13:玩具

「“会下の玩具”だよ」

「っ」

 

 ジッと俺を見て来るタカとモモは明らかに俺を責めていた。二人共、確かに啓次郎の事を気に入っていた。きっと、こいつらは純粋に啓次郎を仲間として受け入れていたに違いない。

 

 それが、俺にはできなかった。

 

「それを、メガネが知らないって事はないだろ。まぁ、知らなくても周りから見て、お前とアイツの関係が単純なお友達に見えてないって事はわかってた筈だ」

「だから、いえす君は孝太とここでご飯を食べるのに、理由が欲しかったんだと思うよ」

 

 会下の玩具。

 そう、周りから言われるアイツ。言わせる俺。アイツに理由を持たせないと、一緒に飯も食えないようにしたのは鈍感な俺だった。

 

「俺は、アイツと、そんなんじゃ……ねぇ」

 

 絞り出した言葉はなんとも無意味で力もなかった。

 

「知ってるっつーの」

「知ってるよ」

 

 そんな俺に頷く二人は、やはり俺の事をよくわかっている。

 

「ちゃんと、メガネに謝って来いよ」

「明日もごはん一緒に食べようねって誘ってきなさい」

 

 そう言ってケラケラ笑う二人は、俯く俺に「ヘタレ」だとか「コミュ障」だとか言ってふざけているが、なんとなく俺の次のとるべき行動を示してくれた二人だったので、俺は二人を一発ずつ殴るだけで許してやった。

 

 

 

——–

—–

 

 

「………いねぇ」

 

 

 俺はHRの終わったばかりの3組の教室の前で立ちつくしていた。ポツリと漏れる力ない自分の声。それはザワつく教室から出て来る生徒達の声に、何の感慨もなく消されていった。

 

 そこには啓次郎が居なかった。

 

「……なんで」

 

 俺はわかっていなかった。

 啓次郎は最後まで笑って俺達と別れたもんだから、勘違いしていた。タカやモモに言われていたにも関わらず、やはり俺はわかっていなかった。俺の考えは甘かったのだ。

 

 きっと啓次郎は昼休みの後もいつも通り教室で授業を受けて、俺が教室に入った途端、あのキラキラした目で俺を見て、そして力の抜けるような笑みを俺に向けてくれるものだと思っていた。

 

 放課後、授業が終わって俺はすぐに隣の3組へと足を向けた。

躊躇いや気まずさがなかったかと聞かれれば、さすがに無いとは言い切れない。しかし、その時の俺はまだよく理解できていなかったのだ。

 故に軽い気持ちだった。

 

『あーぁ、もう明日からいえす君ここには来ないかもね』

 

 そう、モモに言われても俺はいまいちピンときていなかった。確かに俺は最低な事を言ったが、それでも啓次郎は笑っていたから、きっと啓次郎は何でもない顔をして俺を受け入れてくれるとばかり思っていたのだ。

 啓次郎はいつも笑っている。

一見地味で暗いガリ勉野郎かと思いきや、話してみると愉快な阿呆男で。

でもそれは啓次郎の“全部”じゃない。

啓次郎が心の中で何を考えて、何を無理して、何を諦めて。その結果にあの笑顔があるのだとしたら、俺は本当に啓次郎の小手先しか見ていなかった事になる。

 

 いや、俺だってまだ啓次郎と出会い、話すようになって日が浅い。

何でもわかろうって方が無理な話だ。

しかし、それでも俺は啓次郎のあの笑顔の下に何があるのか知りたい。

対等な立場で、アイツの隣に立って居たい。

 

 なのに、俺はやはり上辺だけしか、啓次郎の事を見ていなかった。タカやモモの方が随分分かっている。啓次郎が俺に向けて差し出してくるあの昼飯に、啓次郎が一体どんな想いを乗せてくれていたのか。

 

『はい!こうちゃん!お昼ご飯!』

 

 何気なく受け取っていたアレが、啓次郎にとっては俺達のもとへ来る為の唯一の“理由”で“繋がり”だったのか。あんなモノを繋がりにしないと俺達の元に来られないくらい、お前は笑顔の下で何かに悩んでいたのか。

 啓次郎が居ない、その机。そこに、既に鞄はなかった。俺の周りを避け、何かコソコソと言いながら教室を出て行く生徒達。俺は主の居ない机を前に、ちらりと視界に映った人物に思わず駆け寄っていた。俺が駆け寄った相手、それは啓次郎の想い人であり、俺の昔付き合っていた女。

 

「おい、上白垣!」

「っな、何よ」

 

 同じ中学で、しかも付き合っていたとは言え、中二で付き合いそのまま1カ月足らずですぐに別れてから、互いに接触は殆どなかった。考えてみれば、別れてからこうして面と向かって話すのは初めてじゃないだろうか。

 

 上白垣は突然呼びとめてきた俺に、一瞬怯むような表情を見せたが、すぐにその表情は不機嫌そうな、怪訝そうな顔に変わった。上白垣の周りでは、上白垣の連れと思われる女共が驚いたように俺を見ており、中には泣きそうになっているヤツまで居る。

別に、何もしてねぇのに。

 

 それだけ、その時俺の浮かべていた表情が険しかったのだろう。

上白垣は面倒臭そうに俺を見上げると「なに?何か用なら早くして」と臆する事なく畳みかけてきた。こういう所は、昔と何も変わっていない。

 

「アイツは……啓次郎は居ないのか」

「けいじろう?……誰よ、ソレ」

「っくそ。雑餉隈だ。雑餉隈啓次郎。アイツはいねぇのか」

 

 啓次郎で全く誰かもピンと来ない上白垣に、俺は募る苛立ちを隠せずにいると、それに呼応するように上白垣も眉間の皺を濃くした。いつの間にか教室に残っていた生徒達の視線は、全て俺と上白垣に集まってる。

 

「あぁ、雑餉隈……さぁ、知らない」

「はぁ?お前同じクラスだろうが!なんで知らねぇんだよ!」

「同じクラスだからって知るわけないでしょ!?」

「わかんだろうが!早退とか病欠とか!そういうんだよ!」

「知らないってば!もう彼、今日は午後授業は居なかったの!?あんたこそ、昼休み雑餉隈の事パシっていじめてるんだから、あんたの方が知ってんじゃないの!?」

「わかんねぇから聞いてんだよ!?つーか俺はいじめてなんかねぇ!」

「どう見てもいじめてるじゃない!パシらせたり、ノート持ってったり!だいたい、あんたからのいじめが嫌で帰ったんじゃないの!?いけしゃあしゃあと名前呼びなんかして、今更友達ぶっても遅いのよ!」

「っ!」

「変な事で呼びとめないで!私、これから仕事だから!」

 

 上白垣は言うだけ言うと、すぐに俺に背を向けて教室を出て行った。その後を、やはり上白垣のツレと思われる女子数名が走って後を追いかけて行く。

それに対して、俺はもう上白垣を呼びとめる事も、声を上げる事もできなかった。

 

 上白垣が出て行った教室の入り口にタカとモモが、どこか呆れたような顔で立っている。シンとしていた教室も、戸惑いながらも元のザワつきに戻っていく。俺は先程の上白垣の言葉で、昼にモモが言っていた言葉を思い出した。

 

『いえす君が周りからなんて呼ばれてるか、孝太は知ってる?』

『“会下の玩具”だよ』

 

 俺はゆっくりと、誰も居ない啓次郎の席を振り返る。やはり、そこには誰も居ない。やっぱり俺はとことん鈍い。俺の玩具なんて呼ばれてる奴が、あんな風に笑って俺に近寄って来て、楽しそうに飯を食ってるって事自体、おかしかったんだ。

“玩具”なんて呼ばれるような扱いをしていた俺に、啓次郎は嬉しそうに、楽しそうに隣に居てくれた。

 

 笑ってるから平気だなんて、傷ついていないなんて。

 俺は、子供か。目に見えるものだけで全てを自分の都合の良いように解釈して。

 挙句、アイツを傷つける。

 

「……謝らないと」

 

 でも、どうやって。

 

アイツの連絡先は?

携帯の番号は?

家はどこだ?

同じ中学出身の奴は居ないのか?

クラスに仲の良い奴は?

 

 あぁ、俺はアイツの事を何も知らないじゃないか。もどかしい。しかし、それは全て俺のせいだ。俺は苛立ちともどかしさを全て込めて、3組の壁を叩いた。その行動がいかにも幼稚で子供っぽくて。

 

『まったねー!』

 

そう言ったあいつの『また』の機会に懸けるしかない自分に、俺はただ悔しくて悔しくて拳を握りしめる事しかできなかった。

 

 

 

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