4:蜘蛛の糸

 

 俺、雑餉隈 啓次郎には友達が居ない。

高校に入学して3カ月になるが、今のところ一人も居ない。

 

 友達の定義って人によっていろいろ異なるみたいだけど、俺にとっての友達の定義の難易度は低い。めちゃくちゃ低い。

それは、俺が自分から気安く話しかけられるかどうか。それが俺の友達の定義。親友とか大親友とかになってくると、それもまた違ってくるけど、俺にとっての友達の定義はそんなもん。

 

 低い筈なのに、友達は一人も居ない。

今のところ俺が自ら気安く話しかける事のできる人間は、この学校には一人だって居やしないのだ。

 

 俺って可哀想。

一人を好んでいるわけでもないのに、ずっと一人の学校生活なんて耐えきれぬ。

そして何が一番可哀想って、この事を昨日中学の頃の大親友の一人に相談したら、大爆笑された事だ。

 

『ねぇ、俺こっちで一人も友達できないんだけど。泣きそうなんだけど。』

『ぶはっ!なんだそりゃ!ウケ狙いかよ!』

『いや、笑いごとじゃないし!この話のどの辺をウケ狙いだと思ったの!?助けてよ!寂しくて死にそうだよ!』

『あははははは!ねぇソレ、ツイッターで呟いていい!?ブログに書いていい!?』

『お前のSNSなんて炎上してしまえ!』

 

 その後も、文頭に必ず『あははは』を付けてくる俺の大親友。

いや、これは本当に笑いごとじゃない。しかも、アイツったら本当にブログやツイッター等、SNSの限りを尽くして地元の友人達に触れ回ったらしく、その後、俺のケータイには大量の着信と同情メッセージが届いた。

 

 電話もメールも皆どこか(笑)のような雰囲気で腹が立ったが、それでも他人との親しげな交友に飢えていた俺は、そのどれもが嬉しくて、電話をくれた友達には『そっちに帰りてーよー!』と一人一人に大泣きし、メールでは寂しさのあまり勉強して勝ち取った学年1位の順位表の写真を添付して送った。

 

写真の方には「合成すんなし」みたいな返信しかこなかったけれど、まぁ、中学の頃の俺の成績を考えれば、それは当然の反応だとは思う。そう、中学の頃は下から数えて10位付近が定位置だった。定期テストの結果は毎度安定の低空飛行で友人達からは「お前を見てるとホッとするよ。生まれてきてくれてありがとう」と失礼極まりない台詞を吐かれていたのだから。どんな感謝だよ、お前らも落ちてこい。

 

 いや、今はそんな事はどうでもよろしい。

ただ、そんな(笑)な返信しか寄越さない奴らの中でも一人だけ有益な作戦をくれた奴がいた。

 

 その名もズバリ【友達の友達作戦】。

一人友達を作って、その友達の友達も強制的に自分の友達にしてしまおうと言う、どこかジャイアニズムを醸し出すお友達作りの手法だ。

そうすれば友達の友達の友達の友達の、といった感じでネズミ算式に友達が増えるぜ!とソイツは言っていた。友達100人計画も夢じゃねぇよと豪語したソイツも、今思えば語尾が(笑)だった気がするので、この意見もハッキリ言って当てにならない。

 

 ただ、そんな(笑)な意見だって今の俺は無下にできる状態じゃない。

高校生活も3カ月が経過し友達0とか、いやほんと、悠長に知的クールを目指してる場合じゃない。俺は結構な寂しがり屋なので、一人ぼっちの高校生活にはこれでピリオドを打ちたいのである。

 

 (今一番友達に成り得そうな奴を一人しっかりと確保して、そこから交友関係を広げろ!)と、俺の頭の中の天使は大声で叫んでいる。

 了解したぜ、俺。

 そして、今俺の友達第1号に一番近いのがこの方だ。

 

「英和貸せ」

「いーよー」

 

 目の前に立つ一見不良っぽくない不良の会下孝太。

俺は、この方を俺の友達第1号にしようと目論んでいる。既に俺の頭の中では互いを「クマ」「こうちゃん」と呼び合っており、更には一緒に放課後にカラオケに行ったりしている位の大親友だ。

 

 まぁ、淀みなくそれは俺の脳内だけの話なのだが。

なにせ、こうちゃんと話すようになったのは一週間前に数学のノートを貸した時からなので、脳内のような大親友になるのにはかなりの時間が必要だ。

 しかし、あの時からこうちゃんは必ずノートや教科書、辞書と言ったものを俺に借りにくるので、俺の学校生活においては、こうちゃんが一番関わっている同学年ということになる。

 

 こうちゃんを離してしまっては俺の【友達の友達作戦】は上手くいかない。

俺はこうちゃんという一本のクモの糸を手放すわけにはいかないのだ。切れてしまっては今後3年間の高校生活が漏れなく地獄。俺版蜘蛛の糸話の完成だ。いや、完成させない、絶対に。

 

「あー、それと」

「な、なに!」

 

 俺から英和辞書を受け取ったこうちゃんが何気なく口を開く。こうちゃんがこうして貸し借り以外の事を俺に話しかけてくるのは珍しい。

ただ、俺の落書きについての事はよく聞いてきたりする。あの絵はなんだよ、とか、お前のパラパラ漫画下手クソとか、そういうの。

 

 俺は一気に気分が急上昇するのを抑えきれないままこうちゃんを見上げると、こうちゃんは片手に俺の英和辞書で自身の肩をポンポンと叩きながら、もう片方の手を上着のポケットに突っ込んだ。

そして突っ込んだポケットから何かを取り出すと、それを俺の机に置いた。

 

「お前、これで昼休み食い物買って来て俺んとこ持って来い」

 

 そう言って俺の机に置かれたもの。それは1枚の500円玉だった。

俺はしばらくその500円玉を見つめていると、俺の頭の上から「おい、返事」とこうちゃんの声が降って来た。

 

「うん!わかった!」

「すぐ買って持ってこいよ」

「うん!」

 

 俺はこうちゃんの言葉に、ぱぁぁと気分が浮上するのを感じた。

これはアレじゃないか。こうちゃんからの「一緒に昼ごはん食べようぜ!」っていうお誘いじゃないか。

 

 ちょっとパシリっぽいけど、お金貰えてるし、買ったもの持って行くついでにこうちゃんと昼ごはんを食べれば、これはもう不動の友達ポジションに違いない!

いや、絶対そうだ。一緒にごはん食べる、これは今日の最大にしてしくじれない重要ミッションである。俺はこうちゃんが置いた500円を手に取ると「くふふ」と妙な笑いが漏れるのを止められなかった。

 

「こう……会下孝太君!」

 

 俺がウキウキしながらこうちゃんを呼ぶと、こうちゃんはまたしても俺の顔を見て妙な顔をしていた。そんなに表情を歪めさせる程俺の容姿が不細工なのはわかったが、今はちょっと我慢してほしい。

これから俺達は友達になっていくんだから、この人懐っこい興奮した柴犬のような笑顔と言われるキモイ笑い方にも慣れていってもらわなければ困る。そして、本当にそれはどんな笑顔なのか今度鏡で見てみようと思う。

 

「なんだよ」

「何がいい!?何買ってこようか!何が好き!?」

「……別に何だって良いっつーの」

「じゃあ無難に焼きそばパンとか買ってくるな!」

「焼きそばパンは無難なのか」

「うん!無難!」

「へぇ、まぁ。買えるもんなら買ってこいよ」

「わかった!焼きそばパンがない購買なんてないから大丈夫!」

 

 俺が「ふふふー」と笑いながら頷くと、こうちゃんは妙な顔のまま英和の辞書を持って3組の教室から出て行った。次は4限目。次の授業が終わったら、しゃかりき走ってこうちゃんに昼ごはんを買いに行かなければ。

 

 一人ウキウキしていた俺は知らない。

クラスメイト達が俺を見て「アイツとうとうパシリにされてんぜ」と同情の眼差しを向けられている事を。学年のマドンナかはら不良にヘラヘラと媚びる情けない男だと思われている事を。

 

 

この時の俺はまったく知らないのだった。

 

 

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