2:冬の風物詩

 

その日も、拓道が元気にランドセルをバタバタ言わせながら学校へ走った。

大好きで大好きで仕方が無い担任に会う為に、彼は日々勢いこんで学校へ向かっているのである。

眼鏡をかけるようになって、どこへ居ても何をしていてもヤスキの顔をハッキリ認識できるようになった拓道は、それがとても特別な事のように感じられて、毎日胸を高鳴らせるのだ。

 

『はぁっ、はっ!おっはー!』

 

1月最後のその日。

昨日の晩から異様な冷え込みをみせていたその日に、拓道がクラスへ駆け込むと、そこはいつもとは違ってとても閑散としていた。

拓道の挨拶にマスクをしたクラスメイト達が「おはよー」と返事をする。

 

昨日は8人がインフルエンザや風邪で休みだった。

きっと、昨日の異様な冷え込みで、今日は更に休みが増えたのであろう。

 

『忠孝!おまえー!マスクとかして!インフルにでもなったとか!?』

 

拓道はあははと笑いながら、現在席が隣の忠孝へ声をかける。

そんな拓道に忠孝は「はぁ?」と呆れたような目で拓道を見てきた。

 

『インフルエンザやったら学校にこんっち。一回インフルエンザち言われたら病院の先生に許可書ば書いてもらわんと、学校来れんとぞ。予防た、予防』

 

『そうったい!お前体弱かけん、またインフルエンザにかかったかっち思ったけんねー』

 

『許可書も金がかかっけん、そげん何回もインフルエンザになんかならるっかっち』

 

『へぇ、医者っちボロ儲けやん!よかねー!』

 

そう言ってケラケラ笑う拓道の格好に、既に一度インフルエンザにかかってしまっている忠孝はただただ疲れたように溜息をついた。

 

それもその筈、現在の拓道の格好といえば、薄手の長袖一枚に、学校指定の半ズボン、そしてこれぞ拓道の真骨頂。

拓道は素足なのだ。

これは彼のポリシーらしく、夏はもちろん冬だって素足だ。

「子供は風の子元気な子」を体全体で体現した拓道は、ランドセルを机に下ろすと『ちょっと行ってくるけん!』と忠孝に言い残し、そのまま教室を出て駆けだした。

 

拓道が駆けた場所、それは職員室だった。

これは拓道の毎朝恒例行事と言っても過言ではなく、毎朝、彼は我が物顔で職員室へと駆けこむのだ。

 

『しつれーしまーす!おはよーございまーす!』

 

拓道はこれでもかという大声で、職員室に居る教師達に叫ぶと、返事を聞く前に職員室へと体を滑りこませた。

職員室は教室と違って暖房があり、暖かい。

 

いつもの薄着ルックで現れた元気な拓道に、他の教師達も忠孝同様苦笑気味だ。

しかし、そんな周りなど意に介さず拓道は目的の机へと急ぐ。

入り口から一番奥の、教頭先生の机から2番目の机。

 

拓道達、6年1組の担任。

野澤ヤスキの机だ。

 

『……あれー?ヤスキ先生、まだ来とらんばいね』

 

しかし、そこにはまだ荷物も、人が来た形跡もない綺麗に片付いたヤスキの机があるのみ。

いつもはこの時間なら、机に向かって何か仕事をしている、あの優しくて綺麗で大好きなヤスキが居る筈なのだ。

そして、元気に職員室に入って来た拓道に『おはよう、今日も元気だね。拓道君は』と優しい笑顔で言ってくれる。

 

なのに、今日はまだ来ていない。

 

『先生、寝坊ばいねー』

 

拓道は、どこかつまらなそうな表情でそう呟くとそのままバタバタと職員室から駆けだした。そんな後ろ姿を、他の教師達が少しばかり切なげな表情で見送っていた事を、拓道は知らない。

 

次に拓道が向かった場所。

それは職員入り口と駐車場のある、学校の裏手である。

教師達はいつもそこから学校へ入り、駐車場に車を止めるのだ。

 

拓道は素足のまま、北風のふきさぶく外へと飛び出すと、冷たいアスファルトの上を駆けて駐車場を駆けまわった。

ヤスキの車はプリウスだ。色はスタンダードなシルバー。

それを知っている拓道は駐車場をあっちへ見て回り、こっちへ見て回り。

ともかくヤスキの車がないか探した。

 

だが、一通り駐車場を見てもそこにヤスキの車はなく拓道は今度は門を飛び出し辺りをキョロキョロ見渡した。

しかし、待てどくらせど見慣れた拓道の車は現れない。

 

『ヤスキ先生、寝坊ばい。一人暮らしっち言いよったけん、誰ん先生ば起こしてやらんとやろうね。俺がおったら起こしてやっとにね』

 

そう言って『ふーん』と腕をくんで校門前に立ちつくす拓道に、無常にも鳴り響いたのは始業のチャイムだった。

その音に、拓道も『先生寝坊ばーい』と歌いながらも教室へと走る。

だが、その表情は少しずつ強張っていく。

 

先生が学校に来ないかもしれない。

拓道は頭の片隅に張り付いて離れない、そんな可能性を振り払うように走りながらジャンプした。

 

きっと、今日先生は別の車で学校へ来たに違いない。

知らないうちにもう学校へ来ているのだろう。

 

拓道は『寝坊ねーぼう!』と歌いながら教室に既にヤスキが居る事を願った。

だが、その願いは無常にも打ち砕かれる事となる。

 

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