17:苦い思い出

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「マイガッ!」

 

 だいたい、姉ちゃんなんかに頼んだのが間違いだったんだ。

俺は窓から感じるさわやかな朝の陽ざしを一心に受けながら、いつもの制服に身を包み全身鏡の前に立った。

 

昨日の惨劇は夢だと思いたかった。けれど、夢じゃなかった。

こ、これは……。

 

『啓次郎。お前、中学の時のままのがいいと思うけど。これマジで』

 

そう、かっちゃんは言った。けど、これは。

 

「誰だよ!?」

 

 俺は妙にパッツンになってしまった前髪と、後ろの髪のガタガタ具合に顔を引きつらせた。

 多少前髪は短くなったが、それでもやっぱり目はぎりぎり隠れるか隠れないかだし、それにしてもパッツンだし。

 なんか、姉ちゃんっておしゃれ番長みたいな感じで大学に行ってるから、こういうの得意かと思ったけど、違ったみたいだ!そうだよね、ちょっとおしゃれな女子がそのまま髪切るの上手かったら美容師なんて、この世にいらないよね!

 

 髪を切りながら姉ちゃんも素直に『ごめん、なんか……もう明日美容室行っておいで』と俺にお金を渡してきたし。

なんか、頼んだ俺が逆に申し訳なくなる程、姉ちゃんの俺の髪型を見る目は唖然としていた。あの目は「あ、私こういうの駄目なんだはは」と、どこか悟った顔をしてたし。

 

 まぁ、姉ちゃんが自覚ある不器用だったから良かったものの、これで自覚なし不器用だったら俺の髪はどこまでも凄惨な被害を受けていたに違いない。姉ちゃんが良心を持った不器用で良かった。まぁ、どうせ髪色については美容室でやってもらおうと思ってたし、いいけどさ。

 

 いいけどさ!

 

「記念にこの姿も撮っておこう」

 

 俺は全身鏡の前でピースをしながら携帯のカメラでそれを撮影すると、静かに地元の大親友達へのメールに添付した。昨日、マリカー>大親友俺みたいな扱いをしてくれた奴らだが、やはりこういう事は報告しておかなければなるまい。

 

メール本文は、

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今日、男、啓次郎は一大勝負に打って出るぜ

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 俺は頑張って姉ちゃんが切ってくれた前髪をイジりながら、少しだけ緊張していた。美容室、姉ちゃんのおすすめの所を教えてもらったから、そこに行って学校へは行く。

 けど、なんかもう本当に緊張する。

 

 俺は知的クールな過去の俺を捨てるべく、一皮むけるべく勝負をするのだ。

俺は姉ちゃんが予約を入れてくれた美容室の時間を確認すると、一発顔をバチンと叩いて部屋を駆け出した。

 

 目指すは美容室。

 そういえば、俺って今まで床屋にしか行った事なかったから美容室なんて初めてだな。

 そんな事を思いながら、俺は堂々と学校をサボり、心穏やかにゆったりとイケメン美容師に髪を切ってもらいながら過ごした。

 

 カシャ、カシャ。鋏が髪を擦る音が聞こえる。

 美容師さんの手が髪をサラサラと梳いていく。

 その心地よさに、俺はいつの間にか目を閉じていた。

 

 俺は少しだけ、のつもりで目を閉じた。

 

 だから俺は知らない。

 学校でこうちゃんが一人モヤモヤしてるなんて、おしゃれ空間で気持ちよく眠りについた俺は、知る由もない。

 

 

 

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 過去の俺、そして現在の俺について、少しだけ話そう。

 

 これは中学の地元の友達も知らない事だ。

 俺は中学1年の頃に、今は地元と呼ぶあの土地へと引っ越してきた。そして、今は高校入学と共に、こうして新しい土地へと移り住んでいる。実は、この引っ越しについては俺が中学1年で、あの地元へと引っ越した時点で決まっていた事だ。

 

 そして、俺はその事を知っていた。

 

 俺は鼻から、あの大親友達と3年間だけの付き合いになる事を理解していたのだ。

俺、雑餉隈 啓次郎の父は短くて1年、長くても3年で勤務地を異動する。故に、俺の言う地元は結構な数存在する。

 

 俺の一家は転勤族と言う奴だ。姉ちゃんが生まれて、俺が生まれて、それまでに3回の転勤。俺が小学校に上がって3回の転勤。中学は奇跡的に3年間、同じ所に通う事が出来た。

しかし、それはスタートと同時に終わりの決められた中学生活だった。

 

 転勤に次ぐ転勤。仲良くなったらすぐお別れ。

 昨日のマリカーではしゃぐかっちゃん達の姿を遠くからしか見る事ができないなんて経験は、実は過去に何回もあった。それで悔しい思いも何回もした。

時間と言うのは残酷なもので、いくら仲がよくとも、いくら手紙のやり取りを行おうとも、いくら忘れたくないと願っても、いくら忘れないでほしいと願っても。

 

 それらを全て飲み込んでしまう。

 俺の記憶から薄れるように、きっと俺の事も皆の記憶から薄れるのだろうな。

 

 仕方ない、それは仕方ない事だ。けれど、俺は他の誰よりもたくさんの出会いを経験している。だから、俺は大丈夫だ。

 そう、悟ったフリで誤魔化したところで俺の中にある不安は転校の度に大きくなっていった。

 

 出会いが人よりも多い。

 けれど、それは言ってしまえば結局俺は誰の記憶にも残らないという事だ。それを悟った時、俺は寂しくて仕方が無かった。たくさんの出会いなんていらないから、一人でいい。誰かの心と記憶の中に俺を強烈に焼き付けてやりたかった。

 

 だから、俺は知らず知らずに必死になっていたようだ。

 誰でもいい。誰か一人でもいいから、俺を忘れずにずっと覚えておいてくれる人を得る為に。俺は必死に駆け回った。皆の目に触れて、皆と話して、皆と笑って、皆の前に出て。生徒会長も体育祭の実行委員長も、文化祭の実行委員長も、なんだってやった。

そうしたら、忘れずに居てくれる人が居るかもしれない。

 

 そう、必死に駆け回って、また俺は見ず知らずの、この土地にやって来た。

 今回はリミットが俺にも父にもわからない。3年間ずっとここに居られるかもしれないし、もしかするとまたすぐに転勤になるかもしれない。

 

 リミットがわからない事が俺には不安だった。

 別れの時、一瞬でもいいから俺との別れを惜しんでくれる人が居ない場所でのサヨナラなんて辛すぎるし、虚しすぎる。だから、なんとか懸命に頑張ったけど、なんだか今回は空回りばかりで、どうにも上手くいかなかった。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い。

 転校の挨拶、誰も俺の目を見てくれなかった幼いあの日。

「いままでありがとうございました」なんていう、誰に向けているかもわからないうすら寒い挨拶。誰の記憶にも残らない俺。

 

 幼い、苦い記憶。

 

 空回りばかりで、寂しくて、苦しくて、臆病になっていく悪いスパイラルに陥って行く。

そんな俺に何でもないように立ち直るきっかけをくれたのがこうちゃんだった。

 

『お前のノート。すげぇ、おもしれぇ』

 

 そう言って口元に薄く浮かべたこうちゃんの笑顔に、俺がどれほど救われたかなんて、きっと誰も分からない。

こうちゃんだってわかってない。

きっと、こうちゃんにとっては何気ない一言。

 

 けれど、俺にとっては蹲っていた俺を引っ張り上げてくれた、一生忘れられない一言。

 

 大袈裟だって言うかもしれない。

 阿呆だなって笑うかもしれない。

 

 けれど、俺にはそれはやっぱりかけがえのない一言だったのだ。人間、本当に求めて居る時に差し伸べられた手は、何があっても一生忘れない。

だから俺は思ったのだ。

「誰でもいいから俺の事を覚えて居て欲しい」じゃない。

 

 俺は、

 

 俺は。

 

“こうちゃん”に、俺の事を覚えておいて欲しい。

強烈に、忘れらないくらい。その結果が馬鹿だろうと、阿呆だろうと、なんでもいい。

 

 こうちゃん、こうちゃん。

 俺はタカちゃんやモモちゃんのように、長い時間をこれからずっと一緒に居れる可能性が低いから。

 

(ソイツとお前が話してる時に、そいつが一番笑ってた事が面白い事なんじゃねーの?)

 

 俺は一瞬一瞬を、キミを笑わせながら過ごそう。

 

 

 

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「でーきた!ほら、起きて」

「っ!?」

 

 俺はポンポンと肩を叩かれて、次の瞬間「ひゅっ」と息を呑んだ。目を開けた先には、見慣れぬ、だけど懐かしい姿があった。

 

「はい、男前!」

 

 そう言って笑う美容師と俺の前には、大きな鏡がある。そこには、中学の頃の俺が居た。少しだけ、あの頃よりも髪が短いが、そんな事どうだっていい。

 

「っほ、ほんと!?」

 

 パンパンと俺の肩を叩いてにっこりと笑うイケメン美容師に、俺は思わず振り返って問いかけた。

 

「ほんと、ほんと。かわいいよー」

「さ、さっきは男前って言った!」

「うん、男前」

 

 明らかにチャラそうなこの美容師は“かわいい”とか“男前”を湧きでる湯水のようにボロボロとこぼしてくる為、なんだか信用性に欠ける。しかし、あのヘンテコリンな髪型がここまで普通になっただけ良しとしよう。

 俺は「後はこんな感じでーす」と鏡を広げて見せて来るイケメン美容師を無視して、勢いよく立ちあがった。こんな事をしている場合じゃない。早く学校に行かなければ。

 

「おにーさん!早く会計会計!」

「はいはい。気の早いお兄さんだ」

 

 俺はニコニコ笑うイケメンにお金を渡しながら整った髪の先をいじった。そんな俺に、イケメン美容師は笑って言った。

 

「これで好きな子も君に夢中だね」

 

 まったく、このチャラ男はどこまでも口の軽い兄ちゃんだ。しかし、俺はなんだかその言葉に勇気を貰った気がして、知らず知らずのうちに「くふふふ」と笑っていた。

 

「今から夢中にしに行くんだよ!」

「そっか、そっか!頑張れ高校生!」

「おう、おにーさんも仕事がんばれ!」

 

 俺はイケメン美容師に手を振ると、美容室出て勢いよく駆け出した。

 駆けて、駆けて、駆けて。

 

 駆けた。

 

 

 

 

こうして、高校デビューに失敗した俺は不良と仲良くなる為に走りだした。

 

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