11:亀裂

 

 

「こうちゃん、これ好きなヤツじゃなかった?」

「あ、いや。別にそう言うわけじゃねぇ」

 

 そんな聞き方をする俺はけっこうズルい奴だ。こうちゃんは優しくて良い奴だから、いらなくてもそうは言わないだろう事を見越して、こんな聞き方をする。

あぁ、俺、高校に入って性格悪くなったかも。

 

「えっと。まぁ。いつも……悪い」

 

 こうちゃんはやっぱり妙な顔のまま小さな声でそう呟くと、袋のパンを見下ろしてポケットに入ってた財布から500円玉を取り出して俺に差し出してきた。最初は前払いでこうちゃんがお金を渡してきてたけど、今は授業が終わったらすぐに俺が購買に向かってるので、基本的にお金は後から貰うようになっている。

 

「なあ、メガネ。お前さぁ、一体何者だよ?毎日人気商品普通にゲットしてくるだけじゃ飽き足らず人気の新商品まで普通に買ってくるって」

「俺らも買って来て欲しいくらいだよねぇ」

 

 俺とこうちゃんのやり取りに他の二人がそんな事を言って来た。

うおお、それはいいじゃないか。どうせ購買行くし、みんなの分のごはんのお使いなんて取るに足らない。存在意義は多い程いいからな!

俺は、さっきまでの暗い気分が一気に上昇するのを感じると「いいよ!」と二人に向かって返事をしようとした。

 

 しかし、そんな俺の返事は、隣から聞こえてきた鈍い殴打音によってかき消されていた。

 

「駄目だ」

 

 音の主は俺でもタカちゃんでもモモちゃんでもない。

 こうちゃんだ。

 こうちゃんは、どこか不機嫌そうな顔で俺達を見つめると、苛立ったような表情で「っち」と舌打ちをした。

 

 あぁ、なんか良くわかんないが、やばい気がする。本当に、なんかやばい。

俺は本能でそう察すると、どうしようかと言葉を必死に選んだ。ここで、言葉を選び間違えると、俺はもうここには来れないような気がするからだ。

 

 俺が必死に頭の中でこうちゃんにかける言葉を考えていると、俺よりも先にタカちゃんやモモちゃんが軽い口調でこうちゃんに向かって口を開いていた。

 

「おいおい、孝太どうしたんだよ」

「ほんと、生理―?」

 

 そう言ってケラケラと笑う二人に、こうちゃんは更に眉を潜めると「コイツをパシってんじゃねぇよ」と低い声で、怒りを抑えるように言った。そんなこうちゃんに俺は「(あぁ、やっぱこういうのはパシリって言うの)」なんて、どこか他人事のようにぼんやりと思っていた。

 

「何言ってんだよ。一番メガネの事パシってんのはお前だろうが。孝太」

「そうだよ、孝太。お前が一番教科書借りたり、昼飯買わせたりしてパシってるくせにさぁ。今更何言ってんの?」

「っ!」

 

 二人から出た言葉にこうちゃんは息を呑んだ

こうちゃんは俺がパシられるのを気にしてくれているのだろうか。なんだか、最近こうちゃんはおかしい。

 

 授業を無理やり抜け出した、あの日。上白垣さんの事をこうちゃんが「やめとけ」と苦しそうな顔で言った瞬間。

あの日から、本当に少しだけどこうちゃんが俺の扱いに困っているような気がしてならなかった。

 

 あの時、こうちゃんは物凄く必死に上白垣さんはやめておけって言ってくれた。

うん、まぁそうだね。理由は明白。上白垣さんは俺の事を好き以前に、嫌いだと思っているから。きっと、こうちゃんは聞いてしまったんだろう。上白垣さんが俺の事で何か言っているのを。

 

 俺も直接聞いた訳ではないけど、彼女の俺を見る時の目や、周りの女子の対応を見れば、なんとなくわかる。

俺は上白垣さんに、嫌われている、と。

多分、俺がこうちゃんにくっついて回ってるのを「惨めで」「見苦しい」と思っている。

 

 そのくらい、わかるって。最近の若者は空気を読む事に長けているんだからな。

だから、俺はこうちゃんに「わかってるから、大丈夫だ」って言った。でも、それからこうちゃんは変わってしまった。前はもっと、軽くて俺を見て屈託なく笑ってくれていたのに。最近は、なんか俺を見ると苦しそうな顔をする。

 

 好きな人に嫌われている俺を可哀想だと思ってるのだろうか。

 上白垣さんのように惨めな奴だろ思ってるのだろうか。

 

 俺の事、嫌いになったのだろうか。

 

『お前のノート。すげぇ、おもしれぇ』

 

 そう俺に言ってくれた、こうちゃん。

けれど、もう俺の事面白いって思ってくれてないのかも。つまんない奴だって思われてるのかも。

 

 あの、こうちゃんの笑った顔が懐かしい。

 俺はこうちゃんの笑った顔が好きだ。

 こうちゃんが笑うと一気にテンションが上がる。

 

 阿呆でも惨めでもなんでもいいから、こうちゃんの笑ってる顔が見たい。あの笑ったこうちゃんの言葉が、めちゃくちゃ臆病になっていた俺を引っ張り上げてくれたのだ。

 

 俺はこうちゃんの笑った顔が、大好きだ。

 でも、もしかしたら、もうこうちゃんは、

 

「別に誰も頼んでねぇよ!」

 

こうちゃんが忌々しそうに叫ぶ。

そうして、こうちゃんの目がしっかりと俺を捉える。

 

「頼んでもねぇのに、コイツが勝手に買ってくんだよ!?」

「っ」

 

 もう、俺なんか、いらないのかもしれない。

こうちゃんの怒声と共に漏れた言葉に、俺は「(やっぱりか)」と心の中で一人ごちた。やっぱり、俺のしていた事は勝手な“有難迷惑”でしかなかったようだ。

 

 確かに、俺はこうちゃんの言う通り阿呆だ。

頼まれてない物を毎日毎日得意気に買って来て、俺はどこの押し掛け女房だよ。しかも、迷惑がられてるの薄々気づいていたのに。

 

 俺は泣きそうになる気持ちを叱咤しながら、こうちゃんを見る。

すると、こうちゃんは自分の言葉に驚いたような顔で口を小さく開けたまま、何か言おうとしている。けれど、こうちゃんの口から何か言葉が漏れる事はなく、こうちゃんはそのまま俺から目を逸らしてしまった。

 

 俺はシンとする準備室で、次に放つ言葉を準備した。

めっちゃくちゃ、泣きそうだけど、俺はこういう時言うべき言葉を知っている。

発射準備OKだ!今の若者は、空気を壊さない術にとても長けているんだぜ。

 

「うひょ!もう、俺やっちまった!タカちゃん、モモちゃん俺めっちゃ恥ずかしい!しなくていい事してた!赤っ恥だ!もう、ごめん!こうちゃん!」

 

 そう言って俺はいつものように「うひひひ」という奇妙な感じで笑ってみせると、タカちゃんとモモちゃんは一瞬躊躇いながら俺を見てきた。

 

 この二人は鋭い。さすが最近の若者である。

俺がちょっとだけ泣きそうな事にも、ちょっとだけ無理して笑っているのも気付いているのだ。けれど、個人の感情よりも大事なのは全体の空気だ。今、この場のこの状況の4人のご飯を、楽しく、美味しくしなくちゃいけない。

 

 俺の感情など二の次なのだ。

 

 俺は今すぐにでもこの場を逃げ出したい気持ちを抑えて、いつものようにこうちゃんの隣に座った。

今、ここで俺が出て行ったら、それこそおかしいし、こうちゃんは優しいから気にする。

だから、俺は今日この日のこの昼休みまでは、こうちゃんと笑ってごはんを食べなくちゃいけない。

 

 俺は不自然じゃないくらいに、いつもよりこうちゃんと距離を置いて座る。

聡い二人には気付かれるかもしれない。少しだけ空いた距離。

 

「何やってんだよ!メガネ!お前そんなにお使い好きだったのか?」

「うん、俺はとてもいい子だから、毎日お使いやってた!」

「まったく、今度からはきちんとご主人様に聞いてからお使いやるんだよ?」

「はーい!そうします!こうちゃん、俺今度から気を付けるね!」

 

 タカちゃん、モモちゃん。ありがとう。

 俺のテンションに乗っかってくれて。

 俺はモグモグ母ちゃんが作ってくれた弁当を食べながら、全く俺の方を見てくれないこうちゃんに、本気で泣いてしまいそうだった。

 

 あぁ、俺のズルさがこんな所で表に出てきちゃうなんてなぁ。

ほんと、こうちゃんが言うみたいに俺は阿呆だ。せっかく出来た友達だったのに、せっかく高校3年間、一緒にやっていきたいと思っていたのに。

 

 俺って本当に阿呆だなぁ。

 

 俺は「にへへ」と終始、気持ち悪いくらい笑っていた。

 それは、いつもの馬鹿で阿呆な俺だった

 

筈だ。

 

 けれど、昼休みが終わって俺は「まったねー!」と笑って3人と別れるまで、一度もこうちゃんと話せなかった。それどころか、こうちゃんは俺の事を一度だって見なかった。

なんだこれ、ほんと死ぬほど悲しいんだけど!

 

 その日、俺は午後の授業を早退した。

 

 そんで、家に帰って泣きながら中学の頃の大親友に電話をした。

 でも友達は出なかった。

 

 うえええ。なんだよ、アイツ友達の一大事にいいい。と、更に泣いた後で俺は気付いた。

 

 そうだ、早退したからアイツもまだ学校じゃん。うえええ。俺は阿呆だ。

 

 とんでもなく阿呆だ。

 

 ベッドの上で泣きながら次の日の予習をした。そうでもしなきゃ、なんだかもうまともに立っていられない気がした。まぁ、ベッドの上でやってるから、別に立たなくていいんだけど。

 

 あぁ、こうちゃんのお使いなくなったら、俺はあの教室にはもう行けない。

だって、理由がないもんな。俺、もうつまんない奴だし。こうちゃん、笑ってくれないし。

 

「うええええ」

 

 泣いて泣いて泣いて。

 

 次の日、俺はもう理科準備室には行かなかった。

 いや、行けなかった。

 

 

 

 

 

高校デビューに失敗した俺は、こうしてお友達だった、会下孝太とお友達ではなくなった。

 

 

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