15:あの頃

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「ヤスキ先生が来るって分かっとったら、俺は今日来んやったし!」

 

 

 

突然聞こえてきたその声に、ヤスキは背筋に嫌な感覚が走るのを感じた。

熱かった体は冷え切り、手が震える。

それは、先程までトイレで胃のものを吐きだしていたが故の不調ではなかった。

 

「俺は!絶対にヤスキ先生には会われん!会わんけんな!?」

 

そして、毎日のようにテレビで聞きなれたその声は、しかし、テレビで聞くのとは全く違った声色でヤスキの心を抉る。

 

もしかしたら、今日、自分は此処に来るべきではなかったのかもしれない。

 

ヤスキは静かにそう確信すると、扉にかけた手をひっこめ静かにその場から立ち去った。

 

 

それは、同窓会が始まって1時間6分後の出来事だった。

 

 

 

 

 

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約1時間前―――。

 

 

「みんな久しぶりー!」

「きゃー!まーちゃん変わってないー!」

「お前、今どこ住んでんの?」

「4人目出来たってお前やばくね!?」

 

 

ヤスキは目の前で繰り広げられる感動の再会に伴う異様な熱気に、終始笑顔を浮かべる事しかできなかった。

最初は互いに敬語で標準語だった彼らだが、打ち解けた今や皆昔のように方言丸出しで喋り倒している姿は昔のまま。

子供だった、12歳だった彼らは、今や32歳の良い大人となりヤスキの目の前で楽しげに笑っている。

 

それがヤスキには嬉しくてたまらなかった。

 

ヤスキは現在、6年1組の同窓会の真っ最中だ。

王溝小学校のあった、地元大岐街の居酒屋で行われるこの同窓会は、6年1組30名全員が集まる事は叶わなかったが、23名という比較的出席率の良い同窓会として幕を上げた。

しかも、ヤスキの隣には5年1組の時の担任であった里田めぐみの姿もある。

確かに【6年1組同窓会】と銘うってはいるものの、5、6年でクラス替えのなかったこのクラスにおいて、実質担任の先生と言えばヤスキとめぐみの二人という事になるのだ。

 

「みんな本当に大きくなりましたねぇ」

「ほんと、私達が年をとるわけよね」

 

そう言って柔らかく笑う彼女は、今や男の子3人を育て上げた立派な肝っ玉母ちゃんでもあった。

そして、ヤスキもこれまで何度も学校を異動してきたが、めぐみとは何かと縁があるのか同じ学校で働く事が多かった。

それは現在進行形でそうなのであるから、ヤスキもめぐみに対しては“先輩”というより、“同僚”というような気持ちが強くなっている。

 

「それにしても、このクラスは出世頭の多い事。お医者さんにお笑い芸人さんにベンチャー企業の社長さんに……ほんと、面白い子、多かったものね。アナウンサーの拓道君なんてテレビで見ない日はないし」

「そうですねぇ、拓道君は今や俺の朝の大切な情報源ですよ」

「そうなの!私もよ!拓道君の占い聞いて出勤するのが日課なの!」

「そうそう!俺なんて一人暮らしですから拓道君の“今日も元気にいってらっしゃい”に『行ってきます』なんて返事をしてから出勤を……って、めぐみ先生、そこで引いた顔するのは卑怯じゃないですか?」

「ヤスキ先生、お願いだからそんな切ない事言わないでちょうだい」

 

ヤスキは本気で引いた表情を浮かべるめぐみからフイと目を逸らすと、同窓会会場である広間に目を向けた。

やはりそこには笑顔の元生徒達の姿。

 

しかし、その出席者の中に“平川 拓道”の姿はなかった。

それもそうだろう、毎日多忙にテレビに出演する彼が、このような片田舎で開催される同窓会に、参加できよう筈もなかったのだ。

 

ヤスキははしゃぐ元生徒達の姿の中に居ない拓道の存在を意識し、少しだけ寂しく思っていると、突然、上から落ち着いた声が降ってくるのを聞いた。

 

「先生方―、飲んでますかー?」

 

そう言ってヤスキの隣に腰を下ろしてきたのは、この同窓会の主催者でもあり、実質この同窓会参加者一の稼ぎ頭であろうスーパー小学生、伊藤忠孝であった。

 

「忠孝君、今日は本当に幹事ありがとうね」

「忙しい中、いろいろ準備大変だったでしょう?」

 

6年生の1年間だけで計8通のラブレターをリアルにかっさらっていった彼は、今やイケメン敏腕外科医としての名を欲しいままにしている。

医療系の雑誌やテレビなどにもチラホラと出演している程だ。

そして、更に言うなら独身貴族を謳歌しているが故に、真面目でさわやかな顔の割に若干のチャラさも透けて見える。

 

「いやいや、俺、こういうの企画するの好きやし。案内状とか集計とか、店選びとかはアイツと分担してやったけんな」

「アイツ?」

「他にも幹事やってくれた子が居るの?」

 

忠孝の言葉にヤスキとめぐみは声を揃えると、その瞬間忠孝はニヤリと色を帯びた笑みを浮かべた。

 

「平川拓道」

 

そう楽しげにその名を口にした忠孝に、ヤスキは思わず息を呑んだ。

彼は今ここには居ない。故に欠席かと思っていたが。

 

「拓道君は……今日、欠席じゃ」

「遅れてるだけでちゃんと出席しますよ。アイツ、楽しみにしとったけんねぇ、今日の同窓会」

 

そう、どこか意味深な視線をヤスキに向けつつ笑う忠孝にヤスキは残念に思っていた気持ちがじんわりと浮上していくのを感じた。

今日、彼は此処に来れる。

年甲斐もなく飛び跳ねてしまいそうだ。

 

まぁ、実際に飛び跳ねたりはしないが。

 

「じゃあ拓道君も幹事の一人なわけね。小学生の頃から、あなたたち仲良かったものねぇ。中学も高校も大学も、結局一緒だったんでしょ?」

 

そう言って懐かしげな様子で忠孝を見て言うめぐみにヤスキは一瞬目を瞬かせた。

拓道と忠孝。

 

「え?そうですっけ?」

 

ヤスキは思わず口に出していた。

確かに拓道と忠孝はよくクラスの中心で笑いを取っていた男の子だ。

しかし、その二人が特別仲が良かったという印象は、ヤスキには特になかった。

二人共、クラスの誰とも仲が良いという印象が強いのだ。

中学、高校、果ては大学まで同じになる程仲が良かったとは。

 

 

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