1:あの子

 

 

 

『オレ、せんせーん事、多分一生わすれんち思うっちゃん!』

 

そう、記憶の中で盛大に笑う子が居る。

10年経とうと、20年経とうと、あの子のことだけは忘れないだろう。

そう、教師である彼が卒業式の日に、改めて思った子供が居た。

 

その子は10年経っても。20年経った今でも、記憶の中で盛大に笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

【忘れられない記憶より、愛をこめて】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師である彼の名は野澤 ヤスキ(のざわ やすき)という。

年はその頃24歳。

教師歴2年目の若い教師であった。

 

ヤスキが務めるのは王溝小学校という、大岐街に3校ある小学校のうちの一つだった。

大岐街は小学校が3つ、中学校が1つ、そして高校1つ、大学が1つ存在する一群一町の小さな街の割に教育機関が全て揃っている、珍しい街である。

そこで、ヤスキは教師としての第一歩を歩み始めたのだ。

 

そして、そんな彼が生涯忘れる事が出来ないであろうと思った子供が、平川 拓道ひらかわ たくみという、当時10歳の男の子である。

 

出会いは教師1年目、ヤスキが23歳の時。

まだ新人教師という事もあり、ヤスキは5年2組という、一人のベテラン教師が教鞭を務めるクラスの副担任というカタチで教壇に立っていた。

 

しかし、その2組に拓道は存在しなかった。

 

理由は簡単である。

何故なら拓道は5年1組の生徒だったからだ。

隣のクラスの生徒と教師という、さして関わりのないヤスキと拓道が接点を持ったのは、2学期に入ってしばらくしてからだった。

 

ある日の職員会議で1組の担任をしていた里田めぐみという女性教師の、結婚と妊娠が発表された。

 

結婚式は12月。

そして、出産予定日は来年の5月という、なんとも突然な話であった。

里田めぐみは派手さはないものの清楚な女性で、子供達にも保護者からも信頼のある人気の教師だった。

 

そして、彼女はヤスキの憧れのでもあった。

どんな生徒にも真摯に向き合い、子供達のやる気の種を育む彼女の教育者としての姿は、ヤスキの目標となっていた。

そんな彼女に、新人だったヤスキは助けられっぱなしだった。

慣れない事ばかりで落ち込むヤスキの相談に乗ってくれたのも、1度や2度の話ではない。

その相談は本来、ヤスキと同じく2組の担任である初老の男性教師にすべきところである。

しかし、ヤスキにとっては年もわりかし近く、話しやすいめぐみの方に何でも相談する癖がついていた。

そんなヤスキにベテラン教師の方も『めぐみ先生は本当に良い先生だから、どんどん吸収しておきなさい』と優しく笑っていた。

 

そんなめぐみが結婚し、そして来年からは産休に入る。

 

ヤスキにとって、それはめでたいニュースでありながらショックなニュースでもあった。

そう、少し、ほんの少しヤスキの本音を漏らすならば、ヤスキは微かにではあるがめぐみに恋しかけていた。

ヤスキの衝撃は、頼りになる先輩が居なくなってしまう不安と、好きな人が結婚してしまうという失恋により形成される、なんとも掴みがたく深いものだった。

しかし、そんなヤスキの衝撃など知る由もなく、結婚の報告をするめぐみは幸せそうに笑っていた。

 

そんなめぐみにヤスキもショックからゆっくりと立ちなおっていった。

失恋といっても、本人も気づかない程の小さな恋の芽程度だったのが、ある意味救いだったのだ。

 

そして、ショックから立ち直るにつれヤスキの中に芽生えたのは、お世話になっためぐみに、なんとか恩返しがしたいという純粋な想いだった。

故に、ヤスキは初めて同じクラスを担当するベテラン教師に自ら相談した。

 

『めぐみ先生の結婚式に、1組の生徒のビデオレターを撮って流したいんですけど』

 

そう、言って既にビデオカメラを持つヤスキにベテラン教師は大いに笑った。

 

『良い結婚式になりますね』

 

そう、微笑み返してきたベテラン教師にヤスキはこの人の前ではまだ自分も生徒の一人である事を自覚した。

教師になった事で良い教師たろうとして背伸びをしていたヤスキにとって、ベテラン教師のその包み込むような微笑みは、ヤスキの背伸び疲れた背中をほぐしてくれるようで、とてもホッとした。

 

 

めぐみ先生に内緒でビデオレター。

 

その企画を進めるべく、ヤスキはめぐみの居ない時を見計らって1組へと足を伸ばすようになった。

 

 

そこに、その子は居たのである。

 

 

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