2:平川 拓道

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『めぐみ先生が結婚するのは、皆知ってるよな?』

 

 

 

そう問いかけるヤスキに、1組の生徒はどこかワクワクしたような顔でヤスキを見つめた。

隣のクラスの若い教師がこっそり自分達の教室にやって来た。

しかもその手にあるのはビデオカメラ。

これは何かあると子供を浮つかせるには十分な要素がそこにはあった。

ヤスキが何をしようとしているのか、子供達には一目瞭然だったのだ。

 

『めぐみ先生の結婚式に、みんなからのビデオレターを流したいんだ。もちろん、めぐみ先生には内緒で!』

 

内緒。

その言葉に子供達のテンションは更に上がる。

何をどういう風にビデオレターの中に盛り込むのか。

早速その日から、めぐみの目を盗み、昼休み放課後、合わせて30分程の時間をビデオレターの制作時間に当てる事となった。

 

11歳。小学5年生と侮るなかれ。

ビデオレターの時間、構成、配役、バックミュージック。

それら全てにおいて、生徒達は意外な程しっかりした案を出していくのである。

 

普段のめぐみとの授業風景を再現VTR風に演じたり、ベタに手紙を読んだり、これまたベタに歌ってみたりと。

意外にもそれらを全て生徒達主導で、ブレずに行っていくのだ。

ヤスキが助言する隙など、そこには一切なかった。

 

10分という短い時間の中に、無理なく笑いと感動が詰め込まれていくビデオレター。

悲しい事に、完成したソレは去年友人の結婚式で行ったヤスキ達大人の余興なんかよりも、抜群に完成度が高かった。

ヤスキは子供達の発想力と行動力を間近で目撃し、結果、なんとも言えず恥ずかしい思いをする羽目になったのである。

 

その、大人の舌を巻く程のビデオレター作りを支えたのは2人の生徒だった。

 

『じゃあ、今日は再現VTRの前半までな!』

 

クラスに必ず一人は居る大人顔負けの指導力で周りを引っ張っていく者。

ヤスキは黒板の脇で子供達の話合いの風景を眺めながら、思わず目を細めた。

その視線の先に居るのは、1組の指導者的立ち位置を確立している男の子の姿。

 

伊藤 忠孝(いとう ただたか)。

某、日本地図を完成させた偉人と同じような韻を踏むその名前の子は、その偉人同様頭も良く、スポーツ万能、そして周りの子にも優しいという、なんともデキた小学5年生だった。

5年生になって7通もラブレターを貰ったというのが、またリアルな数字でモテ度を表している。

 

その忠孝のお陰で、滞ることなく進むビデオレター制作。

それは、めぐみの居ない間を縫い約1か月をかけて行われた。

しかし、そのビデオレター制作で最も目立っていたのは、その忠孝ではなかった。

 

『先生出る!おならが!出る!』

『もー!拓道くん。静かに出しなさい!』

 

椅子の下に手を挟んで悶え苦しむ男の子と、それを『まったくもー』と言いながら真面目に返す女の子。

そして、その様子を撮影するヤスキ。

これは1組の1学期のある風景を再現した、再現VTR。

まぁ、どちらかと言えばショートコントに近い。

 

ヤスキは撮影しながら笑い声が漏れないのと、手ぶれしないようにするので精一杯だった。

この再現VTRもどきショートコントの台本を考えた彼こそ、おならを静かに出そうとして失敗した平川拓道だ。

 

再現VTRはところどころで忠孝の冷静なナレーションも加わり、見事某テレビ局の仰天ニュース風に仕上げられていた。

最終的には番組の最後に必ずと言っていい程入る『現在のめぐみ先生を尋ねた~』という導入を行い、忠孝の冷静なナレーションで『今も彼女は幸せに暮らしている』という台詞で締められた。

 

ヤスキは手元にあるビデオレターの台本を捲りながら、何度目ともつかない感嘆の息を漏らした。

 

400字詰め原稿用紙に、決して上手いとは言い難い拓道の文字が自由に盛大に踊る。

自由でありながら、その台本は細部の詰めまでしっかり整っていた。

誰がどこでどのように動くのか、ナレーションの入るタイミング、バックミュージックの入り方、その時のカメラの立ち位置。

そういった細かい流れの全てが書きこまれたその台本に、ヤスキはまたしても小学生と侮るなかれ、と息を呑んだのである。

 

『おならが出そうで思わず手を上げてしまった』男子小学生の鏡のような彼からは想像もつかない、発想力と表現力である。

 

そんな、並はずれた発想力と表現力を持つ拓道は、常々めぐみの口からは「ちょっと困った子」として語られていた。

時間割は揃えられない、連絡帳は書かない、生理整頓はできない、授業は真面目に受けない、成績も学年で最下位、好きな事は好きな時に好きなように行う。

小学5年生なら当たり前に出来るであろう事が、拓道は何一つできないのである。

 

めぐみは拓道の母親から『うちの子はADHDなのでは?』と何度も相談を受けていたらしい。

 

ADHD。

注意欠陥・多動性障害と呼ばれるそれは、多動性、不注意、衝動性などの症状を特徴とする発達障害と言われている。

脳障害の側面が強いとされ、しつけや本人の努力だけでは対処するのは困難であることが多く、学校教育の場でも多いに議論されている事柄の一つだ。

ADHDの子供に対し、どのような教育を行っていくべきか。

ヤスキも大学でその問題には何度も取り組んで来た。

 

しかし、そんな周りの大人達の評価とは裏腹に、拓道はいつもクラスの中で一番笑っている子供だった。

 

突然始まる彼のソロダンスは教室内にとどまらず、廊下でも披露され、ヤスキはその姿を、これまで何度も目にしていた。

 

『ふうっふー!ふうっふー!』

 

その全てが彼のオリジナルである事は一目了然だ。

グルグルと回りすぎて、本気で廊下に給食を嘔吐するなどという狂気じみたダンスを、ヤスキは生まれて初めて目撃した。

まぁ、拓道のダンスは常に刹那的であるが故、もう二度と同じダンスはできない。

つまり、テキトーなのだ。

 

ついこないだは、廊下に貼ってある消防のポスターに向かって、ひらすら壁ドンをしていた。

~消し忘れ、その心の隙間が命取り~

 

ドンッ。

 

なんともシュールで狂気。

『壁ドン』というのは、その名の通り壁に向かって衝撃を加え“ドン”と言う衝撃音を響かせる行為である。『壁ドン』は使用者によって、意図や用途の異なる意味合いを持つ。

その中でも、拓道の行う壁ドンは”恋愛的壁ドン”であった。

決して集合住宅などで行われる抗議的意味を持つ『壁ドン』ではない。

何故、拓道の『壁ドン』が“恋愛的壁ドン”だとヤスキに分かるのかと言えば、それは簡単で。

 

拓道の顔がとてつもないキメ顔であったからに他ならなかった。

~消し忘れ、その心の隙間が命取り~

 

ドンッ。ドンッ。ドンッ。ドンッ。

 

なんとも滑稽で狂喜。

何度も繰り返し行われるソレは、どうやら『壁ドン』の練習らしかった。

そのうち、真剣に消防のポスターに壁ドンを繰り返す拓道に触発されて、忠孝をはじめとする5年生男子を巻き込んだ空前の壁ドン練習ブームが巻き起こった。

 

男子小学生同士で突然始まる壁ドンにヤスキを始めとする教師達は笑いを禁じ得なかった。

 

『壁ドンやろーばい!』

 

野球やろうぜ!そんなノリで始まる壁ドン遊びには、野球のようなルールも勝敗も無い。

けれど、やっている本人達の楽しそうな事といったら、それはもう立派な“遊び”だった。

 

平川拓道はその名の通り、自らの道を清々しく切り拓く元気な男の子だったのだ。

周りの大人の目なんて気にしない、彼の自由奔放さはヤスキにとって眩しくて仕方がなかった。

故に、ヤスキはめぐみから聞いていた拓道の話と、自らの手にある拓道の作った台本の細やかさと完成度の高さに、なんとも言えない子供の持つ無限大さを垣間見たような気がした。

そして、ビデオに生き生きと映る拓道を見ながらヤスキは本能的に感じた。

 

拓道はADHDではない、と。

 

幸か不幸か、現在は昔とは異なり子供の多様性を認め、伸ばしていく教育風潮が出来あがっている。

障害も個性の一つ。

そう、様々な生徒に向き合い、逆に彼らの個性を伸ばしていくため、教師たちは現場で日々工夫を凝らしている。

そんな多くの教師達の長年の努力の甲斐もあり、様々な個性を持つ子供達が生き生きと学校生活を行っていけているようになったのも事実だ。

 

多大に広まった情報と、教育現場の成熟は思わぬ弊害を生む事もあるのか。

ヤスキは拓道の弾けるような笑顔を見ながら、そう実感した。

“型にハマらない先生を悩ます子供”は、その大小に関わらず『何らかの障害はあるのでは?』という起点で思考や対策がスタートされる。

 

 

それが子供達を救うこともあれば、問題の論点を大きくズラしてしまう事もある。

しかし、ヤスキがその事を多いに実感するのはまだ先の話である。

 

 

 

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