24:夢のまた夢

『はい、先生は……いや、俺は拓道君が一番好きですよ。大好きです。一生忘れられないくらい好きです』

 

 

ヤスキは淀みなく、はぐらかす事なく、そう答えると、涙を流す拓道の頬にそっと頬ずりをした。

そして、げんきんなものでヤスキから“好き”と言われた子供の拓道はにまーっと変な顔で笑いながら、同じくヤスキに頬ずりしている。

 

そんな、予想外の二人の様子に、大人の拓道はただ閉口するしかなかった。

 

『じゃあ、ヤスキ先生はオレが一番好きやっけん、俺やったらヤスキ先生ば一番しあわせにできるっちことよね?オレとおったら、先生一番幸せよね?』

『はい、幸せです。拓道君と一緒が、俺は一番幸せ』

 

ふふふ、と心底幸せそうに微笑みながら答える若いヤスキの言葉に、嘘や偽りは一切なかった。そう、拓道の本能が悟った。

 

『オレね、もっとヤスキ先生ば幸せにするためにね、いろいろ計画しとっと。聞いてね』

『なあに』

 

二人してニコニコ笑いながら交わされる言葉には幸せが滲みでていた。

これは夢だ、拓道の作った都合の良い夢だ。

拓道は二人から目を逸らしながら、そう自分に言い聞かせた。

 

こんなにまっすぐに好きと言って、こんなにまっすぐ好きを返してくれる筈がない。

子供の自分は男同士の難しさや、世間からの認識を知らない。

何も知らないが故に夢物語を語っていられるに過ぎないのだ。

 

『まずねー、ディズニーランドで先生と結婚式ばするやろ?いっぱい人ば呼んでからね、ミッキーとかドナルドとかもオレ達ん為にパレードばしてくれっと』

『うんうん、それは凄く楽しそうだね』

『それでね、結婚式ばしたらディズニーランドの一番良か部屋でヤスキ先生とね、エッチかことばすると!』

『……あはは、そっか』

『チューばいっぱいするとよ!』

『そうだね。じゃあ、結婚式の後は何をしよう?』

『そん後は、新婚旅行で先生と世界ば一周すると!いろんな国ば先生と回って、友達ばいっぱい作って帰るとよ!楽しそうやろー?』

『先生、英語喋れないけど、大丈夫かな?』

『大丈夫!オレが全部喋れるようになるけん!なんかあったら先生ば守ってやるけんね!』

『そっか。拓道君はなんでもすぐ覚えるもんね』

『へへへ!それでねー!新婚旅行が終わったら、先生と住む家ば建てる!それで、ずーっと一緒に暮らすと!一緒にごはんば作って、お風呂に入って、寝て、起きて、買い物ばしたりね、また、たまに旅行にも行くとよ!ね!先生、幸せやろ?』

 

どこから沸いてくるんだその自信は。

大人のヤスキは子供の彼の語る夢のような話を前に、自分の手のひらをそっと見つめた。

今、若いヤスキの首に添えられているあの子供の手は、あんなにも小さいのに、ヤスキを幸せにする計画は誰よりも大きく壮大だ。

 

それに引き換え、こんなに大きくなった自分の手は拓道を本当に幸せに出来るのかと余計な邪念ばかりが広がっている。

 

男同士で結婚式?

世間はどう見る?ヤスキの教師生活に影響は?

 

世界一周旅行?

仕事はどうする?ヤスキの気持はどうだ?

 

ずっと一緒に暮らす?

ずっとって、本当にそんな事あり得るのか?

 

余計なものばかりが拓道の目の前に浮かんでは消え、また現れる。

本当はそんなもの無視して、あの時のように思うがままに行動できれば。

ヤスキに想いを告げたあの瞬間のように。

 

『本当だ、凄い幸せな事ばっかりだね。拓道君と居ると、面白くて、幸せ。拓道君、本当に、ありがとう』

「っぁ」

 

ありがとう。

ヤスキはそう言って小さな拓道を抱きしめながら、今まで一切存在を無いもののように扱っていた大人の拓道を見ながら言った。

突然合わされた視線に、大人の拓道は小さく息を呑んだ。

 

「先生……俺、そげん先生ば幸せにできんかもしれん……」

 

そう小さく呟く拓道に、若いヤスキが何か口を開こうとした時だ。

開きかけたヤスキの口を、抱きしめられていた子供の拓道が勢いよく塞いだ。

しかも、己のその小さな口で、だ。

 

それは子供の拓道で言うところの“ちゅー”に当たる行為だったが、如何せん余りにも勢いが付き過ぎたせいか、二人は勢いよく歯をぶつけてしまった。

 

『ったー』

『……ふん!ちゅーばした!』

 

歯を押さえるヤスキに対し、子供の拓道はかなりご満悦だった。

そして、威嚇するように大人の拓道に『いー!!』と歯を見せると、ヤスキの顔を隠すように体で覆い隠した。

 

『このヤスキ先生はオレんとやけん!話かけんで!おっさん!しっしっ!』

「こんのクソガ……」

 

そう、やはりどこまでいっても小生意気な幼い自分の姿に拳を握りしめた時だ。

大人の拓道は少しだけ考えた。

今、あの子供は『“この”ヤスキ先生』と言った。

だとすれば、このヤスキ以外の……自分のヤスキも居る筈だ。

 

そう思って拓道があたりを見渡そうとした時。

 

「いいなぁ、あっちの俺は。ディズニーランドに世界一周に、新築の一軒家だってね。凄いなぁ、羨ましいなぁ」

 

いつの間にか、拓道の隣には44歳の拓道が立っていた。

目元の皺は増えたが、やはりそこに浮かべられる笑みはどこまでも優しい。

そして、やはりどこまでもまっすぐ拓道を見てくれる。

 

「ヤスキ先生……」

「うん?」

 

ヤスキが首を傾げながら拓道を見る。

その目はどこか期待するような、ワクワクするような目をしていた。

 

「俺、あげんか馬鹿なガキんごた事、軽々しく言っていいんやか?本当に先生は俺とおって幸せとやか?俺は本当に先生ば幸せにできるとやか?」

 

矢継ぎ早に募る拓道の不安は、優しく受け止めて微笑むヤスキの中へと吸い込まれるように薄くなっていった。

目の前に浮いていた邪魔な不安を体現した言葉が、ヤスキを前に消えて行く。

すると、ヤスキは微笑んだまま言った。

 

「こう言う時、小学生の頃のキミならこう言ってたと思うよ」

 

“ちょっと、やってみるたい”

 

「っ!」

 

ヤスキの口から放たれた拓道自身の言葉に、拓道は息を呑んだ。

 

「キミはやる事が難しかろうと、周りが無理だと言おうと、やろうと思ったらいつもそうやって挑戦していたね?そういうキミの姿に、俺がどれだけ勇気を貰ったかしれない。それに、言っただろう?」

「…………」

「他人の気持ちは、いくらなりきっても分からないって。だから、不安な時は俺に答え合せしてって言えばいいんだよ。あの時みたいに。そしたら、俺もちゃんと答え合せできる」

 

 

そうだろ?

そう言いながらヤスキは拓道の頬を撫でた。

撫でられた拓道は少しずつその意識が遠のくのを感じ、そして。

 

 

 

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