13:いってらっしゃい

——-

———–

—————–

 

 

≪それでは、今週一週間のニュースを検索ワードランキングで振り返りましょう≫

 

ヤスキは出勤前の時間をコーヒーとパンを片手にゆったりと過ごす。

時は12月半ば。

記録的な暖冬を迎えたこの年の冬であったが、やはり冬。

寒いものは寒い。

 

ヤスキはヒーターで暖まった部屋でいつも欠かさず見ている朝の情報番組を眺めていた。

ぼんやりと頭の片隅では、今日やるべき業務について思考を巡らせる。

既に勤めている小学校は冬休みに入っていたが、だからといって教師も同時に冬休みがスタートするわけではなく。

ヤスキは学校に残っている雑務の処理のため、今日も一人の部屋で身支度を整え朝の出勤前の時間を、いつもの声を聞きながら過ごすのだ。

 

野澤 ヤスキ

現在、彼は44歳になっていた。

 

 

≪さて、今年も残りわずかとなりましたが今年1年を漢字一文字で表すとどうなるか、街頭でみなさんに聞いてきました≫

 

「今年1年かぁ……あっという間過ぎて何があったかな」

 

ヤスキはテレビの画面で笑顔で街頭インタビューの結果を伝えるアナウンサーを見ながら、一人思考にふけってみた。

そして、思う事は最近決まっている。

 

「年、とったなぁ」

 

思い出そうとして、そのニュースや出来事が果たして今年の出来事だったか、一昨年の出来事だったか、自分でも頭を傾げる羽目になる。

それが顕著に表れるのが、ヤスキ自身のプライベートな思い出である。

小学校教諭をしているヤスキにとって生徒との思い出は、彼らの成長と共に時系列化し記憶されるのだが、ヤスキ自身の事となると途端に記憶の順序があやふやになる。

 

まぁ、隣に誰か共に人生を歩んできた“誰か”が居るならば、尋ねる事も、そして共有し思い出す事も可能だろう。

しかし、冒頭の通り、ヤスキは一人で出勤の準備をし、そして一人でテレビを見ている。

 

共に人生を歩んで行けそうな人が居なかったわけではない。

けれど、それはヤスキにとって結構悲惨な思い出でもあるので、余り好き好んで思い出さないようにしている。

まぁ、ありていに言えば長く付き合っていた彼女が結婚直前に親友に寝取られただけの話しなのだが。

 

しかし、それも思い出せば8年程前の出来事であるから時の早さには眩暈がしそうだ。

 

「いや、今年を振り返ってって言っても、まだ今年はあと1週間あるし」

 

今年を振り返り特になにもなかったな、と思った瞬間ヤスキは慌てたように首を振った。

テレビに映るアナウンサーは時事ネタから芸能ニュースまで堪能に今年1年を伝えているというに、いや、自分だって何かあった筈。

なんて、一人の部屋でヤスキは一人ごちる。

 

「1週間で何か起こる可能性もなきにしもあらず……」

 

年を取ると独り言も増える。

冬休みに入って、子供達の元気な姿を見なくなると途端にヤスキは自分が一気に老けこんでしまったような気分になる。

そうして思うのは、自分はやはり子供達から顕著にエネルギーを貰って生きているんだな、という事であった。

 

≪みなさん、今年をこうして締めくくりにはかかっていますが、また今年はあと1週間はあります。やり残したと思う事は今からでも遅くありません。是非、やってみましょう≫

 

「それにしても……本当に立派になったもんだなぁ」

 

ヤスキは手元にあったコーヒーカップと、トーストを置いていた皿を片づけながらテレビを見つめる。

ヤスキの毎朝恒例、朝の情報番組。

 

≪それでは、今日もみなさん。元気でいってらっしゃい≫

 

どこか懐かしい面影を残し、眼鏡をかけたそのアナウンサーの笑顔に、ヤスキは小さな声で「いってきます」と答えると、壁にかけていたコートに手を伸ばした。

 

フリーアナウンサー、平川拓道。

20年前、彼が初めて担当したクラスに居た彼。

そして、ヤスキの教師としての在り方の道を示してくれたその彼。

 

 

今年32歳になる彼は確かにその名の通り己の道を切り拓いていた。

 

 

 

タイトルとURLをコピーしました