1:忘れられない記憶より哀を込めて

【忘れられない記憶より、愛を込めて】番外編第2弾。

【忘れられない記憶】×記憶喪失ネタ

 

 

 

パターン1)拓道編(バッドエンド)

書きたい部分のみ抜粋

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【忘れられた記憶より、哀をこめて】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、落ち着いて聞いてくれ」

 

 

「拓道が事故にあった」

 

そう、突然ヤスキの携帯にかかってきた忠孝からの連絡は、ヤスキの思考を停止させるのに十分な威力を持つものだった。

ただ、その言葉の後に続いた「命に別状はないらしい」という言葉がヤスキの思考を停止させずに済んだ。

けれど、その後急いで病院に向かったヤスキを待ちうけていたのは、ただ、ただ残酷で不条理な現実だった。

 

「……貴方は、誰ですか」

「っ!」

 

病院のベッドに横になっていた拓道には外傷はなく、一見すれば事故にあったとは思えない程“普通”に見えた。

しかし、その口から発せられる言葉は、彼が既に“普通”でない事を、医者の説明より先にヤスキに伝えた。

その日を境に、拓道の中でヤスキの存在は「一生忘れられない」人物ではなくなった。

 

野澤ヤスキという人間は、拓道の中から綺麗さっぱりなくなってしまったのだ。

 

 

 

 

◇解説◇

拓道が忘れたのはヤスキの事だけではなく、今までの人生の全てです。

日常動作的なものは忘れていないけれども、過去の思い出というものは全て消えてなくなったという。

 

 

 

 

 

「拓道の車から……これが、出てきたそうです」

 

 

そう言って忠孝からヤスキに向かって手渡されたのは色鮮やかな花束だった。

拓道はこれを買って家に帰る途中に事故にあったという。

その花束を見て、ヤスキは静かに拳を握りしめた。

花束が誰の為に、何の為に購入されたものかなど、ヤスキには考えずとも分かった。

 

分かってしまった。

 

拓道が事故にあったその日は、ヤスキの誕生日だった。

 

 

 

 

 

◇解説◇

この後、ヤスキは一切の涙を封印して拓道の病室に通い続ける事になります。

ちなみに、この時既に二人は結婚して同じマンションに住んでいる設定ですが、それにより世間から「アナウンサー平川拓道と小学校教諭ヤスキが同性婚をしている」という情報は都合よく拓道の耳には入らないものとする(ご都合主義)

拓道は自分が同性愛者だった事も忘れてしまっているので、ヤスキの事は恩師の一人で非常に交流が深かったという事で通して居る。

 

 

 

 

 

 

「ヤスキさん、いっつもごめんね」

「いや、いいんですよ。キミも今一人で生活を送るのは大変でしょう。少し位先生として手伝わせてください」

 

ヤスキはやっと退院の決まった拓道の荷物の整理をしていた。

否、整理ではなく不用意なモノの処分と言っても過言ではない。

まだ記憶も体も精神的にも安定していない拓道に、ヤスキと過ごしてきた時間に触れさせるのは酷だとヤスキは考えたのだ。

故に、ヤスキは二人で住んでいたマンションを一旦引き払う事を決めた。

ヤスキは全て一人で決め、たった一人で拓道が済むにふさわしい部屋を探した。

そのすぐ近くに自分の部屋も借りた。

まるで、それが元々の二人の距離感であったかのようにヤスキはひたすら振舞った。

 

ヤスキはあの日から一度も泣いていない。

二人の思い出の詰まったマンションを引き払う時も、拓道から余所余所しく「ヤスキさん」と呼ばれた時も、昔のように自分を抱きしめてはくれない事実を日に日に実感していった時も。

 

ヤスキはただ“拓道の先生”という姿勢を崩さず、毅然と静かに立っていた。

 

そんなヤスキを忠孝はひたすら心配していたが、ヤスキはそんな心配をよそに拓道の見える距離で、静かに彼を見守った。

 

「キミの部屋はここだったんだ。どう?何か懐かしいとか感じる?」

「んー、それが全然なんだよなぁ。ピンともこないわ!」

 

そう、ピンとくる筈もない。

そこはヤスキと二人で住んでいた家ではない。

拓道は初めて踏み入れた部屋なのだから。

 

「まぁ、無理をする事はないよ。おいおいね。俺はこの隣のアパートに住んでるから、何か困った事があったら気がるに連絡して」

「ほんと、ヤスキさんが居てくれて助かったよ!俺一人だったらこんなにスムーズにいかなかっただろうし」

 

記憶のない状態の拓道には分かる筈もない。

事が異常な程にスムーズに進み過ぎている事に。

 

「俺も、拓道君がこんなに早く元気になってくれて嬉しいよ」

 

ヤスキの先生としての仮面がゆっくりとヤスキの顔から離れないようになってしまっている事に。

 

 

 

 

 

 

◇解説◇

その後、数年間拓道は記憶を取り戻すことなく日常生活を送る事になります。

アナウンサーの仕事については触れてくれるな。

ともかく、ヤスキとはつかず離れずの距離感で交流を続けていき、結果拓道は事故から5年後に、一人の女性と結婚し、次の年には子供までできます。

バッドエンドまっしぐら。

 

 

 

 

「拓道君もこれでお父さんかぁ。なんだか感慨深いねぇ」

「いやいや!俺も本当に自分が父親になるとか予想だにしなかったし!ほんとにさぁ!」

 

そう言って子供を抱きデレデレと表情を崩す拓道を前に、ヤスキはただただ微笑む。

拓道はヤスキの決めた部屋を出て、今は都内に一軒家を設け奥さんと子供と暮らしている。

ヤスキは、最初に拓道を見守ると決めた部屋にまだ住んでいる。

 

もう、ヤスキは彼を見守る立場にない。

 

ただ目の届く範囲で拓道の幸せを静かに感じて生きていた。

 

「いや、でも本当にさ……家族っていいなぁって思うよ。ヤスキさんもさ、まだ遅くないよ。結婚して、子供は居なくても一緒に人生歩めるパートナーって必要なんじゃないかな」

「ふふっ、キミも大人になったもんだねぇ。ほんと、その通りだ」

 

一緒に人生を歩めるパートナー。

ヤスキは過去少しだけ人生を共に歩んだ、ヤスキの幸せの記憶の中に住まう彼から放たれる台詞に静かに傷を負った。

しかし、それをヤスキは今や何も感じる事はなかった。

そんな事、今に始まった事ではない。

 

拓道の記憶から消えた時も、拓道がヤスキの知らない世界を広げて行った時も、ヤスキの知らぬ女性と幸せな結婚式を挙げた時も、そして、今こうしている時も。

これまでいくらだって傷を負って来た。

傷つき、癒えることなく増える傷のせいで、ヤスキの心は麻痺していた。

もう、何が悲しいのか、辛いのか分からない。

 

分からない中で、こうして目の前で笑っている拓道の存在がヤスキにとってはただ救いだった。

それに、ヤスキを支えてくれるのは拓道の笑顔だけではない。

過去、短かったが拓道と過ごした日々はヤスキにとって輝かしい記憶だ。

幸せの記憶、暖かい記憶。

それを思い出しながら、ヤスキは日々を過ごす。

 

もう、それだけで十分だった。

 

「拓道君、キミはこれから立派な父親になるんだよ」

「そんなプレッシャーかけないでよ、ヤスキさん!」

 

 

 

 

 

◇解説◇

この後、拓道が父親になった後でさえ最初に住んでいたアパートで、拓道とつかず離れずの距離を保って人生を送る。

ともかくヤスキ的には辛いし苦しいが、拓道の人生から放りだされたくないという深層心理がある為、どうにも離れられない。

この後、平川家と家族ぐるみの付き合いをしていくヤスキは拓道の子供の面倒やら、保育園へのお迎えなど率先してやったりする。

拓道の子供はヤスキも付き合っていた当初から望んでいたものでもあったため、全身全霊で尽くす。

けど、まぁこれからバッドエンド。

 

 

 

 

 

その日は拓道の妻の誕生日だった。

拓道は毎年恒例になりつつある妻への花束を買いに仕事帰りに花屋に寄った。

妻の好きそうな色合いで鮮やかな花束を作ってもらい、拓道は車に乗り込んだ。

妻の喜ぶ姿を想い浮かべた時、拓道は一瞬何かが頭を掠めるのを感じた。

 

 

『先生やったら、やっぱこの花がよかやか?』

『うん!こっちの黄色のば入れて!あと、あっちの薄いピンクも!』

『そうそう、こんな感じ!先生のイメージにぴったりばい!』

 

自分の声で、聞きなれない方言が頭の中を飛び交う。

拓道は一瞬吐き気を覚えながら、しかし花束を助手席に置いて運転を続けた。

今日は妻の帰りは仕事で少し遅いと言っていた。

 

息子の保育園へのお迎えはいつもの通りヤスキが引き受けてくれた。

 

このまま帰れば、家に居るのは息子とヤスキの二人だろう。

 

「っはぁ……なんだ。気持ち悪」

 

拓道はただただ酷くなる吐き気に、必死に運転をする。

そしてやっと到着した自宅に、拓道は肩で息をした。

先程から自分の頭の中に響く“先生”“先生”という言葉が、ヤスキの頭を締めつけ、背筋には嫌な汗が伝う。

 

『喜んでくれるやか、ヤスキ先生』

 

「っ!?」

 

しかし、次の瞬間。

拓道は頭の中でハッキリと聞こえた自分の声に、体中の感覚が研ぎ澄まされるのを感じた。

大量の情報が頭の中を駆け巡る。

 

「……先生、先生……ヤスキ先生」

 

拓道は助手席にある色鮮やかな花束を見て、一気にあの日の事が呼び起こされるのを感じた。拓道が絶対に忘れないと豪語した記憶の全てと、ヤスキと共にあったこれまでの人生の全てを。

 

思い出した瞬間、拓道は花束を片手に車を飛び出した。

そして、見慣れている筈の我が屋を前に、何故か大きな違和感を感じながら玄関の扉を開けた。

そして、おそるおそるヤスキ達の居るであろうリビングへと足を踏み入れる。

 

「た、ただいま」

「あ、お帰り。拓道君!琢磨君、さっきまで起きてたんだけど、ちょっと眠くなっちゃったみたいでね」

 

そう言ってブランケットを羽織って静かに寝息を立てる、拓道の息子に手を添えるヤスキ。

そんなヤスキに拓道はただただ首を振った。

しかし、ヤスキの目は未だに琢磨に向けられており、拓道の様子に気付かない。

 

(ちがう、ちがう、ちがう、ちがう)

 

拓道はもう記憶の中で笑っていたヤスキより随分と年をとってしまったヤスキを前に、とめどなく溢れてくるものを止められなかった。

家族で住だこの家、愛する妻と子供。

 

だった者達。

 

けれども、記憶が戻った瞬間それら全てが拓道の前で色を消してしまった。

色があるのは、ヤスキだけになってしまった。

 

「………っ、ど、どうしたの?拓道君?何かあったの?」

 

その時、やっと拓道へと顔を向けたヤスキは涙を流す拓道を前に目を見開いた。

しかし、次の瞬間拓道から放たれた言葉で、ヤスキの表情は一変する事になる。

 

「ヤスキ、先生……ほら。花束買ってきたばい。遅くなってごめんね。先生」

「…………」

 

拓道は涙を流しながら必死に言葉を紡いだ。

見慣れた筈の家には違和感を感じ、血を分けた息子には欠片も感情が浮かんでこない。

この手にする花束は最初からヤスキに送る為にあったかのような気になる。

 

そう、拓道が一歩ヤスキへと近寄った時だった。

 

「拓道君?それ奥さんへの誕生日の花束?いつもより豪華だね!」

「……せんせ、違う。これは」

「琢磨君、ほら、お父さん帰って来たよ!」

「先生!ヤスキ先生!違う!先生!」

 

ヤスキの顔に浮かぶのはただひたすら、拓道の恩師で交流の深かった“野澤ヤスキ”だけだった。

拓道の求めるヤスキの表情に、なる事はない。

 

「ヤスキ!俺!思い出したとばい!ヤスキ!ねぇ、また一緒に住もう!あそこに帰ろう!二人の家に!ヤスキ、お願いだから」

 

そう、必死に叫ぶ拓道の言葉にヤスキの脇で寝ていた琢磨が「うぅん」と寝がえりを打つ。

そんな琢磨の様子にヤスキはスッと目を細めた。

その表情に、拓道の背筋は凍った。

こんなヤスキの表情は記憶をなくす前も、後も見たことが無かった。

 

「拓道君、あそこはもうない。キミの家は此処だよ」

「違う」

「拓道君……もう、諦めよう?全てを取り戻すには、キミの得たものはかけがえのないものが多過ぎる」

「そんなことない……俺はヤスキが居ればそれで」

「黙れ!!」

 

突然低い声で叫ばれたその言葉に拓道は、その場に崩れ落ちた。

もう、ヤスキの心は完全にマヒをしていて、何も感じられなくなっていた。

目の前で静かに涙を流し、ヤスキを見上げてくる拓道にヤスキは静かに言った。

 

 

「今日は家族団欒で、誕生日パーティを楽しんでください」

 

 

ヤスキはそう言うと崩れ落ちたヤスキの隣を静かに通り過ぎた。

そんなヤスキに拓道は完全に悟った。

自分の得たヤスキが言うところの“かけがえのないもの”が、今の拓道をかんじがらめにする鎖になってしまったのだと。

 

眠る息子の寝息だけが、部屋の中にこだまする。

 

「先生……答え合せばさせてよ」

 

小さく小さく呟かれたその言葉を、ヤスキは確かに背中で聞いた。

けれども、ヤスキは足を止めなかった。

 

答え合せをしようにも、ヤスキにはもう自分の心すらもうわからない。

 

「……はぁ」

 

拓道が最後に聞いたのは、気だるげなヤスキの溜息だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり

◇解説◇

拓道が記憶喪失になるとバッドエンドしか浮かびませんでした。

何故でしょうね。ほんと、コレしか思いつかなかったんです。

6周年記念のおまけにしてはかなり胸糞の悪い感じのラストでした。

 

まぁ、この後ヤスキは拓道達の前からパッタリと姿を消し、拓道はその後家族を捨てヤスキを探す事に人生を捧げます。

ともかく、再会してもどうなっても二人の人生はめちゃくちゃエンドです。

 

 

 

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