6:方向転換

 

 

「何だ、そいつ。孝太のうしろ、なんかくっついて来てんぞ」

 

 そう、どこか警戒したような目で俺を見て来るのは、確か1組の鷹 正宗(たか まさむね)という茶髪にピアスのいかにも遊び人と言った風体の奴だった。

それで、もう一つ特徴を上げるならば、鷹 正宗という男は学年で、いや、学校で一番背が高い事でも有名だ。高1で既に190近くあるというのだから、もう彼はグレてないでバレー部とかバスケ部に入ればいいのにと思う。

 

「あー、もしかしてー。ソイツあれじゃない?最近、孝太が面白いって話してたやつ」

 

 こっちの彼は警戒心こそ露わにはしてこないが、逆に物凄く馬鹿にしたように俺の事を見てくる。俺、これでも今のところ学年1位なんだが。

確か名前は諸富 桃太(もろどみ ももた)という、お前の小学校の頃のあだ名は絶対“桃太郎”だろと突っ込みたくなるような名前だった筈だ。お陰で一発で覚えた。クラスは5組。

間延びしたどこかのんびりしたような喋り方で、髪の毛は赤みがかった短髪だ。容姿はなんだか漫画の主人公のようで、見ているとテンションが上がる。こっちもこっちでグレてないでバスケットマンにでもなればいいのにと思う。

 

「(これは……!)」

 

 俺は突然目の前に現れた学校の悪名高い有名人達に思わず感嘆の声を上げると、頭の中の天使が(友達の友達作戦発動!)と叫ぶのを聞いた。

よしきた、了解。

 

「コイツは」

 

 そう言ってこうちゃんが俺を見下ろしてくる。

 こうちゃんの紹介を待つ俺。

 

「コイツは……」

 

 こうちゃんの紹介を待つ俺。

 俺を見下ろすこうちゃん。

 

「コイツはメガネ」

「ちょっと!!」

 

 こうちゃんの紹介に俺は思わずこうちゃんに縋り付いた。

 言うに事欠いてなんて紹介をしてくれるんだ!

 

「名前覚えてないなら素直にそう言って!」

「わかった、メガネな」

「了解、メガネくーん」

「ぎゃー!もう変な感じで定着させようという悪意が見え見えだよ!酷いよ!この1週間、毎日色々な物レンタルしてたのに!」

「じゃあ、つたや」

「おっけ、つたや」

「お金取った事なんて一度もないよ!善意だよ、あれ!全部善意!自分を愛するが如く隣人にも愛を注いだの!アガぺーだよ!キリストって呼んで!」

「「イエス。きりすと」」

「二人してちょっと上手い事言わないで!あと、ごめん!やっぱキリストって呼ばれるの普通にいやだ!」

「まぁ、お前の名前なんてどうでもいいし、飯食うぞ」

「ひでぇよ!こうちゃん!」

 

 俺が思わずこうちゃんに縋り付きながら叫ぶと、袋の中からパンを取り出して座ろうとしていたこうちゃんがピクリと固まって俺の方を見てきた。

 

「今、お前なんつった?」

「……ひでぇよ?」

「その後」

「こうちゃ……こうちゃん!」

 

俺は思わず会下孝太を“こうちゃん”という脳内呼び名で呼んでしまっていた事に全く気付いていなかった。訝しげな顔で俺の目をジッと見てくるこうちゃんに、俺も負けじとこうちゃんの目を見つめ返す。

 

「こうちゃん……」

 

そう、もう一度俺がこうちゃんの名を呟くと、こうちゃんは次の瞬間フイと俺から目を逸らした。そして「キモイ呼び方すんじゃねぇよ」と吐き捨て、そのまま椅子に座ってパンを袋から出し始めた。

 

「おい、そこのメガネ。お前あんま調子乗ってっと孝太に殺されんぞ」

「メガネで定着!?」

「そうだよー。いえす君なんて一捻りだよー」

「せめて統一して!!」

 

 鷹 正宗の方はメガネで、諸富 桃太の方はいえす君。

なんだか、あだ名までどっちつかずで、なんとも悲しいが、もう俺もお腹が空いたのでご飯にしよう。

 

 机の向かい側で「変な奴連れてくんなよな」とか「確かに面白いかもー」と各々勝手な事を言う二人は置いておいて、俺は準備室の奥から使われていない椅子をガタガタ持ってくると、それをこうちゃんの隣に設置した。

 

「いただきます!」

 

 そう言って手を合せて母ちゃんの作ってくれた弁当を開けて食べ始めた俺を、目の前に座る二人はなんとも言えない顔で見ていた。ついでに言えば、こうちゃんも焼きそばパンを口にしたまま、隣にピッタリと座る俺を見下ろしている。

 

「ほんっと、コイツ変。お前、ほんとに学年1位かよ」

「疑いたくなる気持ちはわかるけど、俺は確かに学年1位だ。この眼鏡が目に入らぬか。頭良さそうだろ?」

「眼鏡してても、お前は頭悪そうに見えるんだよ」

「……マジ?」

「マジだよ」

「え!?嘘!眼鏡してるのに、俺頭悪そうに見えるの!?え!?どうしよう!こうちゃん!」

 

 弁当を食べる俺に向かってズケズケと辛辣な言葉を放ってくる鷹正宗に俺は驚愕した。

頭良く見える不動のアイテムである眼鏡を装備しているにも関わらず俺が頭悪そうに見えるだと……?これは俺の知的クールへの道を阻む由々しき事態だ。どうしてくれよう。

 

「(助けて!こうちゃん!)」

 

 そんな気持ちで思わず隣に座るこうちゃんを見上げる。すると、こうちゃんはパンを食べるのを止めて俺をジッと見つめ、そして言った。

 

「お前、喋ると更に阿呆くせぇぞ」

「黙ってたら!?」

「まぁ、普通なんじゃね。でも滲みでる阿呆はどうしようもねぇな」

「えぇぇ。滲みでる阿呆って。頭良く見えるかと思って眼鏡してたのに……。全く喋らないなんてとてもじゃないけど無理だよ。こうちゃん」

「つーか、その呼び方やめろ」

 

 隣で嫌そうな顔をしてこちらを見下ろしてくるこうちゃんなどお構いなしに、俺はポケットに入れていた携帯で自分の姿を映してみた。

そこには眼鏡で、黒髪の、どこか地味とも言えるが、俺的には知的クールな俺が映っている。いや、眼鏡という無敵アイテムを使って、見た目は知的になれたと思ったが。

どうすれば俺はもっと知的に見えるのだろうか。

 

 俺は試しに眼鏡を取って、髪の毛を七三分けにしてみた。すると、俺の前に座っていた諸富桃太がブハッと俺の方を見て吹き出していた。

 

「ちょっ!それ絶対変だってー!もっとやれ!」

「古風な知的クールを目指してるんだけれども」

「古風って!ある意味古風だけれども!ってか、いえす君は眼鏡はなくても見えるわけー?」

「あぁ、それは頭良く見えるようにかけてるだけで、伊達だもん」

 

 そう、俺が何気なく言うと、隣でチラチラと俺を見ながらパンを食べていたこうちゃんが「げほっ」と食べていた焼きそばパンを口にしたまま咳き込み始めた。その時俺は七三を諦め、グシャグシャの頭で自分のビジュアルの方向性を見失っていた

 

「おまっ!ほんとに阿呆だな!?」

「そんなに!?そんなに改めて驚く程、俺ってやっぱり阿呆!?こうちゃん、どうしよう!」

「どうしようって。お前、もうほんと……どうしようもねぇ奴だったんだな」

 

 そう言って、呆れたように笑うこちゃんに、俺は何故か頭を撫でられている。

こうも易々と大きな手で撫でられてしまうなんて男の沽券に係わるのだが、いや、しかし悪い気はしない。そんな俺とこうちゃんのやり取りを、向かい座る二人はどこか呆然とした表情で見ていた。

 

「ま、お前はそのままでいいんじゃね」

 

 そう、最後に少しだけ微笑んで言い放たれた言葉に、俺は思わず目を瞬かせた。

こうちゃんは、不良だ。だからかは分からないが、こうちゃんは格好いい。そして俺は、格好いいこうちゃんに格好いいセリフを言われた。

 

 俺は徐々に自分の顔が赤くなるのを止められずにいると、なんとなく女子はこういう時に男子を好きになるんだろうなと実感した。恋に落ちる女子の気持がわかった。これは今後のマドンナへの告白を成功させる過程で役に立つかもしれない。

 

 俺は「くひひ」と顔を赤くしたまま笑うと、こうちゃんを見上げた。そこには、やはり微妙な顔をして俺を見下ろすこうちゃんが居た。

 

「俺、こうちゃんみたいになれるように頑張るよ」

「はぁ?」

「こうちゃんみたいに、格好よくなれるように俺は頑張るぞ」

「……お前なぁ」

 

 呆れるこうちゃんを横目に、俺は冷めた母ちゃんの弁当を食べる。

 

 俺の今後の方向性が決まった。こうちゃんみたいにかっこよくて知的でクールなギャップのある男を目指そう。知的クールな部分はブレてないし、きっとその方が上手く行くかもしれない。あと、俺に必要なのはギャップだ。さっきのこうちゃんみたいな今も俺をドキドキさせる、あのギャップ。

 

 俺はこうちゃんによって整えられた髪の毛をいじりながら、外していた眼鏡をかけた。これから、俺はこうちゃんをめいっぱい観察せねば。

 こうして、俺はブレかけていた俺の理想の方向性がハッキリするのを感じた。隣で俺を見つめる、こうちゃんのお陰で。

 

 

 

 

高校デビューに失敗した俺は、こうして不良、会下孝太を目標にする事になった。

 

 

 

 

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