「え?二人は元々親御さんが仲が良かったのもあって幼馴染だって……あんなに仲良かったじゃない?」
「え、ええ?そうですっけ?」
めぐみの言葉に更に混乱を禁じえないヤスキに、それを見ていた忠孝が「あはは!」と盛大に笑いだした。
「ヤスキ先生、その印象ば持っとるとは、多分、小学校の先生じゃヤスキ先生だけっち思うな。俺は」
「え、ええ?なんで?」
「小6ん時、俺と拓道、微妙に距離ん開いたけんさ」
そう言って手元にあったビールに口をつける忠孝に、ヤスキは開いた口が塞がらなかった。
特にどの生徒が好きだの苦手だのという事は、教師と言う職業をしている以上、持たないように心がけている。
しかし、そこは教師も人間だ。
ヤスキとしては何かと交流の深かった拓道の事は、他の生徒以上に知っている自負があったのだが。
ヤスキは彼の一番の親友すら理解できていなかったようだ。
その事実に、ヤスキが一人苦々しさを覚えていると、隣に座っていためぐみが身を乗り出した。
「あれ?そうだったの?あんなに仲良かったのに。喧嘩でもしてたの?」
「違うっちゃん。別に何か問題があったとかじゃなくて、単純にアイツがヤスキ先生にべったりひっついて回っとったけん、そうなっただけっちゃん」
そう言われてヤスキはハッとした。
確かに言われてみればそうだ。
拓道は壁ドンやらストーカーごっこやらと、長い昼休みはなにかとヤスキに傍をうろちょろしていた。
そして、忠孝はといえば他の子と騒いだり、本を読んだり、走り回ったりとあっちへ行きこっちへ行きとせわしなかった。
故に、ヤスキは拓道と忠孝を特別に仲の良い二人、とは認識できなかったのだ。
「あ、そうか。確かに」
「やろ?もう毎日先生先生うっさかったけんさ、アイツ」
そう、笑いながら言う忠孝にヤスキは思わず耳を赤く染めた。
何故だかよく分からないが、忠孝のこの人を食ったような、見透かしたような目は、ヤスキの自分でも気付かない何かを掘り起こさせ、羞恥心を煽る。
さすが、元、スーパー小学生、現、スーパー外科医(独身貴族謳歌中)である。
「へぇ、私が産休に入った後の貴方達の様子、見てみたかったわねぇ」
「ま、中学からはまたよくつるんどったけどさ」
そこまで聞いてヤスキは改めて思った。
「でも、高校も大学も一緒って凄いなぁ。本当に今でも仲良しなんだね」
「先生!勘違いせんでばい!別に仲良こよしで進路選んだわけじゃなくて、丁度自分達に合った進路選んだら被っただけ。医学にも教育にも精通してる高校と大学ってだけやけん!」
やけん、勘違いせんでばい!
そう言って急に眉を潜めた忠孝にヤスキは首を傾げた。
忠孝が一体何を否定しているのか、ヤスキには分からなかった。
それが忠孝にも伝わったのだろう。
後頭部をかきながら若干気まずそうに目を逸らして、言った。
「アイツの性癖、先生もしっとるやろ?やけん、俺、アイツの相手なんじゃないのかっちよく周りから言われてきたとよ。ホント、勘弁してくれっち言いたかぜ」
その言葉にヤスキは「あぁ」と、やっと合点がいった。
平川拓道は同性愛者である。
この事実は有名で、彼を知る者ならば知らぬ者はいないだろう。
そして、この独身貴族で拓道と最も仲が良いという忠孝。
ヤスキは二人が並んだ図を思い浮かべ、男同士のアレコレを思わず想像して頷いた。
「絵になるねぇ」
「話聞いてましたか先生!?え?先生!」
忠孝は持っていたジョッキをテーブルに叩き付け、懐かしさの余り戻っていた方言まで封印して叫んだ。
どうやら、この件で今まで何度も苦い思いをしてきたらしい。
そんな忠孝に隣に座るめぐみは先程から笑いっぱなしだ。
ヤスキは軽く笑いながらうんうんと頷いた。
「いや、ですからね!?先生!ヤスキ先生だけは誤解したらダメなとこですよ!ここは!」
「はいはい、わかってます。教師として変な偏見や、誤解は持たないように気を付けてますから」
「だーかーら……そういんじゃなくて」
忠孝はそこまで言うと、小さく息を吐いた。
そして、少しだけ真剣な顔でヤスキの方を見てきた。
「俺は、アイツが同性愛者だって事は小3の時から知ってました。いきなり本人がそう言ってきたから。まぁ、初めて聞いた時は驚いたし、俺も子供ですからね。『お前、もしかして俺んこつが好きなんか?』なんて直接聞いたりもしました。そしたらアイツ、ハッキリ言いましたよ」
忠孝はその瞬間を思い出すように天井を仰いだ。
『お前は兄弟みたいなもんやっけん、女子とか男子とかそういうとじゃなかと』
そうハッキリと忠孝は言われた。
忠孝の口から語られる幼い拓道の言葉に、ヤスキはまたしても胸が締め付けられるような想いに駆られた。
そんな幼いころから、聡い拓道は己の性分が他とは違う事を的確に理解し、秘め、信用のおける相手にだけ伝えていた。
「そうですか……」
「まぁ、アイツも高校じゃ既にそういうの吹っ切れてたみたいだけどさ!」
忠孝の言葉にヤスキが胸の中のモヤモヤを引きずっていると、隣に座るめぐみからバシンと背中を叩かれた。
「もう、ヤスキ先生、顔!顔が死んでる!まったく、拓道君が来た時にその顔だったら、逆に心配されるわよ!しっかりしなさい」
「……はい、そうですね」
ヤスキが突然の昔のようなめぐみの“頼りになる先輩”の一面に少しの懐かしさを覚えていると。
次の瞬間、めぐみの口から放たれた言葉にヤスキの羞恥心が一気に火を噴いた。
「良かったじゃない!今日は生で平川アナの“今日も元気でいってらっしゃい”を言って貰いましょうね。あわよくば録音して毎朝お返事して出勤する励みにしたらいいわ」
「え、何ソレ。気になるっちゃけど。めぐみ先生詳しくお願いします!」
「いやこれがまた他とない切なエピソードでね……」
「わああああ!悲しい独身男の独り言を暴露しないでください!めぐみ先生!」
そう。若干酒も入り賑やかさの増してきた会場で、ヤスキもめぐみも忠孝も他の生徒達も多いに笑った。
写真を撮り、連絡先を交換し、また酒を飲み、思い出話にふける。
子供だった彼らと飲む酒は、ヤスキにとってはとてつもなく美味しく、楽しかった。
そんな事をしているうちに、同窓会が始まって1時間が経過した。
未だに現れない拓道だったが、その直後、忠孝の携帯に1つの連絡が入った。
「おー、拓道のやつ、もう着くって!みんなー!平川アナ、もうすぐ到着でーす!」
そう、会場全体に聞こえるように叫んだ忠孝の言葉に、酒も入りいい具合に盛り上がっていた会場が一気に沸いた。
アナウンサーとして活躍する拓道の登場は、言わば芸能人がやって来るのと同義だ。
中にはサインを貰おうとペンと紙を用意している者も居る程だ。
「ヤスキ先生、平川アナにあのセリフ、言ってもらいましょうね!」
「だーかーら!めぐみ先生、もうそれは勘弁してくださいー!」
ヤスキ自身も若干の酔いもあり、からかってくるめぐみにフワフワする頭で否定をした。
しかし、それ以上にこれからやって来るであろう、あの懐かしい生徒の事を思うと胸がはずむ。
そして、何故か少しだけ襲ってくる緊張。
ヤスキは緊張からか、飲みすぎからか分からないが、襲ってきた尿意にスクリとその場から立ち上がった。
「あれ?ヤスキ先生どうしたの?」
「ちょっとトイレに……」
ヤスキがそう言うと、めぐみも忠孝も面白そうに笑ってヤスキを見上げてきた。
そんな視線にヤスキは酔いとは関係のない熱さが、体を襲うのを感じた。
「早く帰ってらっしゃいよ、ヤスキ先生。もう、拓道君きちゃうから」
「ヤスキ先生、アイツ、多分先生になら録音どころか動画撮らせてくれると思うけん!」
「あーもう!言わなきゃよかったよ!」
ヤスキは真っ赤になりながら、フラフラとした足取りで会場を後にした。
会場とは違う、冷たい空気が廊下に広がる。
その冷たい空気が、今のヤスキには心地よかった。
「トイレ、トイレ―っと」
饒舌も重なり自然と漏らす独り言に気付かず、ヤスキはそそくさとお手洗いのマークに向かって歩を進めた。
その直後だ、店の扉が開き、突然現れた芸能人に店員が声を上げたのは。
「すみません、6年1組の同窓会って上ですかね?」
「っは、はい!こちらです!」
一瞬にして頬を染める店員を横目に、スーツ姿に眼鏡をかけた彼は落ち着いた足取りで会場の前の扉まで向かった。
そして…………。ヤスキの居ない会場の扉は開かれたのだった。