐみそうになった。いや、もうその時には、達成感と満足感で満たされて泣く寸前だったのだ。
そんな俺に男がどんな顔をしていたかなんて、俺は知らない。
「いただきますっ」
俺はもう、目の前にある見た事もない酒しか眼中になかった。