64:教会図書館担当神官

 

「アウト。お前は教会図書館の担当神官について、現代教会史で習わなかったのか?」

「いや、多分教本には載ってなかったよ」

「習う。どの学窓の現代教会史にも必ず載る分野だ」

「……ぐう」

 

 まったく、言い返す余地くらい残して欲しい。いや、だって仕方がないのだ。

 世界教会史の歴史分野の方はまだ物語染みていて聞くに堪えたが、現代教会史の授業に関しては起きていた試しがない。何が楽しくて、教会組織の在り様や宗教法などを学ばなければならないのだろう。俺にとってあれは寝る時間だ。

あぁ、良い睡眠時間をありがとう。

 

「アウトさん。教会図書館の担当神官には大きな責務が2つあります」

「あ、ハイ」

 

俺の乾いた返事とは裏腹に、セイブが俺に向かって真摯に説明の態勢に入った。さすがに、この説明中に寝る訳にもいかないので、しっかり聞くしかない。

 

「まず、1つ目が世界各地に点在する“知の禁書庫”と呼ばれる蔵書室にある書物の解読と解析。知の禁書庫には、この世界の成り立ちや、人の生死、転生後の世界、前世の記憶にまつわるこの世界の全ての知識や記録が蔵書してあると言われています。ただ、禁書庫内にある蔵書は現代の文字で記録されている訳ではないので、非常に解読が困難です。しかも、点在する禁書庫それぞれで使用されている古代語も異なるので、全て解読するのは途方もない時間を要します。それを、代々引き継ぎながら行うのが教会図書館の神官です」

——-なので、アウトさんがおっしゃっていたように、ウィズ先生は頭が良いです。

 

 そう、急に俺の目線に立ったような説明が最後に入った。セイブなりに頑張って平易な言葉を選んでくれているのだろうが、その気遣いが逆に俺を居たたまれなさのど真ん中に突き動かした。

 あぁ、こんな事なら寝るのもそこそこに、現代教会史の授業も少しは聞いておくべきであった。

 

「そうだな。そんな訳で、俺は頭が良いんだよ」

「わかったから!ごめんなさい!本当に勉強不足でした!」

「そして、もう一つが」

「あ、ハイ」

 

 最早ウィズからの追撃に恥じ入る暇もないこの状況に、俺は今日この酒場に一体何をしに来たのだろうかと、目の前にあるグラスを見つめた。足の細い丸いグラスに、形の歪んだ俺が映っている。

飲みたくとも、いつの間にか俺の酒は底をついている。あぁ、飲まねばやってられない状況なのに、この間の悪さよ。

 

「2つ目が、次代の神官の育成業務。つまり、神官学窓の教師です。教会図書館の神官は、基本的に知識豊富な人材が登用されるので、そのまま俺のような見習い神官の教師も担当する事になります」

「あっ、セイブ君も神官なんだ!」

「まだ正式には神官ではありません。神官の卵ではあります」

 

 まさか、居合わせた4人の内の半分が神官なんて、こんな神官人口密集度が高い所が教会以外にあろうとは。そして、ウィズがそんなに凄い仕事をしている神官だとは思いもしなかった。

 

「ウィズ、お前って本当に凄い奴だったんだな」

「別に凄くない。自分が知りたい事を調べていたら、たまたまそうなっただけだ」

「……そうか」

 

 そう、どこか遠くを見るような目で酒に手を付け始めたウィズに、俺は本能的にそれがインの事だと分かった。ウィズのたまに見せる、この遠くを見るような目は、前世、そうインへと向けられていたのだ。

 

 “あの日”を境にようやくそれを理解した。この目で、ウィズが俺を見つめた“あの日”から。

 

「先生、感傷に浸っていらっしゃるところ悪いのですが、せっかくなので僕の連れを紹介させてください」

「……誰が何に浸っているって?」

「先生って研究以外に興味のない方だと思っていたんですが、ちょっと俺の中で先生についての情報を修正しておきます」

「生意気な」

「先生のこんな顔、きっと学窓の皆も知ったらきっとビックリすると思います。今日はここに来て正解だったかもしれない」

 

 セイブはどこか笑いを含んだような口調でウィズに言葉を仕掛ける。こういう所を見ると、確かにセイブの見た目は若いが中身はそうでない事を垣間見る事が出来る。

 あのウィズを、小動物をからかうように扱えるなんて、本当に彼は生徒の仮面をかぶった“王様”だ。これは授業もやりにくかろう。

 

 俺が心の底からウィズの勤務状況について同情していると、セイブを制するようにアズの手が急に彼の前へと突き出された。