25:目覚め

 

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「……っ!!」

 

 

 

拓道は飛び起きた。

飛び起きて、飛び起き過ぎてベッドから落ちた。

 

「……あ?へ?は!?」

 

ベッドから落ちて、視界の反転した世界を見渡し、拓道は一瞬自分の置かれた状況がつかめなかった。

見慣れぬ部屋、自分のものではないベッド。

ここは。

 

そう思った瞬間、扉の向こうからバタバタと誰かがこちらに向かってくるような足音が聞こえてきて、そして。

 

「拓道君!?」

 

先程まで夢の中に居た44歳のヤスキが、慌てた様子で飛び込んで来た。

そして、ベッドから落ちている拓道を発見すると「わっ!ちょっと!」と叫びながら、拓道の元まで駆けよってきてくれた。

そして、慌てた様子で拓道の落ちた上半身をベッドの上へと戻す。

 

ここまできてようやく、拓道はここがどこで、今がどんな状況なのか理解した。

 

「昨日、調子に乗って飲み過ぎるから……どこか痛いところはない?具合はどう?水いる?お腹はすかない?」

「…………」

 

そう、ここはヤスキの借りているアパートの寝室で、今日は同窓会の次の日だ。

同窓会中、はっちゃけて飲みすぎた拓道をヤスキが好意で家で泊まるように計らってくれた。

拓道はそれはもうしこたま飲んだが、記憶はなくなっていない。

ただ、飲み過ぎて最後には意味もなく泣きに入ってしまった事は、できれば記憶から消したいところであった。

 

「あぁ、あぁ、こんなに目が腫れて。明日からまた仕事でしょう?しっかり目の腫れは引かせとかないとね」

「……ぁ」

「どうしたの?具合悪いの?」

 

そう言ってベッドの上で顔を近づけてくるヤスキに、拓道は先程まで見ていた奇妙な夢の残滓を感じていた。

ヤスキに想いが受け入れられ、幸せ過ぎて潰れるまで飲んで。

夢の中で、臆病な自分と幼いころの自分が対峙した。

 

ヤスキを本当に幸せにしてあげられるかなんて不安に駆られる馬鹿な自分と、ヤスキは自分と居る事こそ幸せの条件だとのたまう愚かな幼い自分。

 

そのどちらもが確かに拓道の本心だった。

そして、今この瞬間も、夢の事は記憶から零れおちていくようであったが、拓道はそれを繋ぎとめるように目の前のヤスキの顔を例の如く両手で挟んだ。

 

いつもよりも距離が近い。

 

それもそうだろう。

今の拓道は寝起きで眼鏡をしていない。

鼻がぶつかる位の距離までこなければ、ヤスキの顔すらまともに認識できないのだ。

 

「ヤスキ先生」

「……は、い」

 

顔を挟まれたヤスキは瞬間的に、昨日の「いってらっしゃいのキス」事件を思い出し、必然的に顔が真っ赤になるのを止められなかった。

そんなヤスキの事などお構いなしに、拓道はゆっくりと口を開いた。

 

「俺ね、先生とディズニーランドで結婚式ばして、大勢の人に来てもらって、ミッキーとかドナルドとかにパレードばしてもらって。そんで、その夜はエッチか事は二人でいっぱいしてから、そん後は新婚旅行で世界一周ばして、世界中に友達ば作って、帰ってきたら新築の一軒家ば建てて、一生そこで二人で暮らしたいんやけど」

 

先生はそれで幸せになれるやか?

 

拓道は夢の中でヤスキが言った通り、答え合せをヤスキに頼んだ。

他人の気持ちはなりきったところで分かりようもない。

だとすれば、後はもう本人に尋ねるよりほかないのだ。

 

「…………」

 

しかし、夢の事など知らないヤスキは、突然拓道から提案された突拍子もない幸せ計画に、その目を大きく見開いた。

そして、次の瞬間には吹き出したように笑うと、その口に微笑みを湛えたまま言った。

 

「先生、最近物忘れが激しくて、その年1年なにがあったのか、それはいつの出来事だったのか、よく分からなくなったりしててね。だから……そうだなぁ、毎年年末には拓道君と今年はこうだったねって話がしたいなぁ。拓道君は記憶力がいいから、ずっと覚えておいてくれるだろう?ね、それも幸せリストに加えてくれるかな?」

 

「――――!」

 

そう言ってニコニコ笑うヤスキに、拓道はヤスキを勢いよくベッドの上に押し倒すと、そのまま勢いよく口を塞いでやった。

幼い拓道が言うところの“ちゅー”であったが、それは幼い彼のように歯をぶつけたり、“ちゅー”なんていう生易しいものではなかった。

 

日の高いうちから休日に良い大人が絡み合ってするような深いキスが、そこにはあった。

時折ヤスキの口から漏れる苦しそうな呼吸音と、シーツの擦れる音がなんとも卑猥で、それがまたしてもヤスキの体を熱くさせた。

 

「っはぁ、っは……っ」

 

しばらくしてやっとヤスキの口が解放された頃には、酸素不足か、はたまたのぼせからか、ヤスキの思考はぼんやりと靄がかかったようにハッキリとしない状態だった。

そんなヤスキを見下ろしながら、拓道は眼鏡のないぼやけた視界で、しかしヤスキの目を見つめながら大真面目な顔で言い放った。

 

 

 

「フリップボードまで用意して、毎年1年を張りきってまとめさせて頂きたいと思います」

 

 

 

その瞬間、ヤスキは拓道に押し倒されたまま腹を抱えて笑ったのであった。

 

 

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