14:逆ギレ

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「……いねぇ」

 

 デジャヴ。啓次郎を捕まえられなかった翌日。

俺は朝のHRが終わった瞬間、3組の教室に乗り込んだ。

 

 3組の連中。

 特に上白垣は俺の登場に相当顔をしかめていたが、そんなの俺はどうでも良かった。

俺はまたしても空席の啓次郎の机を見ると、昨日同様上白垣に向かって「おい!」と声を上げた。その瞬間、顰められていた上白垣の顔が更に酷くなる。

あれがモデルの顔かと問いたい。

 

 あぁ、啓次郎のせいで昨日今日と俺はテンパってる。普段あまり出さない大声まで出して。

そう言えば、啓次郎も俺達と居る時と教室に居る時とでは、声の音量に天と地程の差があったな、なんてどうでもいい事が頭に浮かぶ。

そして、昨日の昼までは会っていた啓次郎が、既になんとも遠い存在になってしまったような気がして、妙に心が落ち着かない。

 

「知らない!」

「まだ何も聞いてねぇだろうが!」

「雑餉隈でしょ!?」

「そうだよ!」

「知らないってば!一応先生にも聞いてやったわよ!そしたら、何の連絡もないからわからないって!これでいいんでしょ!?」

「っち」

 

 何気に先生にまで確認してくれたという上白垣に普通なら湧きそうな感謝の気持ちも、空席の啓次郎を前にすると一気に萎む。

それに、この女は啓次郎を悪く言いやがったという前印象のせいで、一切俺の中での株が上がらない。

 

「っくそ!」

 

 俺は勢いのまま目の前にある啓次郎の机を蹴飛ばすと、置き勉などされていない啓次郎の軽い机は勢いよく倒れた。

そのせいで、3組のクラスの連中から「っひ」という小さな悲鳴が各所で上がる。そんな事など気にせず、俺は倒れた啓次郎の机に背を向け教室を出た。

 

 むかむかむかむか。

 昨日、あれから俺は何をするにも集中出来ず、食欲も湧かず、挙句夜はよく眠れなかった。寝不足の上に何も食べていない為、このイライラは一向に収まる気配を見せない。朝もアイツが来るのではと早目に登校した。

 

 けれど、見ての通りアイツは一切姿を見せない。

 

 イライラする。

 ああぁぁぁ、イライラする!

 俺は次第に怒りの矛先が啓次郎に向くのを抑えられなかった。

昨日は1日かけて己の行いを悔んだ。しかし、次第に悔やんでも悔やんでも解決しないこの状況に、俺の怒りは四方八方に向き始めたようだった。

 

 まるで、ガキ。まるで、馬鹿。そう、分かっていても止められないこの苛立ち。

こんなに他人に感情を左右されるのは初めてで、俺自身戸惑っている。

悲しんで、苦しんで、そして怒って。

俺はいったいアイツからどれだけの感情を引き出されれば気が済むのだろう。

 

「つーか……!」

 

だいたい、なんでアイツは学校に来ねぇんだよ!

つーか俺に腹を立ててんなら最初からその場でそう言えっての!

へらへら笑って腹の中に溜めこんでって、馬鹿じゃねぇのか!

言わなきゃわかんねぇよ!

俺はタカやモモみたいに鋭くねぇ、俺は馬鹿なんだ!

いきなり消えやがって!

くそくそくそくそ!

 

「くそがっ!なんで居ねぇんだよ!?」

 

 俺は誰に言うでもなく、そう叫ぶと、そのまま自分の教室に戻る事なく当てもなく学校の中を歩き回った。むしゃくしゃする。

いつの間にか授業は始まっているようで、横目に流れる教室の中では各々授業が行われている。しかし、今の俺にはそんな事知った事ではない。

 

 イライラする。むしゃくしゃする。

 どうしようもない感情の動。

 

 その一心で、俺はいつの間にか外に出ていた。

 気付くとそこは自動販売機の並ぶ購買の前。

 

 そこには何やらトラックが止まって居た。

 どうやら、昼用の総菜パンや菓子パンなどはこのタイミングで購買に並ぶらしい。

俺がこのまま帰ってしまおうかと、その場で思案していると、購買の中からババァ共の楽しそうな声が響いて来た。

 

「今日はクマちゃんにピザパンをお勧めしなきゃねぇ!」

「そうねぇ!昨日はメロンクリームパンだったでしょ?今日はピザパンね!」

「あの子、ほんとに元気で可愛いわよねぇ!息子にしたいくらい!」

「いっつも一番に走ってここに来るのが、可愛いのよねぇ!」

 

 きゃっきゃと聞こえて来るその話題の主。それはちょうど俺の中をかき乱しているヤツの事で。俺は楽しそうに笑うババァ共の声を聞きながら、昼になるとここに走って来ていたであろうアイツの顔を思い浮かべた。

 

 そうなんだよ、アイツはいっつも一生懸命なんだよ。

 新商品が何とか、人気商品がどれとか、そんな聞いてもいねぇ事を一人でぺちゃくちゃ喋り散らかすんだよ。そっか、アイツはやっぱ一番に走ってここに来てたんだな。

そして、あのババァ達から情報を仕入れてのか。

 

 そっか。そうだよな。

 アイツは

 

「かわいい、よな」

 

 俺はポツリと口から洩れたその言葉に、一瞬目を見開くとキョロキョロと辺りに誰も居ない事を確認した。いや、誰も居る訳ない事はわかっているのだが、余りにも自分の口から洩れたその言葉が衝撃的で、俺は妙な行動をとってしまった。

 

 帰ろうかと思った。

 

 けれど、俺の足は自然と校内へと戻っていた。

 もしかしたら。

 

 もしかしたら、アイツは昼にまたあそこにパンを持って来てくれるかもしれない。そう思うと、その希少な可能性に懸けたくなった。何でもない顔をして「ふへっ」と笑ないながら、こっちがこんなに悩んだ事なんでどこ吹く風で、いつものように。

 

『こうちゃん!』

 

 そう言いながら、来てくれるかもしれない。

俺は授業の行われている教室を素通りしながら、いつものあの準備室へと向かった。

だから、俺は知らない。

 

 俺の通りすぎたその場所を、4限終了間近。授業で誰も居ないその売店に、あのミーハーなババァ共から高い歓声が上がっていた事を。

 

俺は知らない。

 

 

 

 

 

こうして、高校に入っても変わらなかったどうしようもない俺は阿呆によって、ほんの少しだけ変わった。

 

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