4:会いに行く

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そこからの拓道の行動は早かった。

素足に靴を履いたまま、ランドセルを背負い、彼は母親が密かに彼に渡していた非常用のお金の入ったランドセルの底に張り付けてあった布をベリベリと剥がした。

その布の中には3枚に折られた千円札。

 

拓道はその千円札を握りしめると、地元の小さな最寄駅へと駆けた。

 

ヤスキの家など行った事はない。

ただ、正月だった事もあり拓道はヤスキに年賀状を書いていた。

生徒が担任の先生に年賀状を書く。

それは結構当たり前の事で、例に漏れずというかなんというか、その年は勢いこんで真っ先に拓道が手をあげてヤスキの住所を聞いた。

 

『じゃあ、みんなからの年賀状、楽しみにしてるよ』

 

そう言って笑いながら拓道が黒板に書いた住所。

それをメモするクラスメイト達の中で、拓道はその脅威の記憶力で、数秒後にはヤスキの住所は彼の記憶の一番重要な部分に永久保存されていた。

 

今だって聞かれればソラで住所を暗唱できる。

好きな人の事だ、それくらいお手の物である。

 

故に、拓道はヤスキの家がどのあたりにあるのか詳しくは知らずともおおまかにどこへ向かえばいいのか、おおよその見当がついていた。

 

しかし、そこはまだ12歳。

一応学校の方針と決まりごとで、小学生は保護者同伴以外で自分の校区外には出てはいけない事になっている。

もちろん、一人で電車に乗るなどもっての他だ。

 

だが、今の拓道にそんな理屈は一切通用しない。

12歳と言えど、そこに居るのは、ただの恋する一人の男なのだ。

拓道は切符を握りしめ、到着した電車に乗り、電車内で足をばたつかせながら真っ青な空を見ていた。

 

何度も言うが詩人のように、この青い空の下を歩けば大好きなヤスキに会えるのだという事だけを想い募らせながら。

 

『ふんふー。ふふん、ひふーん』

 

鼻歌交じりに。

 

そして電車に乗る事15分、ヤスキの住む街の最寄駅で拓道は戸惑うことなく下りた。

その駅は田舎である拓道の近所の駅よりも、幾分大きく人が多い。

拓道は駅の出口近くにある、駅周辺のマップまで走ると頭の中に焼き付けてあるヤスキの住所が、地図上のどこにあるのかおおよその見当をつけた。

 

おおよその見当をつけると、今度はその地図の要所をジッと見つめ、彼の思考の中に縛り付けた。

おおまかな場所、付近にある目立つ建物、東西南北どちら側にあるのか。

 

拓道は数十秒、真剣に地図を見つめると、次の瞬間駆けだしていた。

 

『はははんはーん、ばばっはー!』

 

鼻歌交じりに。

 

そして、初めて一人で降り立つ筈のその街で、拓道は戸惑うことなく、自分の近所であるかのように迷いなく足を動かす。

電車の高架下を走り、商店街を抜け、小さな脇道に入る。

少しばかり日が傾き始め、夕日が街を染め始めたが、そんな事拓道には関係ない。

 

アパートの建ち並ぶその通りまで来て、拓道は、そこからくまなくアパートの側面に書いてある建物名を見て回った。

ヤスキの住むアパートは確か【玉泉院Ⅱ番館】である

 

人通りのない住宅街を拓道のランドセルのふたがパタパタ言う音だけが響き渡る。

そして次の瞬間、拓道の目は大いに輝いた。

 

『あったどー!!!』

 

 

玉泉院Ⅱ番館

 

拓道はただただ目を輝かせながら、あの建物にヤスキが居るという事実にただただ胸を高鳴らせた。

それは赤茶色の建物で、意外にも綺麗な建物であった。

 

あそこにヤスキが居る。やっと会えるのだ。

気分は映画のラブストーリーの主人公である。

玉泉院Ⅱ番館303号室。

 

ヤスキを求めて拓道はカンカンカンと容赦なく外階段を駆け上った。

3階が一番上の階であるそこは、2つしか入り口がなく、奥の方が303号室らしかった。

拓道は303号室の前で一瞬静かに深呼吸をすると、彼の出来うる限りの満面の笑みで、入口にあるチャイムに指をかけた。

 

何度も、何度も、そう、何度も。

 

ピンポンピンポンピンポンピンポン。

 

 

『ぁはぁ……ぁい』

 

そして扉の向こうから聞こえてきたのは、今日、拓道が求めに求め、ロミオとジュリエット状態にあった大好きで綺麗で、それはもう大好きな。

 

 

 

『ヤスキせんせー!オレ、来たばい!』

『っっっっっっっ!!!!???』

 

 

 

野澤ヤスキ、その人の声と姿であった。

 

 

 

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