2:不良と遭遇

 

「おい、このクラスに学年1位が居るって聞いたが、どいつだ?」

 

 

 学年1位。そりゃあ、この俺だ。

この絶望的な状況と引き換えに手に入れたモノと言えば、その称号くらいなものだ。どこかドスの利いた声に、俺がソロソロと振り返った時だった。

 

「っ!?」

 

 クラスの皆が、一様に俺の方を見ていた。

 

 「(え、え、え、え。何コレ。何事何事)」

 

 混乱する俺を余所に、教室の後ろの扉にもたれかかっていた男が俺を見てスッと目を細めた。

 

「お前か。確かにガリ勉っぽいな」

 

 そう、どこか馬鹿にするように吐き捨てる男の顔を見て、俺は一気に血の気が引くのを感じた。それは、どんな学校にも一人や二人は必ずいる、まぁ不良と分類される人種の生徒だった。

 否、不良という呼称が彼にとって正しいかは不明だ。なにせ、彼は髪をとんでもない色に染めていたり、制服を異様に着崩したりしている訳ではない。髪はきちんと黒のままだし、制服はシャツの前が多少開かれている程度で、注意される程のモノではないのだ。

 

 ただ、オーラが圧倒的に一般生徒では出せないヤバい感じのものを放っている。

確か、名前は#会下 孝太(えげ こうた)とかいう名前ではなかっただろうか。

 

 会下孝太は入学してから3カ月しか経っていないのに、既にこの学校に大いなる不良伝説を作り上げていた。面倒なので、どんな不良伝説かは割愛するが、ともかくその全ては会下孝太の常人ならざる腕っぷしに関するものとだけ言っておこう。

そのせいで、たった3か月しか経っていないにも関わらず、俺達の学校では学年問わず知らぬ者はいない程の有名人となっていた。

 

 いや、まぁさ。

 中学の頃の俺はそう言った方々ともなかなか仲が良かったのだが、今となってはもう察して頂きたいくらい、関わりがない。というか、最早ぼっちなので誰とも関わりがない。

俺が一歩ずつ近づいてくる会下孝太に身をすくめていると、目の前までやって来た彼は感情の籠らない声で言った。

 

「次、数学俺が当たんだけど、俺達より先に進んでるクラスって3組しかねぇんだわ。つーわけで、ノート貸せ」

「え、え?」

 

 余りの発言に俺がどうしたものかと戸惑っていると、会下孝太はイラついたように俺の机の上に拳を突き立ててきた。激しい殴打音が、教室中に響き渡る。

 

「いいから、授業始まるから早く出せっての。とれぇな」

「っは、はい!」

 

 眉間にこれでもかという程皺を寄せ唸ってくる会下孝太に、俺は掠れた声で返事をすると急いで数学のノートを取り出した。すると、会下孝太は俺の差し出した数学のノートを勢いよく奪い取り、「おっせぇんだよ」と一人ごちて、そのまま教室を出て行ってしまった。

 

俺は突然やってきた台風の如き会下孝太という不良生徒の来襲に、一人呆然としていると、それまで静まり返っていたクラスメイト達のコソコソとした話し声を聞いた。

 

「あーぁ、あのノート、もう戻ってこねぇな」

「らしいな。2組の奴に聞いたけど、アイツにノート貸したら二度と返ってこねぇって」

 

 ま・じ・か・よ。

俺は耳に飛び込んできた衝撃的な事実に頭がクラクラするのを感じた。つーか、不良なのに授業で当たるとかどうとかそういうのを気にするんかい。さっきみたいなドスの利いた声で、先生を脅せば一発だろうに。

 

と、嘆いても俺のノートは返ってこない。

そう、俺の数学のノートは……。

 

「!!!!!」

 

 そこまで考えて、俺は一つの非常に不都合な真実を思い出してしまった。

 

「(俺も次、数学じゃねぇか!)」

 

会下孝太の2組と俺の3組は数学担当が違う為、よく数学の時間は被るのだ。

俺は会下孝太に奪われてしまった予習済みの数学のノートを思い、一人涙をすすった。

 

 しかも、だ。

俺はどの教科の授業もそうだが、友達の居ない寂しさを紛らわす為、事前に物凄く予習して臨む。そんなんだから、授業中はいつも復習のようなモノなので、そこそこ暇を持て余しているのである。

 

 故に……。

ノートは基本的にどのページも落書きのオンパレードなのだ。それはもう、物凄く下らないレベルの落書きだらけ。

あまり上手に動かないパラパラ漫画を描いたり、うちの学校の教師の似顔絵を描いていたり、学校のマドンナの下手くそな似顔絵を描いたり。まぁ、ほんとに見られたくないものばかりだ。

 

 俺は失ってしまった予習済みの数学のノートへの悲しみと、下らない落書きを他人に見られるという羞恥心で、既に2限目で限りなくライフはゼロだった。

 

 俺ってほんとに馬鹿で阿呆で、もうどうしようもない。

ガクリと俯きながら、こちらへ同情の眼差しを向けてくるクラスメイト達の視線に、本気で泣きそうになってしまった。その中には、俺が気になっている学校のマドンナの視線も含まれている。

 あぁ、こんな事で認識されたって嬉しくない。高校3年間で、彼女に告白出来る日は来るのだろうか。いや、それよりも俺に友達はできるのだろうか。

 

「(もう地元に帰りたい……)」

 

 そんな感じで、予習済のノートもないまま数学の授業を迎えた俺。

いつもの如く、発展問題を先生に当てられ焦りまくっていた俺は知らない。

隣の2組で、あの会下孝太が数学の授業中、俺の落書きを見て腹を抱えて笑いまくっていた事を。というか、もう殆ど授業妨害のレベルで大爆笑していた事を。

 

微かに隣のクラスが騒がしい事だけは、クラスメイト達は気付いていたようだが。やはり、発展問題をその場で必死こいて解いていた俺は、それにすら気付いていなかった。

 

 

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